14.まだ甘えてもいいですか
身体の芯まで温まって、ホクホクしながらリビングに戻ると、マルコとジャンはテレビを観ながら談笑していた。
「何観てるのー?」
何故か二人が慌ててリモコンを探し出したので、私はソファの横に落ちているそれをひょいと拾い上げた。
短い悲鳴を上げる二人を横目に、画面を覗き込む。
水着のアイドルたちが砂浜でやいのやいのしている映像が映し出されていた。
私はその体勢のまま黙り込んだ。
それを二人が勝手に緊張感のある沈黙に仕立て上げていく。
なので私はあえて黙ったままでいた。
やがて耐えきれなくなった二人が躊躇いがちに声を落とす。
「あ…あのー」
「ルーラさん?」
「あのさ」
二人は引きつった愛想笑いを浮かべる。
「隠そうとするくらいなら、何で今観るの。普通に観てればなんてことないから、このくらい。そういう態度見せられると、この映像がすごくいやらしく思えてくるんだけど。ま、そういう気持ちで観てたってことなんだろうから、ある意味間違ってないけどね。男の子ってホント、バカ」
二人は声を詰まらせた。
私はぷいと顔を背けてみせる。
二人が大いに焦っているのが背中越しでもわかった。
でも、このくらい許してほしい。
だって、私だってちょっと複雑だ。
画面の中の女の子たちは綺麗で可愛い。
目は大きいし、頬はふっくら薔薇色だし、そのくせ顔全体はすごく小さくて、体も細い。
ラインはそりゃ美しい曲線を描いているし、肌は肌理が細かくて赤ちゃんみたいにツルツルだ。
私とは違う生き物みたいに見える。
男の子は――マルコも、こういう女の子が好きだ。
そりゃそうだ。
私だってこういう子がいい。
でも、私はこうはなれない。
「いや、オレたちは別にそういうアレは…」
「もういいよ」
私はジャンを遮って二人を振り返った。
マルコもジャンも弱りきった表情を浮かべている。
画面では今も水着アイドルたちが嬌声を上げている。
私は悔しくてそれを自分で消すことができなかった。
だってその行動は、そのまま私の心中を二人に示すことになるから。
「その話はおしまい」
マルコがテレビ本体の主電源を切った。
途端に部屋が静かになる。
「機嫌直してよ、ルーラ」
「別に機嫌悪くないもん」
悪寒が走って一つくしゃみが出た。
髪が冷たくなってきたみたいだ。
私は何か言いたそうにしている二人を放置して洗面所へ向かった。
髪を乾かすことにしたのだ。
勝手知ったるボット家の棚を開いてドライヤーを取り出す。
洗面所は肌寒いので、それを持ってリビングへ戻ってきた。
当然、私が怒って部屋を出ていってしまったのだと思っていた二人は、どんな顔をすればいいのかと戦々恐々の面持ちだ。
私はコンセントにプラグを差し込んだ。
別に怒ってないけど、ちょっと傷ついたから訂正はしてあげない。
起動音と共に熱風が出てきたのを確認して頭にかざした。
と、柄に手が添えられた。
振り仰ぐと、マルコが背後に立っている。
スッとドライヤーを抜き取った。
「ほら、乾かしてやるから。前向いて」
私はジッとマルコを見上げた。
マルコは私の反応を窺ってちょっと緊張している。
ま、いっか。
私はにっこり微笑んで前に向き直った。
「へへ、ありがと」
横目でジャンを一瞥すると、マルコと視線を交わしてホッとしたのが見える。
一見落着ということになったようだ。
どうせジャンがリード取ったんでしょ、わかってるんだから。
基本的に、私の中で、マルコがした悪いことは全部ジャンのせいということになっている。
でも、マルコが髪を乾かしてくれるから許すことにする。
昔からマルコはよく私の髪を乾かしてくれた。
女の子は大変だね、なんて言いながらいたわるように髪を掬ったり、根本を撫でたりしてくれる。
それがとても気持ちよくて好きだった。
頭のてっぺんからサイドを通って首元を撫でる。
触れるか触れないかの優しいタッチで、やわやわと髪を揺らした。
その感触が心地よくて、自然と瞼が落ちる。
「おい、ルーラが寝そうだぞ」
「ああ、いつも寝ちゃうんだ」
「いつもってお前…いや、やっぱいいわ」
マルコとジャンがぼそぼそ会話しているのが遠くに聞こえる。
ドライヤーの音が頭の中で反響した。
自分で乾かしている時はただの雑音なのに、乾かしてもらっている時はどうしてこんなに耳触りがいいんだろう。
ドライヤーの音が胎内の音と似ているらしいって言っていたのは誰だったっけ。
そんなことを考えているうちに、私はまどろみの中に落ちた。
目を覚ました時、リビングにジャンの姿はなかった。
「ジャンはぁ…?」
目をこすりながら体を起こすと、横に座っていたマルコが振り向いた。
私はソファに寝かされていた。
掛け布団も掛かっている。
ドライヤーの後はいつもこうなので、別に驚かない。
「起きた?ジャンなら帰ったよ。もう六時だ。おばさん、帰ってきてるぞ。どうする?帰るか?」
私はマルコを見上げた。
もうそんな時間か。
そういえば、ここへは家に入れないから避難してたんだった。
母親が帰って来ているなら、もう帰らなければ。
まだいないようだが、間もなくマルコのおばさんも帰ってくるだろう。
長居は無用だ。
「あ、えっと…」
私はそわそわした。
反射的にマルコの目を見る。
温かな紅茶のようなブラウンの瞳は、昔から私を安心させた。
目尻の緩んだ彼の穏やかな眼差しは、私の安定剤だ。
そして、目が離せなくなった。
目を逸らしたら、不安に飲まれてしまいそうだと感じている自分に気付いた。
「うん?」
私はハッと目を逸らす。
途端に鼓動が速くなり、抵抗感が湧き上がった。
やだ。
まだ別れたくない。
離れるのが怖い。
「か、掛け布団、片付けるよ」
「いいよ。やっとくから」
「ううん。悪いし」
マルコはクスリと笑った。
「どうしたんだ?やけに気を使うな」
「中学までとは違うの」
そう。
中学までとは違う。
そう言い聞かせたじゃないか。
もう止めにすると決めたはずだ。
彼は拒まない。
だから、私から止めなくちゃいけないんだ。
のろのろと掛け布団をたたむ。
でも、今日はなんだか不安だ。
とにかく不安だ。
マルコの傍を離れたくない。
自分が自分じゃなくなりそうだ。
そんな私を繋ぎとめてくれる唯一の人が、マルコのような気がした。
手が震える。
マルコがそんな私の変化に気付いた。
「ルーラ?どうかしたの?」
私はマルコを振り向いた。
切迫感が丸出しの顔だった。
マルコの表情がサッと変わる。
「ルーラ?」
「マルコ…」
だが、マルコは私が何が言いたいのかすぐにわかったようだ。
すぐに、あのホッとする笑みが浮かんだ。
「今日、泊まってもいい?」
もろい決意だったな、と自嘲した。
「ルーラがいいなら、もちろん」
「ありがと、マルコ」
(20131228)
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