「Ruins -Ein.4-」





 廃墟となった遊園地は、不気味に佇んでいた。
 鉄筋は脆く曲がり、キィ…キィ…という音を唸らせていた。


 遊園地の周囲は、鉄の柵で囲まれていた。作りかけだったのだろうか。
 廃墟となってしまった今では、それすらも判別できない。


 遊園地内の壁には、ところどころ落書きがあった。
 その落書きはまだ新しい。人が居たということだろうか。


 周囲を見渡しても、薄暗い世界が広がるだけだが。







 鉄筋がでたらめに組まれているように見える、大きなアトラクションが見えてきた。
 ブルーノが言うには、「ジェットコースター」という物らしい。
 初めて見る物に、遊星は呆然と立ち尽くしてジェットコースターを見ていた。






――遊星、向こうに鍵らしきものがあるようです






 ブルーノの言った方向にライトを照らすと、何かが反射した。
 木箱が積み重なっている。何か文字が書かれている気がするが、全く判別できない。
 
 その一つの木箱の上に、黒ずんだ鍵が置いてあった。






「何の鍵だろう?」






――ジェットコースターの鍵では?あそこの小屋の…制御室でしょうね







 入り口付近に、確かに小屋が見える。
 なにかあそこに残っているだろうか。

 遊星は、その鍵を握りしめて小屋へ向かった。








 小屋のドアは、古びているがそこまで損傷はないようだ。
 鍵を差してゆっくり回すと、ガチャリと音がした。ドアが開いたようだ。


 中に思念体が居る可能性がある。用心してゆっくりとドアを開けた。





 その時、何かが上から降ってくる影が見えた。
 瞬間、首に下げていたロケットが、自分から離れていくのが見えた。

 すぐさまその影の方を見ると、遊星と同じくらいの年齢の少年が立っていた。

 少年の手には、遊星の身に着けていたロケットが握られていた。






「あっ俺のロケット…っ!返してくれ!!」





 だが、少年はその言葉を無視して、遊園地の奥の方へ走り出した。





「これは俺様が貰ったァ!悔しかったら、自分の手で取り返してみろよ!」





 遊星は、慌てて少年の後を追うが、少年の方が足が速く、どんどん遠のいてしまう。





「ほらほら、そんなんじゃ俺様は捕まらないぜ!」





 少年は余裕そうに走る。体力に自信があるようだ。





「っ、君は誰なんだ!なんでこんなこと…っ!」





 遊星がそう聞くと、少年は答えた。





「人に名を聞く前に、自分から名乗るもんが礼儀ってもんだろうよ!」





「遊星!俺の名前は遊星だ!!君は?!」





 遊星が素直にそう答えると、少年も素直に答えた。





「俺の名前は、クロウ!よーっく覚えとけよ!」




 
 クロウと名乗る少年は、更にスピードを上げていく。必死にクロウを追いかけていると、クロウが柵の方へ走って行くのが見えた。





「そっちは行き止まりだぞ…!」





 そして遊星は信じられないものを見た。


 クロウはそのままスピードを緩めず、真っ直ぐ柵の方へ走って行く。
 そして、そのまま軽々とジャンプで柵を飛び越えたのだ。


 人間離れをした跳躍力に、遊星も口を開けて呆然と見送ってしまった。






「人間は…ここまで飛べるものなのか…」





――遊星…ロケット…





「はっ…、そうだロケット…!取り返さないと…!」






 遊星は、どこか柵の向こう側へ行ける道を探し始めた。






――そこまで大切な物なんですか?






「あれは…俺の…一番の宝物だ…」






 その表情は悲しそうで、ブルーノも自分が出来ることを考えた。
 ブルーノは持ち主のサポートAI。遊星が困っているなら、自分がなんとかしなければ。






――遊星、左側に向かうと通り抜けられそうなところがある。そこに行くんだ!






 ブルーノの言葉に、遊星は強く頷いた。














――遊星、あそこ!






