at the time of choice 番外編

like a bird eating stars


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「鳥は星を食べると思う?」

彼女と交わした会話の中で、一番印象的な言葉だ。

魚は川を泳ぐと思う?

と問いかけるような自然さでその台詞を言うものだから、僕は危うく「もちろん」と答えるところだった。

「星を?鳥が?」

僕は目を瞬かせて聞き返す。

そう、と彼女は頷いた。

「ずいぶん唐突だね。どうしてそんなこと思ったの?」

彼女は首を傾げて黙り込んだ。

どうしてかしら、と声の代わりに顔が言っている。

「なんとなく。鳥ってどこまで高く飛べるんだろう?マルコ知ってる?」

「うーん、知らないな。残念だけど」

「じゃあ、星はどのくらい高くにあるんだろ?」

僕は首を左右に振ってそれに答える。

「星が木の実みたいに生ってるとしたら、それを食べられるのって鳥くらいだと思わない?」

「まあ、そうかな」

「どんな味がするんだろ?」

僕はついに吹き出してしまった。

「本当にどうしたんだい、ルーラ?ずいぶんメルヘンチックなことを言うんだね」

ルーラは照れくさそうに笑った。

「マルコだけはそういうこと言わないで。私だって、マルコじゃなかったら言わないんだから、こんなこと」

僕は自然と顔をほころばせる。

「ごめんごめん」

「人類がみんな鳥になれたら、もう巨人と戦わなくていいのにね」

僕は彼女を窺うように見つめる。

「みんなで壁を越えて、巨人の手の届かないところを飛んで、星を食べて生きるの。どう?」

「うん、いいかもしれない」

相槌を打ってから、僕はふと思い出した。

「でも、人は死んだら星になるって言うだろ。僕らは鳥じゃなくて、星になるのかもしれないよ」

ルーラは、ため息なのか感嘆なのか「ああ」と漏らす。

「それもいいかもね。私たちが星になって、鳥を生かすの」

うん、悪くないと彼女は独りごちる。

視線は空を仰いだ。

星と鳥のことについて考えているのだろう。

僕もそれにならってまだ明るい空を見上げる。



やがて、彼女がポツリと呟いた。

「…ベルトルトってさ、あんなに大きいのに小鳥みたいじゃない?」

僕は彼女に視線を戻した。

彼女はじっと空を見つめている。

多分、僕には見えない鳥が見えているんだろう。



そうか、と僕は思った。

きみはずっと、彼のことを考えていたんだね。



体内をトロトロとほろ苦い感情が巡る。

それには気づかないふりをして、僕は笑った。

そういう術には長けていると自負している。

「そうだね。膝を抱えてるところなんか見ると、小動物みたいだ」

彼女は嬉しそうに微笑む。

ホントに、と頷いた。

「私、鳥になるなら、ベルトルトと一緒に空を飛びたいな」

風が吹いて、彼女は少し目を細めた。

陽の光が瞳に反射して、キラキラと光る。

僕は胸の痛みが顔に漏れ出ないように、細心の注意を払って笑んだ。

「そう」

「でも、もし星になるなら、マルコに食べさせてあげるよ」

僕はポカンと口を開ける。

「え?」

ルーラはパッと僕を振り返った。

「いつも話聞いてくれるし、励ましてくれるから、お礼!」

にっこり笑う。



あーあ。

僕は内心肩を落とした。

どうしてきみは僕に対してここまで無防備なんだ。

この信頼は凶器だ。

ここまでされてしまったら、僕は白旗を揚げる他ないじゃないか。



きみは決して鈍い方じゃないのに。

本当に、ベルトルトしか見えてないんだな。



僕から言わせてもらえば、ベルトルトよりもきみの方が鳥みたいだ。

いつも突然やってきて、心地よさげに喉を鳴らして、気が済んだらあっという間に飛んでいってしまう。

きみは生まれ変わるなら、多分、鳥だよ。



「ありがとう。でも、ベルトルトにあげなくていいの?」

ルーラの表情に僅かに影が落ちた。

が、それも一瞬のことで、すぐに笑みが戻る。

「だって、星はいっぱいあるから。私である必要はないもん。あ、それはマルコも一緒か」

無理をして笑っているのはバレバレだったが、それには触れないことにする。

「いや、嬉しいよ。でも、僕はきっと星になるから、ルーラとベルトルトと二人で食べにおいでよ」

ルーラは目をパチパチと瞬かせた。

「大丈夫。二人でもお腹一杯になるくらい、大きく生っておくから」

彼女は一瞬泣きそうな顔をした。

僕はとても焦ったけれど、どうやら感情が高ぶったかららしいと気付いて頬を緩めた。

彼女は肩を震わせて破顔する。

「ありがとう!約束だよ!」

「ああ、約束だ」






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