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妻は手先が器用だった。

特に蝋細工を作るのに長けていて、彼女の作品は常に私を魅了していた。



医者である私と芸術家の妻。


子供は一人で、レスターと言った。

一人じゃ可哀相だと、彼女は再び私の子をその腹に宿し、明るくて幸せな家庭が出来るはず・・・だった。



しかし・・・生まれてきた子供は結合双生児、言わば二つの身体がくっついて生まれてきた双子だったのだ。


一人の子はボー、もう一人をヴィンセントと名付けた。

二人とも可愛い可愛い我が息子だった。



だが妻は・・・悲しんだ。

だからこそ、私は妻の悲しみを取り除いてあげたいと思い――分離手術に踏み切ったのだ。





周囲から止められた。それでもやった。


その結果・・・私は医者を止めざるを得なかった。


それでも双子は一つずつの身体になった。その代り、ヴィンセントは顔の半分を隠さなければならなくなってしまったが。

可哀相なことをしてしまった。




世間から逃れるように、私と妻は田舎へと移りすみ、そこで妻は念願だった蝋人形館を開いた。

幸せそうに笑う妻。見たかった笑顔が見れた私は、とても嬉しかった。


しかし・・・間違いは、もう起きていたのかもしれない。






妻は息子二人に蝋細工の作り方を教えた。


天賦の才とでも言うのか、ヴィンセントはとても上手だった。妻もそれを喜んだ。

ボーだって、私からしてみればとても上手に出来ていた。しかしヴィンセントとは大きく差をつけてしまっていて、妻はそれが気に入らなかったらしい。



ボーからしてみれば、妻はヴィンセントにばかり手をかけていたように見えるだろう。実際にそうだったと思う。

母親に構ってもらえないボーは・・・暴れることで、妻の目を引こうとした。






だがそれは逆効果だった。





妻は言った。


『ヴィンセントはお利口さん』

『ヴィンセントはママの才能を受け継いでくれたのね』

『ヴィンセントはとっても良い子』


私は聞くに堪えなかった。

息子たちが寝静まった後、私は妻に「ボーとヴィンセントには平等に接してやってほしい」と頼んだ。

妻は口では了承していたが、日々の様子を見ていれば態度は雲泥の差だということはすぐわかった。


暴れるボーを椅子に縛り付ける妻。ヴィンセントのために蝋で出来た仮面を作ってやる妻。



私はボーもヴィンセントも愛していた。何故って?私の大切な息子だからだ。


日に日に暴力的になっていくボー。その腕にある縄の痕。




・・・悲しかった。それと同時に、私の妻への愛情が薄れていくことに気付いた。




「ボー。ちょっと良いか」

「・・・・・・」



私はボーにあまり好かれていない。

それもそうだ。父親に優しくされるより、母親に優しくされたいに決まっている。その母の愛が弟にしか向いていないならなおさらだ。



「ボーはママが好きかい?」

「・・・・・・」


こくっと頷いたボーの頭をそっと撫でた。



「そう。きっとママも本当はボーのことが大好きだ。もちろん、私もボーのことが大好きだ。だから、何も不安がることなんてない」

その言葉が気休めだとは分かっていた。


私がどんなに言葉をかけてもボーは私に笑いかけることはなかったし、




「ヴィンセント。何を作っているんだい?」

「・・・・・・」


「・・・個性的な作品だね。ママに教わったのかい?」





私の知らず知らずのうちに、我が家は異様な空気に包まれていた。





そして、妻は脳に重大な問題を抱えはじめた。

それは一見、狂ったようにも映っただろう。いや、実際妻は狂っていたのかもしれない。


妻の狂気は息子・・・特にボーに影響した。ヴィンセントはその作風に影響した。


私だけが・・・家の中で取り残されていたのだ。





たった一人のような気分の私。母親に執着するボー。作品にだけ向き合うヴィンセント。


私は思っていた。この命が尽きる瞬間まで。

どうか――・・・










「幸せになってほしい」









ぽつりとつぶやいた私。




「ん?どうしたの?ナマエ」

「何でもないよ、母さん」


前世の記憶を持ったまま生まれ変わる・・・まさか本当にこんなことが起こるなんて、前世では医者であった私としては驚きだった。


今はまだ10にも満たない子供だが、知識は豊富だ。

そんな私は今母親と共に車で移動していた。


目的地はキャンプ場。建設関係の仕事をしている今の父親がキャンプに丁度良い場所を見つけたそうだ。


精神年齢はもはや父親と母親よりも高いのだが、子供らしくしておかなくては怪しまれてしまう。




「さっきからお父さんに電話してるんだけど、なかなか出ないのよねぇ」

先に行って準備しているはずの父親と連絡が取れないらしい。



「キャンプ場、ちゃんと着く?」

「それは大丈夫よ。お父さんが地図書いといてくれたから」


そういって片手で一枚の紙を取り出し、助手席の私に渡す。


私はその地図を見て驚いた。




「此処は・・・アンブローズ?」


「あらナマエ、今度は地理のお勉強してたの?」

「ん・・・あぁ、うん。そうだよ母さん」


時に子供じゃないような発言が出てしまう私だが、そこは勉強したと言う事で済ますことが多い。

まさか・・・私が最後死んだ場所へキャンプに行くことになろうとは。





息子たちは元気にしているだろうか。そもそも、私と妻が死んだあと、どうなったのだろうか。

私が死んでもあの子たちは悲しまないだろう。きっと妻が死んだときの方が悲しんだはずだ。


そう思うとつい自嘲にも似た笑みが広がる。が、今は子供なためなんとか抑えた。






「まぁとりあえず現地に付けば大丈夫よね」


