(3/5)



「寒い?…ああ、そうか」

パンと男が両手を合わせると同時に、梓は己の着物を身につけていることに息を飲んだ。

柄が抜ける程に着古した浅黄色、見間違えるはずかない。

彼は、人にあらず。

未知のものへの恐怖で、喉が一気に干上がっていく。

「あなたは…何者?」

「私はここに住まうもの。君が生きて来てくれて本当に嬉しい。いつも印の気配を追ってきても、間に合わないことがほとんどだったからね」

さらりと告げられる言葉に眩暈がする。

もう間違いようがないだろうが、彼は

「…まさか、水神…?」

「そう言われる時もあるね」

微笑む彼に対峙する梓は、表情を無くしていく。

数十年に一度、誰かの首筋に紅い花が咲く。

その選ばれた花嫁は濁流に突き落とされ、盛大な祭は終焉を迎える。

荒れ狂う海と空の平穏を願う古い信仰は、咎のない人達をどれだけ犠牲にしてきたか。

全ての元凶が、これ。

「…どうして生贄を求めたの。なぜ皆に苦しみしか与えないの!酷いしけが続いて船を出せないで皆死にかけてた。それを見て面白がっていたの!?」

激昂し叩きつけるような梓の叫びに、神は眉を寄せた。

「…私の存在を感じられる人が減り、日々力は衰えていく。だから海は私の制御を受け入れない。少しでも信仰を増やす為、我が声を聞いて欲しいと村へ投げかけても、やってくるのはなぜか死体だけだ。生贄なんて求めた覚えはないよ」

「嘘よ…じゃあこの痣は何なの?それにこれが出るのは若い女だけじゃない」

襟口を緩めて、首筋を露わにした彼女が見せつける手のひら程の花型の痣を

「これはね、私の声を聞き取れる魂の美しい者ならば男女問わず現れる…私の代弁者たる印。遥か昔、君の先祖に話したはずだけど、まさか生贄などと間違えるとはね…」

痛ましいものを見るような顔で、神はついと指先をそれに近づけた。

するりと梓の花は彼女の肌の中で浮かび上がり、触れた指先へと吸い込まれていく。

跡形もなく消えた痣の後を、あっけに取られたように撫でている梓に、神は寂しげに微笑んだ。

「人との距離がこれほどにも遠くなった今、私の声はもう届かない方がいいのかもしれないね。君の印も消した。私のことは忘れて村へお帰り」

勝手な言い草に、梓の頬が怒りのあまり紅に染まる。

「…歯、食いしばりなさい」

は?と間抜けな顔で水神が問い返すより早く、振りかぶった梓の右手がその面を強襲した。

バンといい音がした後、

「痛っ!何で!?」

痛みに顔を歪め、頬を押さえて飛び上がったのは叩いた梓の方。



←前へ  次へ→



目次

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -