迷い猫を捨てないで

01.だからもう無理だって!


調査兵団に所属している人間は、月に一度の壁外調査に参加し、それ以外の日々は壁外調査のための訓練に明け暮れていると思われがちだが、決してそれだけではない。

もちろん、ほとんどの調査兵がそうなのだが、調査兵団も組織である以上、経理や雑務が発生するわけで。

イルメラ・ドレッセルは経理担当だった。

「イルメラ」

あまりに聞き慣れた声がしたので、イルメラは特に警戒心もなく振り返った。

「はい、何かご用でしょうか、兵長」

「これを綺麗にしておけ。汚えからな。後のことはお前に任せる」

「は…?」

目の前に汚れた毛玉のようなものを出されたので、反射的に手で受け止める。

生温かかった。

グニャグニャと動いて、おまけににゃあと鳴く。

イルメラは物体の正体を察して、顔を引き攣らせた。

大きく息を吸い込んで、悲鳴とともに吐き出す。

「兵ぇえ長ぉおお!!またですかああ!!」

子猫だった。

「もう止めてくださいって言ったでしょう!?どうして次から次へと連れて帰ってくるんです!?」

調査兵団内の深刻な問題の一つだった。

兵士を束ねる長、兵士長の職に就くリヴァイは、捨て猫や捨て犬を見つけると、どうしても拾って帰ってくる。

おかげで兵団の敷地内では、至る所で犬や猫が花のない空間に癒やしを与え…

違う違う!

跋扈しているわけで!

お犬様、お猫様状態なわけで!

今度という今度は看過できないわけで!

だって、この子たちの餌代で切迫した兵団の財政がどこから切り詰められているかと言えば、我々事務職の食費からなわけで!

もう我慢出来ない!

今日こそ言ってやる!

「うちではもう飼えません!元の場所に戻してきてください!」

途端に、ただでさえ細いリヴァイの目が鋭利に細められた。

あ、痛たたた!

先生!この人視線から刃物飛ばしてきます!

「ほう…お前はこいつを捨てて来いと…?」

タイミングよく毛玉がみゃあと鳴く。

やめて!

目を合わせるものか。

鬼になれ、イルメラ!

「維持費が半端ないんです!しかもあんた、環境を清潔に保てとか言ってそっちにも経費使うでしょう!」

やべ、今ドサクサに紛れて兵長にあんたって言ったか?

ええい、もうどうにでもなれ!

「もう限界です!私にはこの兵団の財政を守る義務がある!」

「お前は…」

リヴァイは改まって語り出した。

「こいつらがどうしてこの狭い壁の中で生活していると思う?人間のために築かれた壁で外界と隔てられたせいだ。巨人が食うのは人間だけで、こいつらには関係ねぇわけだが、それをてめえらの勝手な都合で、こいつらまで一緒に閉じ込めてるってことになるな。自由を求めてる俺たちがだ。滑稽な話じゃねえか。そのことについて何も感じねえのか、お前は」

う…

イルメラは言葉に詰まった。

やっている行為自体は9歳児レベルなのに、無駄に口が回るから厄介だ。

だが、ここで引き下がる訳にはいかない。

「では、経費面から実際の世話まで、兵長が責任をもって管理していただけるんですね!?朝昼晩の餌やり、犬たちの散歩、トイレ掃除、清掃!全部できるんですね!?」

リヴァイは黙り込んだ。

できるわけがない。

この人は兵士たちの長、超の付くお偉いさんだ。

お偉いさんは忙しいのだ。

色んなところで色んな人たちがこの人の指示を待っている。

勝った!

とイルメラは思った。

が、そうは問屋が下ろさなかった。

「…後のことはお前に任せる」

「は!?ですから!!」

「これは命令だ」

「は…」

「以上だ」

リヴァイはさっそうと去っていった。

イルメラは何が起こったのか理解できずに、呆然と立ち尽くしている。

話はついたのか?と言わんばかりに、子猫がにゃあと鳴いた。

「は…は…はあぁぁああ!?」





(20140817)


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