母親の言葉に「そうだね」と頷いた私は、ただただ母親の運転する車に揺られていた。

そして、





「・・・静かだ」


そこは酷く静かだった。


アンブローズの傍にある林。その中にある広く開けた場所。

前世で記憶しているものとは違う。


小さいながらも活気のあったアンブローズの人間が此処を行き来していたはずなのだが、今は酷く静まり返り・・・




「酷い臭いね・・・」


顔をしかめて言う母親の言うとおり、此処は酷い臭いだ。

まるで腐臭。いや、医者だった私ならわかる。これは血肉の腐った臭いだ。それも、動物と人間の血肉が混ざったような・・・



「父さんに連絡は?」

「それが全然駄目なの・・・どうしてかしら」



困ったような顔をした母親は「荷物も全部お父さんが持ってるのに」と不満そうな声を漏らした。





「仕方ないわね。アンブローズってところが傍にあったわよね?きっと宿の一つや二つあるわ。そこに行きましょう」


「うん・・・」

嫌な予感がしながらも私は頷いた。

もしかすると愛する息子たちに会えるかもしれない。そんな淡い期待を抱いていたからだ。





車を木陰に停めた母親に連れられ、どんどん歩いていく。

その間、どんどん腐臭は強くなっていき、母親は耐えられないという顔をして、ポケットから出したハンカチで口を覆った。




「ナマエは平気?苦しくない?」

「平気だよ、母さん」



医者をやっていたころだって、嗅いだ臭いだ。

それに医者としてだけではなく、一人の学者として死体を扱ったこともあるぐらいだ。今更問題ない。






「きゃっ!?」


突然母親が小さな悲鳴を上げる。



母親の目線の先を見れば、一人の男の後ろ姿が見えた。


軽トラらしき車に積んであるのは、腐食の進んだ動物の肉。

それが異常なほどの臭いを漂わせていた。






「ん・・・?」

男がこちらを振り返る。

私は大きく目を見開いた。







レスター!!!






つい叫んでしまいそうになったが、ぐっと押し殺した。



「んー?アンタら誰だぁ?」

「っ、こ、このあたりでキャンプする予定だったんだけど、先に来てたはずの夫が見当たらなくて・・・」


臭いに耐え切れないのだろう。母親は必死で平静を保とうとしているが、顔は盛大に引き攣っていた。


私はレスターをじっと見つめながら「この近くにアンブローズって場所があるから、そこで宿を探そうと思ってるんです」と言った。






「へぇー。アンブローズで宿、ねぇ?」


意味深な言い方をするレスターがこっちに近寄ってきて、私の前にしゃがみ込んだ。


あぁ、大きくなったねレスター。




「ついでだから街の前まで送ってやるよ。なぁ坊主」

「いいの?有難う」


若干子供っぽい演技をして笑顔で頷く。

母親は「ぇっ」と少し声を上げたが、送ってもらえると言うのには利点を感じたのだろう。特に異議は唱えなかった。



助手席に乗り込んだ母親と、その膝に座る私。



「悪いな。助手席は中からは開けられないようになってるんだ、この車」

「・・・・・・」

母親は一抹の不安を覚えたのか、私の手を握る力を少しだけ強めた。


車が動き出し、母親は臭いと揺れで少し苦しそうな顔をした。





「なぁ坊主。ナイフ好きか?」


そういって取り出したのは一本の鋭いナイフ。

そういえば、昔レスターが私の部屋にある手術用のメスを勝手に弄って私に怒られたことがあったっけ・・・


目の前に出されたナイフに私は小さく笑みを浮かべた。




「おっきなナイフだね」

「おぅ。すげぇだろ。俺はナイフが好きなんだ」


にかっと笑ったレスターにほっとする。

ボーやヴィンセントのことで家がごたごたする中、レスターにも寂しい思いをさせてしまっていたと思う。


格好は少しみすぼらしいが、それでも今こうやって元気に今を生きててくれて嬉しい。






「けど一番のお気に入りはコレだな」




「・・・!」

レスターが胸ポケットから取り出したのは、一本のメス。


まぎれもない、私の私物だ。






「どうして?それはちっちゃいよ?それにソレ、ナイフじゃなくてメスだよ?」


「チッチッチッ、坊主はわかってねぇな。これはなぁ、どんなナイフよりも完璧に肉を切れる」

「・・・・・・」






「あんな人畜無害な顔した人でも、これ使って人の肉を切り刻んでたんだからな」





あんな人畜無害な顔をした人?

まさかそれは私のことを言っているのだろうか。



「それ、誰から貰ったの?」

「貰ったんじゃねぇ。部屋から勝手に持ってったんだ。勝手に触るとすっげぇ怒られたけど、コイツに俺は一目惚れしてな。あの人が死んだあとから、これはもう俺のモンだ」


メスの柄に軽く口づけたレスターに私はくすくすっと笑った。


それを不思議そうに見るレスター。





「そんなに大事にしてくれるんなら、きっと前の持ち主も嬉しいだろうね」





私が死んだのは結構前の話だ。


なのにメスには錆び一つない。

毎日きちんと手入れがなされているというのが一目でわかる。



「坊主、何か変わってんな」


そう言いながらキィッと車を止めたレスターが、外に出て助手席の扉を開けた。

もうほぼ心ここにあらず状態だった母親がほっとした顔をして、助手席から降りて外に出た。




「此処を真っ直ぐ行けばアンブローズだ」


「有難うレスター」


笑顔で手を振って、母親と共に真っ直ぐ歩く。









「おぅ。・・・・・・ん?俺、名前言ったか?」


後ろからそんな声が聞こえたが、私は聞こえないフリをして、そのまま歩いて行った。




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