 クロウを追っていると、ある場所に出た。
 ここはどうやらメリーゴーランドのようだ。

 普通なら回っている馬も、今は地面に横たわっている。


 そして、メリーゴーランドの残った馬の上に、クロウは座っていた。
 






「なんだ、諦めずに追い駆けてきたのか?なかなかやるじゃん」







 だが、ロケットを返す気はないらしい。
 遊星は、必死に頼み込んだ。






「それを返してくれ!大事な物なんだ!」





 クロウは、そのロケットを目の前で揺らしながら聞く。






「大事なもんの割には、随分と簡単に奪われるんだな?」






 あまりの言葉に遊星も言葉に詰まる。
 まさか、首に掛けているものをアッサリ奪われるとは思わなかったからだ。

 クロウは、馬から降りるとその場から立ち去ろうとした。
 遊星も慌てて引き留める。






「ま、待って!そのロケットを返してくれ!お願いだ!」






 クロウは遊星の方を向くと、笑って走り出した。






「俺を捕まえたら、大人しく返してやるよ!ま、お前には無理だろうけど」






 クロウはメリーゴーランドの影に消えた。
 追いかけっこというところだろうか。遊星も再び走り出した。


 クロウの方が足が速いと、こっちが圧倒的に不利だ。
 遊星も必死についていこうとするが、体力面でも向こうの方が上らしい。



 一度姿を視界から消すと、もうクロウがどこに居るか分からなくなる。
 辺りを見渡しても、人の気配はしない。

 広い遊園地で人一人を見つけて捕まえるのは相当きつい。
 どう探せば分からず、その場に立ち尽くしていると、ブルーノが遊星にアドバイスをした。






――遊星、ここは円形状になっている場所。クロウが左から逃げたのなら…遊星は右から行ったら…?







「……そうか、そういうことか」






 この場所は円形状。そしてクロウは左へ逃げた。
 ということは、右から行けばクロウと出くわす可能性は大いにある。



 遊星はすぐさま右へ走り出した。




 すると、前から軽く足音が聞こえる。
 来ている。確実にこっちへ向かっている。


 遊星は、次のカーブを思いっきり曲がった。







「――っ、うわっ!?」






 ブルーノの読みは当たったようだ。
 カーブを曲がったところで、クロウと真正面から出くわした。
 クロウは、ギリギリ遊星をかわした。そして、そのまま違う方へ走り出した。






「く…っそ、逃がすか!」






 次こそは見失うまい、そう思い遊星はクロウの後を追う。



















 どうやら、クロウは反射神経も良いらしい。
 ブルーノのアドバイスで何度も追いつめるも、寸前のところでかわされてしまう。
 それを何度も繰り返しているうちに、遊星の体力も限界に近づいていた。


 遊星の息が上がっているにも関わらず、クロウは全く疲れていない。
 このままでは、クロウを捕まえることができない。



 遊星は、それでも諦めきれずクロウの後を追った。







 クロウが逃げ込んだのは、一際大きな観覧車。
 観覧車の場所は、一段と静まり返っていた。虫の音も聞こえず、物音もしない。


 


