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ぱらりと新聞が捲られる。
大々的に載せられているその記事を見て、リヒトはふぅっと息を吐いた。
長い溜息とは裏腹に、リラックスしきったような顔で手元の珈琲カップを手に取り一口。穏やかな時間が流れる。
「・・・白ひげのところの家出息子は君か?」
そんな彼に、一人の老人が近づき話しかける。
リヒトはゆっくりと顔を上げ、にこりと笑った。
「やぁ、レイリーさん。ご無沙汰してますね」
「あぁ、久しぶりだなリヒト君。・・・で?」
「で、と言いますと?」
カフェのテラス席。
向かい側にレイリーが腰かけ、微笑む。
「算段は立っているのか、と聞いてるんだ」
「はははっ、さぁどうでしょう」
「私にも言えないことかね?」
すぅっと目を細めて笑うレイリーにリヒトは笑みを浮かべる。
シャボン玉がふよふよと出てきている周囲の景色と同じように、彼等の醸し出す雰囲気は穏やかだ。
「まさかまさか。冥王ともあろう人に隠し事なんて器用なマネ、俺には出来ませんよ」
あ、何か食べます?とメニューを差し出されたレイリーは首を振ってそれを断った。
「本当に・・・明確な作戦があるとか、そういうんじゃないんです。ただ、俺はやりたいことをやるだけですから」
「・・・随分と素晴らしい目をするようになったな、君は」
その言葉に「有難う御座います」と微笑む。
レイリーはその頭にぽんっと手を置き、ぐしゃぐしゃと撫でた。
「死ぬなよ、リヒト君」
リヒトは微笑むだけだった。→戻る