「巻き添え」











『不動家の日々I』









遊「鬼柳、俺が言いたいことは…分かるな?」


鬼「そこの書類を終わらせてくださいね」


遊「意思疎通がまるで出来ていない」


鬼「それが終わらない限り、坊ちゃんの自由はありません」


遊「書類束縛は嫌だ…っ」


鬼「なら束縛される前にさっさと書類を終わらせてください」


遊「だが断るっ(バッ」


鬼「坊ちゃん窓から飛び降りないで!!ここ三階だからあああ!!」










――ドシャッ











鬼「……『ドシャッ』?ま、まさか坊ちゃん…着地に失敗したんじゃ…ぼ、坊ちゃぁああああん!!!(ダッ」













鬼「坊ちゃん!!大丈夫ですか坊ちゃん!!!」


遊「鬼柳っ!」


鬼「あ……よ、良かった…無事でしたかっ…」


遊「クロウを潰した!!至急医療班を!!」


鬼「クロウぉおおおおおおお!!!!」















ク「ハッ……!こ、ここは?」


鬼「あぁ、目を覚ましたか…良かった良かった…」


ク「全く思いだせねぇ…俺は一体…」


鬼「クロウ、お前はな…三階から飛び降りた坊ちゃんの下敷きになって…」


ク「………タイミング…悪……っ」


鬼「坊ちゃんには、反省文を書かせてる」


ク「……これは…もう執務がどうのこうのじゃねーな…」


鬼「…人としての教育云々の問題だな」


ク「で、俺の容体は?」


鬼「坊ちゃんの下敷きになった際の少々の呼吸器官の圧迫、打ち身による打撲、地面に思いっきり頭ぶつけて頭部からの出血」


ク「俺、結構重症じゃねぇ?」


鬼「医師の話じゃ…これで記憶が飛ばなかったのが逆に奇跡だと」


ク「………」


鬼「とりあえず、頭を強く打ってるから三日間安静」


ク「………俺、やるべき仕事が遅れてんだけど…」


鬼「庭の水遣りなら、ブルーノにマニュアル渡してやってもらってる。苗と種の仕入れは、後でアキが行くから」


ク「はぁ……後で二人に謝っとかなきゃな…」


鬼「お前は悪くねーだろ?被害者なわけだし」


ク「まあ……アイツを怒らないでやってくれよ」


鬼「そう言うと思って、注意だけしかしてない。どうせ後でお前が説教するだろうし」


ク「全く、困った坊ちゃんだこと……」


鬼「ほら、そろそろ横になれって。絶対安静、ぐっすり寝てろ」


ク「はいはい…。後で水持ってきてくれ、喉乾いたから」


鬼「あぁ、分かった」









――バタンッ









ク「寝ろって言われても…頭がズキズキして寝れねぇんだけど……」
















遊「あ、鬼柳!クロウはどうだ?」


鬼「先ほど、目を覚ましましたよ。意識もはっきりしてます。ですが、三日間は安静ですね」


遊「そうか…それなら良かった…。……俺はきっと、縄に縛られ…吊るされて…水の中にドボンなんだな」


鬼「いつの時代の拷問ですか」


遊「それぐらいはされると覚悟してたんだが」


鬼「クロウが言ってましたよ?坊ちゃんを怒らないでやってくれ、と。きっと後できついお説教が待ってます」


遊「うぐっ…!クロウの説教は…精神的に辛い…っ」


鬼「無駄に長いですからね。地面に正座で長時間の罵りですよ。頑張ってください」


遊「うぅっ……」


鬼「(まあ、冗談ですけど。このぐらいは言っておいた方が、肝に銘じるだろう)」












――コンコンッ







ブ「失礼しますー」


ク「お、なんだブルーノか」


ブ「水遣り、全部やっておいたよ」


ク「わりーな、自分の仕事が他にもあるのによ」


ブ「気にしなくていいよ。困ったときはお互い様だしね。これ、早く元気になるようにってデザート作って来たよ」


ク「マジで?ブルーノのデザート美味いから、すげぇ、嬉しいわ」


ブ「そう言われちゃ、色んな物作りたくなっちゃうなー。それじゃ、ここに置いておくね」


ク「あぁ、サンキュー」










――コンコンッ










