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「……母さん。ありがとう」


最後に少年は今までで一番優しくも消え入りそうな声色で呟いて、そして迷うことなく鍵を箱に差した。カチャンと音が響いた刹那、その箱はは黒い何かに踏みつけられ、なんとも言えない音を立てて潰れた。


「……我を眠りから覚ました事、それはお前の欲に値する」

「……っ!!」


さすがの少年でも言葉を失い、緊張のあまりに生唾を飲み込んだ。

悪魔とは、角が生えていて翼を持ち、という偶像の姿を想像したけれど、箱から出てきたのはそれとはかけ離れていた。

かろうじて人のような形をしている、煙のような闇の塊。それが少年の目の前に現れた。


「一応聞いてやろう。名を名乗れ」

「僕は、ローレル・ハザルク。悪魔と、契約をしたい」

「ハザルク……。以前来た愚かな女の子供だな」


馬鹿にするような、見下すような、その一言に少年は強い想いの瞳で悪魔に言い返す。


「母さんを愚かだなんて言うな!」

「――何を言うか。お前の母親は、お前ともう一人子供を産んだが、お前だけは体が弱く産まれ、もう死ぬときた。それを古書の研究者だったお前の母親はこの本に頼り、我と魂の契約を交わし、お前は助けられた。しかしお前は同時に母親を殺した。これがどれだけ愚かな行為か」


心底馬鹿にして嘲笑う悪魔を、少年は怒り狂う勢いで睨み叫んだ。


「母さんは……母さんは! 守りたい物を、命に変えてでも僕を守ってくれたんだ!! 知っただけで全てを笑うな!!」


すると少年はあろうことか、憎たらしい悪魔に向かって床に両手を付き、頭を深く下げた。


「……僕のエゴかもしれない。それでも、お願いだ! 自分の命を犠牲にしてでも、僕はローリエを助けたいんだ!」

「ローリエ……お前の双子の妹か。成長するにつれて体も病弱になった、あの死にかけで哀れな妹を助けたいと?」


悪魔が何でも知っていると言うのは本当の様で、口調が心底愉快だとでも言いたげに不気味に笑う。少年は、頭を下げたまま言った。


「迷いはない。お願いだ。僕の魂を代償に契約する」

「お前は自分の母親と同じ様に魂の契約をするとは、愚かだ」


少年はもう何も言い返さなかった。涙声になりそうで、何も言い返せなかった。


「良かろう。契約は成立だ。死ぬがいい」


痛みも怖さも苦しみも切なさも愛しさも憎しみも儚さも、全てを想って、少年は目を瞑った。



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