「そろそろ諦めたらどうだよー、お前もう疲れてんだろ?」






 クロウの声が聞こえるが、人影は見えない。
 どこにいるのかと必死に見回していると、頭上から声が聞こえた。





「上だよ、上。ここまで来れんのか?」





 クロウは、観覧車の上に居た。
 




「いい加減、それを返してくれ!」




「だったら、追い駆けて来いよ」





 無理矢理にでも取り返すしかなさそうだ。
 遊星も上に上がろうとしたが、クロウが再び声をあげた。






「ただし!追いかけるのは、そいつをどうにかしてからにするんだな!」







 クロウの視線は、遊星の背後に向かっている。
 遊星が後ろを振り向くと、今までとは違う大きな思念体が居た。






「こんな時に、思念体か…っ」





 遊星は、追い駆けている最中に見つけたパチンコを握りしめた。
 竹刀より威力があり、離れていても攻撃できる。
 こういう思念体には丁度良い武器だった。


 追いかけっこで体力も大分減っている。
 近距離での戦闘は避けたかった。






 敵は一切攻撃してこなかった。それが何よりの幸いだった。
 そして、今までのよりも大きい分、的が大きいということ。思念体を倒すのに苦労はしなかった。




 思念体が力尽きて消えるのを確認し、遊星はクロウのいる観覧車を登り始めた。








「それは俺の大切な宝物なんだ…、だから返してほしい!」




「だから、俺を捕まえることが出来たらなー。でも、お前鈍臭いから俺を捕まえることなんてできねぇよ。お前が猫にならない限りはな」







 挑発するように、一本の鉄筋の上を歩く。
 その時、クロウは誤って足を踏み外した。






「っぁ…」






 クロウの体は、ゆっくりと宙に投げ出された。
 クロウは咄嗟に、持っていたロケットを遊星に向かって投げた。

 投げられたロケットをキャッチした遊星を確認すると、クロウは一瞬ホッとした表情をし、そのまま地面へ叩きつけられた。







「クロウ――!!!」







 遊星も、急いで下へ降り、地面に横たわるクロウの元へ駆け寄った。
 落ちた場所も悪く、観覧車の下にあった柵に囲まれた円形状の建物の上に落下し、天井を突き破って叩きつけられたようだ。


 クロウは目を伏せたまま、全く動かない。


 遊星は、柵に手をやり必死にクロウに呼びかける。






「おい、クロウ!大丈夫か?!目を開けてくれ、クロウ!」






 遊星が呼びかけるも、クロウは全く動かない。
 いくらロケットを取られて酷い目にあったからと言っても、自分以外の人間に会えたことの方が嬉しかった。
 なのに、自分と同じ少年が目の前で、自分を再び一人にして逝こうとしている。