ア「失礼します」


ク「今度はアキか」


ア「あぁ、ブルーノも来てたの?」


ブ「うん。クロウにお見舞い品でも、と思ってね」


ア「そういうことね。クロウ、さっき苗と種の受注に行ってきたわ。二日後には届くそうよ」


ク「分かった。アキも悪いな、こっちの仕事までやらせちまった」


ア「気にしないで、私は言うほど忙しくはないわよ。ブルーノ、鬼柳が呼んでたわよ」


ブ「本当?じゃあ、急いで行かなきゃ…。クロウ、お大事に」


ク「ブルーノも、仕事お疲れ」


ブ「うん」










――バタンッ











ア「そうそう。なんでも新しい苗が手に入ったから、試しに育ててみてくれって言ってたわ。一緒にこちらへ送ってくるそうよ」


ク「新しい苗?なんでもかんでも俺に押し付けやがるぜ…全く…」


ア「それほど、育ての腕を認められてるってことじゃない。後、鬼柳がこの薬を飲むようにって。痛み止めらしいわよ」


ク「……鬼柳に伝言頼んでもいいか?『最初から痛み止めを渡せ』って」


ア「えぇ、伝えておくわ。私も仕事に戻るから…良い?絶対安静よ?」


ク「分かってるって…。アキも仕事お疲れさん」


ア「クロウも、お大事にね」










――バタンッ










ク「痛み止めあるなら最初から出せよー……こっちは痛みで寝れてないってのに」





















――コンコンッ








鬼「夕飯持ってきたぞー」


ク「痛み止めの件についてだが」


鬼「ごめんなさい」


ク「お前…絶対薬の事忘れてただろ」


鬼「あぁ、忘れてた。悪い。ポケットから袋出てきたとき『なんだこれ』とか思ってすいません」


ク「………執事としてそれはどうよ?」


鬼「執事でもドジすることって、あると思う」


ク「これはドジってレベルじゃ…、もういいわ」


鬼「気を取り直して、夕飯にしよう。今日はブルーノが張り切ってたぞ、お前に美味しいもの食べさせてやるんだーってな」


ク「手抜きで良いのに」


鬼「ブルーノが手抜きするかよ」


ク「そりゃそうだけどよ。……なんか、一人分多くないか?」


鬼「これ、坊ちゃんの分。ここで食べるって聞かなくてさ」


ク「は?なんでまた?」


鬼「一人で食べるのは寂しいだろうからってさ」


ク「そんな気遣いしなくていいってのに…」


鬼「坊ちゃんの優しさは凄いなー」


ク「そんな優しい坊ちゃんの被害者が俺なんだけど」


鬼「……愛にも種類って色々あると思う」


ク「なんのフォローか説明してみろ」










――コンコンッ









遊「……失礼…します…」


ク「(うわ、暗…っ)」


鬼「坊ちゃん、まだ沈んでるんですか?もう済んだことじゃないですか」


遊「怪我をさせたんだぞ。そう簡単に立ち直れるわけないだろう…」


鬼「坊ちゃんでも、そこまで責任を感じることってあるんですね」


遊「どういう意味だ鬼柳」


鬼「ほら坊ちゃん、早くこっちにどうぞ」


遊「あぁ……、クロウ…土下座するから、どうか水責めだけは…」


ク「水責めって何のことですか坊ちゃん」


鬼「どんだけマイナスな想像を膨らましたんですか」


ク「はぁー……、別に怒ってませんよ…」


遊「いや、でもほら、怪我させたから……」


ク「怒ってませんし、気にもしてません。いつものことですから尚更です」


遊「うっ……いつものことか…っ」


鬼「まあ、良いじゃないですか坊ちゃん。過去の仕返しだと思えば」


ク「…………」


遊「鬼柳、今お前はクロウに精神ダメージを負わせたぞ」


鬼「これは失礼」


ク「飯、食っていいか…」


遊「……後でカウンセラーでも呼ぶか…?」


ク「いらねぇ……」


















――翌日












ク「あぁー…よく寝たぁー……痛み止めのおかげで、痛みは無かった……あ、あれ?」












――コンコンッ









鬼「おはよーございますー。調子はどうよー」


