at the time of choice 番外編

the Land of Nod―華胥の国―


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やはりあの時の――

私は目を細めた。

その兵士は背中を袈裟に斬られ、意識不明の状態で治療を受けていた。

斬ったのはミカサ・アッカーマンだと言う。



既に報告は受けていた。

ライナー・ブラウン及びベルトルト・フーバーは、女型の巨人であったアニ・レオンハートと同郷であることが確認され、その関連性を疑われていた。

ウォール・ローゼからの撤退後、速やかに地下に監禁される予定であったが、先んじて行動を起こされ、現場は混乱。

彼らこそがウォール・ローゼ崩壊の元凶である二体の巨人だったのである。

ベルトルト・フーバー=超大型巨人、ライナー・ブラウン=鎧の巨人。

負傷者は多数。

彼らと交戦していた精鋭たちも深手を負っていた。

彼らは、エレン及びもう一人、巨人であることが判明した兵士ユミルを攫い、鎧の巨人となったライナーに乗ずる形で逃亡したという。



ライナーが行動を起こした時、真っ先にそれに反応したのがミカサだったという。

彼女の抜いた片方のブレードはライナーの腕を貫いた。

そして、もう片方のブレードはベルトルトをその軌道に捉えていた。

そのまま彼を斬り付けるはずだった。

が、間に障害物が割って入った。

それが彼女、ルーラ・クローゼだった。



彼を庇った彼女の意図はわからない。

咄嗟だったのかもしれない。

状況が飲み込めず、仲間に斬りかかるミカサを見て、反射的に体が動いた。

彼らがマークされていたことはごく一部の者にしか知らされていなかったから、十分あり得る話だ。



だが、そうではないかもしれないと思わせる要素が存在した。

その可能性を示唆したのはアルミン・アルレルトだった。

訓練兵時代からあの三人は仲がよかった。

また、ルーラとベルトルトは友人以上の関係であった。

そして最近、何かで揉めていたようだった、という。



彼女は彼らの仲間なのだろうか。



否、と私は思う。

その可能性は低い。

何故なら、彼女がベルトルトを庇ったからだ。

彼女がアニと同様、彼らの仲間なのだとしたら、傷を負っても自然治癒されることを知りながら、身を投げ出す理由がない。

今、昏睡状態にまで陥っている以上、彼女は巨人でもなければ治癒もできないということだ。

あまりにリスクが高すぎるだろう。

…いや、いくら治癒されるとは言え、首を撥ねられれば回復には時間がかかるはず。

それを恐れたのだろうか。

だとしても、自身が怪我で動けなくなれば、こちら側に拘束され、管理下に置かれることは容易に想像がつくはず。

それは自身だけでなく、彼らにとっても脅威となることくらいわかるだろう。

彼女はベルトルトをブレードから遠ざけようと彼の体を引いたのではなく、彼の前に回り込んで身代わりになったという。

それは、首が撥ねられることを避けるのが目的だったのではなく、攻撃から庇うことが目的だったと言えるのではないか。

やはり、巨人側の仲間としての行動とは思えない。



だとすれば、考えられるのは二つ。



一つ。

やはり彼女は何も知らないということだ。

純粋に仲間を、もしくは恋人を守ろうとした。

だとすれば哀れな話だ。

恩を仇で返されたという言葉だけでは言い表せないだろう。

そしてこの場合、事態は悪化もしなければ好転もしない。



二つ。

彼女はごく最近、その事実を知らされたということ。

正体を知ったものの、彼女は彼の傷が自然治癒されるといった巨人にまつわる力を目にしていない。

実感もなければ心の整理もついていない状態だった。

とすれば、正体を知っていても咄嗟に体が動いてしまったことにも納得がいく。

そうなると、彼女は何かしらの情報を持っている可能性が高い。

何をどこまで知っている?

揉め事の内容とは、今回の襲撃と関係があるのだろうか。



重要な鍵を握ったまま、彼女は眠っている。



「必ず生かせ」

私は救護班に声を掛け、現場で指揮を取る者たちと合流すべく歩き出す。



ルーラは今や、この危機的状況を打破するための最重要人物であった。

彼らと彼女の関係についてもっと詳しく知る必要がある。

関係如何によっては、彼女を上手く利用することで犠牲を最小限に抑えてエレンを救出できるかしれない。

救出作戦開始前に彼女が目を覚まし、有益な情報を聞き出すことができればなお申し分ない。

救出作戦には間に合わなくとも、彼らの情報を多少なりとも引き出すことが出来れば、人類にとっては大きな前進となる。



裏切り者である方が都合がいい。



私は思った。

彼女には何としても生き延びてもらわねばならない。








周囲の喧騒と自身の足音を聞きながら、ふと思い出す。

あの時のほんの数分の、しかし印象的な会話を。





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