like a bird eating stars
(1/4)
「鳥は星を食べると思う?」
彼女と交わした会話の中で、一番印象的な言葉だ。
魚は川を泳ぐと思う?
と問いかけるような自然さでその台詞を言うものだから、僕は危うく「もちろん」と答えるところだった。
「星を?鳥が?」
僕は目を瞬かせて聞き返す。
そう、と彼女は頷いた。
「ずいぶん唐突だね。どうしてそんなこと思ったの?」
彼女は首を傾げて黙り込んだ。
どうしてかしら、と声の代わりに顔が言っている。
「なんとなく。鳥ってどこまで高く飛べるんだろう?マルコ知ってる?」
「うーん、知らないな。残念だけど」
「じゃあ、星はどのくらい高くにあるんだろ?」
僕は首を左右に振ってそれに答える。
「星が木の実みたいに生ってるとしたら、それを食べられるのって鳥くらいだと思わない?」
「まあ、そうかな」
「どんな味がするんだろ?」
僕はついに吹き出してしまった。
「本当にどうしたんだい、ルーラ?ずいぶんメルヘンチックなことを言うんだね」
ルーラは照れくさそうに笑った。
「マルコだけはそういうこと言わないで。私だって、マルコじゃなかったら言わないんだから、こんなこと」
僕は自然と顔をほころばせる。
「ごめんごめん」
「人類がみんな鳥になれたら、もう巨人と戦わなくていいのにね」
僕は彼女を窺うように見つめる。
「みんなで壁を越えて、巨人の手の届かないところを飛んで、星を食べて生きるの。どう?」
「うん、いいかもしれない」
相槌を打ってから、僕はふと思い出した。
「でも、人は死んだら星になるって言うだろ。僕らは鳥じゃなくて、星になるのかもしれないよ」
ルーラは、ため息なのか感嘆なのか「ああ」と漏らす。
「それもいいかもね。私たちが星になって、鳥を生かすの」
うん、悪くないと彼女は独りごちる。
視線は空を仰いだ。
星と鳥のことについて考えているのだろう。
僕もそれにならってまだ明るい空を見上げる。
やがて、彼女がポツリと呟いた。
「…ベルトルトってさ、あんなに大きいのに小鳥みたいじゃない?」
僕は彼女に視線を戻した。
彼女はじっと空を見つめている。
多分、僕には見えない鳥が見えているんだろう。
そうか、と僕は思った。
きみはずっと、彼のことを考えていたんだね。
体内をトロトロとほろ苦い感情が巡る。
それには気づかないふりをして、僕は笑った。
そういう術には長けていると自負している。
「そうだね。膝を抱えてるところなんか見ると、小動物みたいだ」
彼女は嬉しそうに微笑む。
ホントに、と頷いた。
「私、鳥になるなら、ベルトルトと一緒に空を飛びたいな」
風が吹いて、彼女は少し目を細めた。
陽の光が瞳に反射して、キラキラと光る。
僕は胸の痛みが顔に漏れ出ないように、細心の注意を払って笑んだ。
「そう」
「でも、もし星になるなら、マルコに食べさせてあげるよ」
僕はポカンと口を開ける。
「え?」
ルーラはパッと僕を振り返った。
「いつも話聞いてくれるし、励ましてくれるから、お礼!」
にっこり笑う。
あーあ。
僕は内心肩を落とした。
どうしてきみは僕に対してここまで無防備なんだ。
この信頼は凶器だ。
ここまでされてしまったら、僕は白旗を揚げる他ないじゃないか。
きみは決して鈍い方じゃないのに。
本当に、ベルトルトしか見えてないんだな。
僕から言わせてもらえば、ベルトルトよりもきみの方が鳥みたいだ。
いつも突然やってきて、心地よさげに喉を鳴らして、気が済んだらあっという間に飛んでいってしまう。
きみは生まれ変わるなら、多分、鳥だよ。
「ありがとう。でも、ベルトルトにあげなくていいの?」
ルーラの表情に僅かに影が落ちた。
が、それも一瞬のことで、すぐに笑みが戻る。
「だって、星はいっぱいあるから。私である必要はないもん。あ、それはマルコも一緒か」
無理をして笑っているのはバレバレだったが、それには触れないことにする。
「いや、嬉しいよ。でも、僕はきっと星になるから、ルーラとベルトルトと二人で食べにおいでよ」
ルーラは目をパチパチと瞬かせた。
「大丈夫。二人でもお腹一杯になるくらい、大きく生っておくから」
彼女は一瞬泣きそうな顔をした。
僕はとても焦ったけれど、どうやら感情が高ぶったかららしいと気付いて頬を緩めた。
彼女は肩を震わせて破顔する。
「ありがとう!約束だよ!」
「ああ、約束だ」
*←|→#
[bookmark]
←back
[ back to top ]