ク「枕が真っ赤だ」


鬼「ぎゃあああ!!洗濯面倒くせええええ!!」


ク「そこかよ」


鬼「えー、お前寝てる時に頭でもぶつけたー?傷口開いたんじゃねーの?」


ク「ぶつけたら気付くけどな、俺」


鬼「とりあえず、また医師を呼ぶか…。その枕は後でアキに頼んどくから。えぇっとそれから、朝飯食ったらこれ飲めよ」


ク「また薬か…」














――コンコンッ







遊「入るぞ」


鬼「坊ちゃん、後はお願いしますね。私は後始末をしておきます」


遊「あぁ、任せろ」











遊「よし、クロウ。包帯巻き直すから動くな」


ク「首は絞めないでくださいね」


遊「主人を殺人犯にするな」


ク「一度経験があるから言ったんです」


遊「その節はすみませんでした」


ク「分かったのなら宜しい」


遊「どっちが主人か分からないじゃないか…」


ク「坊ちゃん、次窓から逃げ出したら…今度はどうなるか分かってますよね」


遊「………どうなるんだ?色々思い浮かんでどれなのか絞れないんだが」


ク「そういうとこ本当にネガティブですね…」


遊「褒め言葉だと思ってとっておく」


ク「全然褒めてません」


遊「よし、出来たぞ。俺だって一応は器用だからな、これぐらいどうということはない」


ク「有難うございます。それでは、執務にお戻りください」


遊「断る」


ク「ちょっと?」


遊「今日は執務はない。昨日のうちに、全て終わらせておいた。今日の俺の仕事は、お前の看病だ」


ク「嘘ついていませんよね?」


遊「泣いていいか?」


ク「冗談です、冗談。いやでもまさか…」


遊「なんでこんなに信じてもらえないんだ。日頃の行いってやつか」


ク「まあ…仕事が無いのなら良いんですけど」


遊「今回は俺のミスだからな。責任もって看病しよう」


ク「看病といっても、やることありませんよ」


遊「気ままに見つけるさ。……ところで、今誰も居ないんだから敬語止めてくれたっていいんじゃないか?」


ク「屋敷の下である以上、敬語は止めません」


遊「……まあ、今日ぐらいは強制しないが…」


ク「(珍しい…今日は雨だな)」


遊「今凄く失礼なことを考えたな」


ク「別に何も考えてませんよ」


遊「声が上擦ったぞ」


ク「くっそ、俺嘘が下手だからな」


遊「ようやく本性が出たか」


ク「人聞きの悪い…」


遊「いいさ、それがクロウだ」


ク「お前が一番酷い事を言ってるぞ」


遊「さあ、薬を飲め。さっさと飲んで休むんだ」


ク「はいはい、飲めばいいんだろ飲めば…」


遊「さっさと本調子に戻って、庭の世話を頼むぞ。お前にしかできないんだからな」


ク「人使いの荒い…」


遊「何を言う、お前の手入れが行き届いているおかげで、庭は我が不動家の誇りだぞ」


ク「………なら、さっさと治さないとな」


遊「期待してるぞ、お前の働きを」















鬼「なぁ、クロウー」


ク「なんだ、どうした?肥料は持って来てくれたか?」


鬼「持って来たんだけどー……お前、もう一度大怪我してくれねぇ?」


ク「………一応、理由を聞こうか」


鬼「お前が怪我して動けなかったときは、そりゃあもう坊ちゃんの働きぶりは凄かったんだ。まるで当主を思わせるような、無駄のない時間の使い方…まるで神が降臨したかと思ったね」


ク「……で?」


鬼「お前の怪我が治った途端、今までのことが嘘のように、倍のように働かなくなった。働いた反動だな」


ク「へぇ……」


鬼「だから、もう一度お前が大怪我してくれれば、また働くかなーと」


ク「お前が怪我すればいいと思うぞ」


鬼「無理無理。俺、無駄に身体が丈夫だから」


ク「諦めて無理矢理にでも働かせろ」


鬼「もー…坊ちゃんのやる気が気まぐれすぎて仕事が溜まってくー」


ク「後で説教だな」

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