「頼むクロウ!目を開けてくれ!クロウ…っ!」






 なんとかしなければと思う反面、あの高さから落下して地面にまで叩きつけられては、死ぬ方が当然だ。

 どうにかしたくても、滅んだこの世界には病院も無ければ、治療道具もない。



 ブルーノもどうにかしたそうにしていたが、AIにはどうすることもできない問題だった。






「止めてくれ…っそのまま…眠るなんてことは…止めてくれっ…」






 自分はまた一人になってしまうのか。
 一度その思いが脳裏に浮かぶと、自然と涙が溢れてくる。




 もう一人になるのは嫌だった。




 そして、人が目の前で死ぬのは、もう嫌だった。




 遊星は我慢出来なくて、その場で涙が零れる。







「やだ…もう、いやだ…っ見たくないんだ……っ!死なないでくれ…クロウ…っ」







 どんどん溢れてくる涙に耐えきれず、遊星は顔を伏せる。




 その時だった。







「……これぐらいで泣くなよ…男だろ…」






 ハッとなり、遊星が顔を上げると、クロウは目をゆっくり開けて遊星に笑って見せた。






「俺はこの通りなんともねーよ。だから…そんな簡単に泣くなよ。俺は、一度だって泣いたことないぜ?」






 元気そうに言うクロウに、遊星も心の底から安心してクロウと同じように笑った。






「なんだ…良かった…っ、本当に良かった…」





 自分の事のように喜ぶ遊星に、クロウは申し訳なく笑った。




++++++++++++++++++++++++++













「あーあ、俺の負けか。ま、泣くほど心配してくれて、ありがとな」



「本当に死んだかと思った…、心臓に悪かったよ」






 遊星は、ロケットを再び首に掛けた。

 クロウは、そのロケットを見つめて言った。






「お前、人間か?」



「あぁ。なんでだ?」



「思念体だったら、“思い出”なんて持ってねぇよ。悪いな、その中身見ちまった」






 ロケットの中には、大切なものをしまってある。
 それを見たことを謝っているのだろう。






「いいよ、気にしてない」



「お前の大事なもの、見ちまったからな…。お前にも、俺の大事なもん見せてやるよ」




 そう言って、クロウがポケットから取り出したのは一枚の写真だった。
 そこには、クロウと見知らぬ人が写っている。





「家族?」



「さあな。……俺さ、小さい頃の記憶がないんだ」






 いわゆる記憶喪失だ。

 クロウには、幼少期の記憶が一切ないらしい。そう教えてくれるクロウは笑っているが、顔は寂しそうだった。






「だから、この写真の場所に行けば何か分かるかもって思って…探してるんだ」



「……見つかると良いな、その場所」






 クロウは写真を仕舞うと、遊園地の出口へ歩き出した。






「あ、ま、待ってくれクロウ!」



「ん?なんか用か?」



「俺、赤い髪の女の子を探しているんだ。知らないか?」






 クロウは、口元に手を当てて考え込む。
 うーん…と唸って記憶の中を探しているようだが、両手を軽く上げて首を振った。






「俺はしらねーな。ただ、うるさい霊なら見かけた」



「うるさい…霊?」






 クロウは、ある方向を指差した。






「この先にホテルがある。そこに一人うるさい霊がいるんだよ。ま、俺は話しかけたことねーけどな。そいつなら何か知ってんじゃねぇの?」






 ホテルに居る一人の霊。
 その霊なら、あの不思議な女の子を知っているだろうか。その子に賭けてみるしかない。






「有難う、行ってみる」



「おう。気を付けてな」






 クロウは、再び歩き出そうとしたが、遊星が慌てて引き留めた。






「あ、あの、クロウ!」



「……今度はなんだ?」



「い、いや…その……ま、また…どこかで会えるか…?」






 遊星にとっては、初めて普通に会話した相手。
 このまま会えないままだと、一人のままで変わらない気がした。




 そんな遊星の気持ちに察したかは知らないが、クロウがある話をした。






「遊星、知ってるか?友達ってのは、自分の宝物をお互いに交換するらしいんだぜ?

 でも、俺は遊星に酷いことしたからな。代わりに俺の宝物、一つやるよ」






 クロウが腰のバックから取り出したのは、シンプルな指輪だった。
 それを、遊星に差し出した。






「それ、キラキラしてるから気に入ってんだ。お前にやるよ」



「え、でも…良いのか?」



「あぁ。それが友達の印ってことだ」







 遊星は、差し出された指輪を手に取った。
 指輪は、月の光でキラキラ光っている。






「それ、ちゃんとそのロケットの中にしまっておけよ?」






 この指輪は、友達の印。
 その言葉が嬉しくて、遊星は指輪を握りしめた。

 こんなに素敵な物を貰ったんだ、しっかりお礼を言わなければ。
 そう思い、遊星は顔を上げた。






「クロウ、ありが……ンっ」






 一瞬、何が起こったのか分からなかった。



 
 お礼を言おうと顔を上げたら、視界が急に暗くなり、目の前にクロウの顔があった。
 何が自分に起こっているのか理解できず、頭の中は真っ白になっていた。




 口に伝わる柔らかい感触。
 あぁ、キスされているんだ。そう気づくと徐々に意識が元に戻ってきた。






「――ッ!?んっ…はぁっ!!////」







 意識が戻ると同時に、慌てて後ろに倒れ込んだ。
 一体自分はどのぐらいの長さ、キスをしていたのか?



 無意識に唇に手を当てていた。まだ感触が残っている。






「なっ、なんでっええええええ!?///」








 何故こんなことになってるのか分からずに、狼狽えるしかない。
 逆にクロウは至って冷静だった。






「しらねぇの?友達って、キスとかもするんだぜ?」






 間違った知識を覚えているようだ。何で覚えたのかは知らないが。
 遊星は遊星で、満足な教育を受けていないため、そういうことは知らない。






「お、俺…っキスとか初めてで…っ」






 遊星がそう言うと、クロウはニヤリと笑った。






「へぇ、なら話ははえーな。お前にとっての友達は、俺が一番最初ってわけだな?」



「え…あ、あぁ…」



「その指輪も、キスも、俺が初めてってわけだ。一番の友達ってことだ」






 クロウの言葉に、遊星も目を見開いた。
 自分の一番の友達。初めて、自分に出来た友達。その言葉が嬉しかった。






「その指輪、大切にしろよ?」





 クロウは、地面に座り込んだままの遊星に手を貸した。
 遊星も、その言葉に頷き、その手を取った。





 初めての友達。




 友達の印。




 それだけで、自分は一人じゃないと思えた。



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