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「大丈夫かい?あのね、私はここの全てのものなんだよ。もちろん君もそう。私を叩けば自分を叩くことになるよ」

けろりとした神の言葉に、渋面の梓はしびれたままの右手を軽く振った。

「すっごく納得いかないわ…でも痛くないんだとしても、叩いてごめんなさい」

ぺこりと頭を下げた彼女に、神は鷹揚に笑っている。

「平気だよ。それよりも人と久しぶりに話せてとても楽しかった。私と話ができる人間はほとんどいないからね。もしできたらまた遊びに来てくれないかな」

「…無理だわ。だって村に帰ったら、祭が終わらなかったとして皆に殺されるはずよ」

「まさか…」

「いいえ。簀巻きにされて海に沈められる位なら上等。下手をすれば役目を果たせなかったことを恥じて、母が私を殺すかも」

それが嫌なら逃げるしかないわね、と他人事のように呟く少女の顔を、水神はちらりと横目で見やった。

「もし行く場所がないのなら…私と一緒に行くかい?人の枠を外れ、死ぬことも生まれ変わることも出来ない体になる覚悟ができるなら。もちろん断ることもできるけど」

右手を差し出した男の顔をしばし眺めた梓は、ゆっくりと微笑した。

「どうせ私はもう死んだものも同然。元々あなたの嫁になるために来たんですもの。この際どこにでも行ってやるわ」

そっと片手を預けた彼女に、男の笑みは深くなった。

「そうだ、妻問いもなくてすまないね」

「いいえ。私、まどろっこしい事嫌いなの。手っ取り早くていいわ」

それに、と梓は目を伏せて考える。

(一人ぼっちの私達でも、二人でいれば少しは淋しくないわ、きっと)

声にならない花嫁の思いを感じ取ったか、水神は預けられた小さな手を優しく握った。



こうして梓が水神と真の意味での婚礼を挙げたことを村人は誰も知らず、いずれの文献を紐解こうとも、その事実を見出すことはできない。

かろうじて村に生きる語り部の老婆だけが、問わず語りに言い伝えているだけだ。

「最後の祭から奇妙な痣を持つ娘が出ることも、一月二月続いて海が荒れることも、二度とないのだ」と。


- おわり -



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