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中学、いや小学校の頃からなかなかに頭が悪かった俺がこの高校に入ることが出来たのは奇跡に等しいと知り合いは言う。


だが実際は奇跡でも何でもない。スポーツ推薦でこの高校に入学した俺は、サッカー部の期待の新人と言われる傍ら、学力に関しては教師陣から『神はニ物を与えなかった』なんて言われるレベルの生徒だった。

今回も見事に赤点ギリギリでクラスの平均点を下げまくった俺は教科担に呼び出され長い長いお小言を右から左へと聞き流していた。





「お前がせめて高遠の頭脳のほんの数割でも持っていたらなぁ・・・」

「え、高遠って誰っすか先生」


今までぼんやり話を聞いていた俺が突然食いついたからだろう。呆れ顔の教師は高遠遙一という人物について説明し始めた。


俺と同じ学年で隣のクラス。頭も良くて運動も出来て、イギリス帰りで英語もぺらぺら。

しかもその教師の個人的な見解であるらしいが、教師曰く女子にモテそうな顔をしているらしい。






「そんな漫画みたいな完璧野郎がいるんだー」

「お前もちょっとは見習った方が良いぞ。なんたって4年ぶりの全教科満点入学だからな、高遠は」


「全教科満点!」

俺が高遠に興味を示し始めたのがわかったのか、教師は「まぁ、知り合いになったら勉強でも教えて貰え」と俺の肩を叩いた。


それがお小言終了の合図だと思った俺は「先生サンキュ!」と言いながら職員室を飛び出した。その直後背後から「おい名字!」という声が聞こえたあたり、実はお小言は終了していなかったようだが、気付かなかったフリをしておこう。







隣のクラスだとは聞いたが、もう放課後だし既に帰っているかもしれないな。

そう思いながらも隣のクラスへ駆けこんで「高遠いるか?」と尋ねれば教室で駄弁っていた女子たちがこっちを見た。



「高遠君?たぶん音楽室にいると思うけど」


音楽室?高遠って吹奏楽部か何かなのか?

そう安直な考えのまま「サンキュ!」と女子たちに手を振ってから音楽室へ行ったら驚いた。


音楽室に近付くにつれて聞こえてきた綺麗な音色。ピアノで奏でられるその音楽が何という名前かなんて俺は知らなかったが、ただただ漠然と「綺麗だな」と思ってそれをそのまま口にする。





がらりと何の躊躇もなく開け放った音楽室の扉。

中にいた学ラン姿の同級生、おそらく高遠遙一は突然入ってきた俺にピアノを演奏する手を止めてしまった。




「何だ、演奏止めちゃうの?」

「・・・・・・」


言葉は発しないが訝しそうな視線を向けてくる彼に軽く笑いかけながら近づく。






「お前が全教科満点入学の高遠遙一だろ?俺、名字名前。知らないだろうけど、同じ学年の隣のクラスなんだ」

よろしくな!と言いながらぱっと手を差し出せば高遠はじっと俺の目を見た後「よろしく」と小さく微笑んで俺の手を取った。





「知ってるよ。サッカー部の名字だろ?クラスの女子たちが騒いでたよ、格好良いって」

「・・・マジ?照れるなぁー、中学の頃は『餓鬼っぽくって泥臭くって暑苦しい』って散々なこと言われてたからなぁ」


あの時は流石に傷ついたなと思いつつ、今は高遠が俺の事を知っていたことと無事に握手出来たことに満足した俺は「で、演奏止めちゃうの?」とさっきと同じ言葉を口にする。




「まさか聴かれてたなんて・・・」

「高遠の演奏、めっちゃ凄いな。俺は音楽とか全然出来ないけど、凄い綺麗だって思った」


俺が引ける曲なんて猫ふんじゃったぐらいのものだろう。いや、猫ふんじゃったも最後らへんの弾き方わかんないな・・・





「今日はもう帰ろうと思ってたんだ」

「何だ残念。折角なら最後まで演奏聴いてから声掛ければ良かった」


そう言って唇を突き出して残念さを表現する俺に高遠はまた小さく笑って「また今度、時間があれば」と言う。当たり障りのないその台詞に、高遠は学力とは別の頭もよさそうだなと思った。




「あ、そうだ。もう帰るなら、一緒に帰ろう」

「・・・良いけど、サッカー部は?今日活動してなかった?」


「部活の奴等は俺はもう今日は来ないって思ってるよ。ほんとなら俺、放課後はずっと職員室にいるはずだったし」


「職員室に?」

「この間のテスト、赤点ギリギリでさ。教科担がご立腹なんだ」

隠すことなく言えば高遠は「そうなんだ」と苦笑した。





「ちなみに、こうやって高遠と知り合ったからには高遠に勉強を教えて貰おうという下心もあるから、覚悟しとけよな」

「・・・そういう下心は、あえて口にしないものじゃないか?」

「細かいことは気にすんなよ。ほら、帰ろうぜ高遠」


ぱっと高遠の腕を学ランの上から掴んで引っ張れば高遠は反射的に椅子から立ち上がる。




「うわっ、お前腕細いな。ちゃんと食ってる?」

「食べてるよ。突然腕を引っ張らないでくれ、吃驚する」


「ごめんごめん。あ、音楽室の鍵はどうすんの?」

「もうしばらくすれば姫野先生が来るはずだけど・・・」




噂をすればと言うが、その時丁度姫野先生が音楽室にやってきたのが見えたから、俺は「先生!高遠連れてくから!」と声を上げる。

俺と高遠が一緒にいるのを見た姫野先生は「まぁ、名字君ったら職員室から此処に来てたのね」と笑うと「良いわ。戸締りは私がしておくわね」と言ってくれた。話が分かる先生は大好きだ。しかも姫野先生は美人で、益々大好きになった気がする。





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