犬はその瞳を大きくさせてから、ひらりと軽やかにローリエのベッドへ跳び乗るとローリエの膝元に座った。
「……もう二度と会えぬだろう。もうしばらくここにいてやる」
「ありがとう」
ふにゃっと柔らかくローリエが笑えば、犬も微笑んだような気がした。そして犬は無表情でベットの脇にあるサイドテーブルに顔を向ける。つられてローリエも見れば、小さな紙切れが一枚。
ローリエがそっと手に取る。そこには、拙い文字で書かれた、ローリエの双子の兄、ローレルのメモだった。
「……!! ……っ」
そのメモの上に、一滴ポタッと水滴が落ちる。鉛筆で書かれた文字が、ぼかしたように滲んだ。
「ローレル……ッ」
双子だからなのだろうか、ローリエは胸をえぐられるような、自分の半分が欠けてしまったような喪失感を確信して感じ、次から次へと涙を零す。
この言葉だけで分かってしまう。ローリエの好きな笑顔をくれるローレルは、もう来てくれないことを。もう、会えないことを。
頬を伝い輪郭をなぞり、首筋までとめどなく流れていた涙を、犬が舐めた。
不安げに見つめる犬を、ローリエはきつく抱き締めて、嗚咽を漏らしながらすがるように泣きじゃくった。
犬も悲しげに歪んだ表情のまま、ずっとローリエに抱き締められていた。
――1つ大切な事に、少年は気付かなかった。
少女にとって、毎日お見舞いに来る少年の優しい笑顔に、何よりも救われていたことに。
少年といる時間が、どんな時間よりも長く続いて欲しいと、手を合わせて願っていたことに。
少年は、気付けなかった。
どこからか、幸せを唄う様にやさしいやさしいオルゴールの音が聴こえた。
それは全てを慈しんだ光があったように、掌に包んだ温かさを雨が止んだ星空に浮かべて放つように。
少年がいつも想っていた事が1つ、少女の心の温度へと変わる。
――"ローリエの幸せを誰よりも願って。ローレルより"