05
丸焦げになってしまった石像を前に、クロウリーは「何てことをしてくれたんですか!」と怒鳴る。
エースとグリムはお互いに罪を擦り付け合い、自分の罪を認める様子がない。
「おはようございます、学園長さん」
「はいおはようございます。・・・って!何暢気に挨拶なんてしているんですか!貴女も、グリムくんを弟子にしたのであれば、弟子をしっかり見ていてくださいよ!」
え?弟子?と彼女とグリムの関係性を知らないエースが首を傾げるが、その疑問に今は誰も答えない。
「ごめんなさい、学園長さん。でも凄いわ、グリム。口から沢山炎が出せるのね」
「俺様にかかれば、全てを燃やし尽くすことだって出来るんだぞ!」
「まぁ!それなら、石像がちょっぴり焦げる程度で済んで良かったわぁ!」
手を叩いてグリムを褒めているセイラにクロウリーは「良くないです!全然良くないですからね!?」大きな声で言う。
「そうね、グリムが凄いのはわかったけれど、学園の大事なものを壊すのは良くないことだわ。学園長さん、本当にごめんなさい。ねぇグリム、貴方もきちんと謝れるかしら?」
「うっ・・・うー、ご、ごめんなさいだゾ」
ぺこりと丁寧に頭を下げた彼女の隣で、グリムは若干納得していないという表情をしながらもそれに倣って頭を下げた。
唯一謝罪をしていないエースに学園長の目が向く。エースは「す、すみません」と慌てて頭を下げた。
「全く、入学早々問題を起こすなんて!トラッポラくんとグリムくん、どちらに原因があるかなんて私にとってはどうでもいいんです!重要なのは、石像が焦げてしまったということです!二人には、罰として放課後に学園の窓ガラス100枚の清掃をして貰います!いいですね!」
クロウリーの言葉に「うげっ!」と顔を歪める二人とは違い、セイラは「それは仕方ないわね」と頷いている。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!そっちの奴だって、監督責任?そういうので普通は罰するでしょ!不公平ですって!」
「あらあら、心配しないで。私もちゃんと窓拭きするわ。ついでにほら、石像も綺麗にしてあげる」
エースに指をさされながらも笑顔で頷き杖を取り出した彼女。杖がくるりとまわればきらりと輝き、光に包まれた石像は焼け焦げる前と同じ状態へと戻った。
唖然として固まるエースと頭を抱えるクロウリーを気にせず、彼女は「さぁエース、授業に遅れてしまわないように行ってらっしゃい」と手を振って見せた。
エースを見送り、何事もなかったかのように「学園長さん、今日のお仕事は何かしら?」と微笑む彼女にクロウリーは軽く頭痛を覚えつつ、彼女にメインストリートから図書館までの清掃を言い渡す。
「それと!セイラさん、貴女の魔法は生徒たちには些か刺激が強すぎます!出来る限り!魔法の乱発は控えるように!」
最後にそう言うだけ言ってクロウリーはその場を去って行った。
取り残されたセイラは「この学校って、あまり魔法は使わないで物事を解決する方針なのかしら?」と首を傾げ、それを見たグリムは「多分違うんだゾ」と呆れたような顔をした。
クロウリーから出来る限り魔法を使うなと言われれば、彼女はその通りにした。
勿論『出来る限り』なため、魔法が必要だと思えばすぐに使った。
メインストリートから図書館まではそう長い距離ではないが、手作業であればそこそこの時間がかかる。途中でお昼休憩やおやつ休憩を挟みながら作業を進めれば、あっという間に放課後の時間になってしまった。
学園長に言い渡された窓ガラス100枚の清掃をグリムは酷く面倒くさがったが「これが終わったら、私と魔法のお勉強をしましょうね」と彼女に優しく言われれば「・・・しょーがないんだゾ」と大人しく事前に集合場所として指定されていた食堂へと向かった。
同じく罰則を言い渡されたエースも食堂に来るはずなのだが、時間になってもなかなか現れない。
「あいつ、逃げたんじゃねーのか!?」
「あらあら、どうかしら。もしかすると一人で先に始めているのかもしれないわ」
「んなわけねーんだゾ!」
おそらく罰則から逃げたエースに「ズルいんだゾ!ズルいんだゾ!」と駄々をこねるグリムに「あらあら」と笑うばかりのセイラ。
やがてエースを見つけ出そうとグリムが言い出せば、彼女は「楽しそうねぇ」と頷いた。
廊下の絵画からエースのクラスを聞き出し、教室の絵画からエースが既に寮へ帰ろうと鏡の間へ向かったと教えられた。
許さないんだゾー!と鏡の間まで一直線に飛んで行ったグリムを楽しそうに追いかける彼女をすれ違う生徒たちは物珍しそうに眺めていた。
「見つけたんだゾ!お前ばっかりズルいんだゾ!」
「げっ!?」
絵画の言っていた通り鏡の間にいたエースは慌てて寮へと繋がる鏡へと走る。
グリムは自分じゃ追いつけないと気付いたのか、エースよりも先に鏡をくぐろうとしていた生徒に向かって「おいお前!そいつを止めるんだゾ!」と叫んだ。
驚いて振り返ったその生徒は「えっ、お、僕か!?」と慌てながらも「え、えっと・・・い、いでよ大釜!」とエースの頭上に大釜を落とした。
慌てて出したからか、大釜とは言うものの人の頭程度の大きさしかなかったソレは、エースの頭にごちんっ!とぶつかった。
いてぇ!?と叫んで頭を押さえその場に蹲るエースにグリムもセイラも追いつく。
「あらあら!頭をぶつけちゃったのね」
「す、すまない!凄い音がしたな・・・」
痛みで動けないエースの傍にしゃがみ込んだセイラは「よしよし、泣かないなんて偉いわね」とエースの頭を撫で、大釜をぶつけた生徒は「大丈夫か?保健室に行くか?」と慌てながらも心配している。
「慌てなくても大丈夫よ。捕まえるのを手伝ってくれて有難う」
「えっ、あ、あぁ。どういたしまして」
にこりと綺麗に微笑んだ彼女に少し顔を赤くしたその生徒。彼女は微笑みを浮かべたまま杖を取り出し、エースの頭に向かって杖をくるりと回した。きらりと輝いた次の瞬間には、エースの頭から痛みが消えた。
「・・・痛くねぇ」
「ふふっ、我慢出来て偉かったわね。ご褒美にキャンディーをあげましょうねぇ」
「餓鬼扱いすんなよ!っつーかお前!人の頭に釜落とすとかどうかしてんのか!」
「すまないと謝っただろう!事情はよく知らないが、そもそもは君が逃げたのが原因だ!」
ちゃっかりセイラが差し出した葡萄味のキャンディーを受け取りながら自分に大釜を当てた生徒に抗議するエース。先程までは謝っていたものの、エースに捲し立てられてムッとしたらしく、エースに食って掛かった。
目の前で始まる喧嘩にセイラはにこにこ笑いつつ、何時の間にやらグリムがいなくなっていたことに気付く。どうやらこの騒動に乗じて逃げたらしい。
そんなに窓掃除が嫌だったのかしら?と首を傾げつつ、目の前で喧嘩をしている二人に「グリムが逃げてしまったのだけれど、追いかけた方が良いのかしら?」と問いかけた。
「はぁ!?あんたさぁ!今朝も思ったけど、あの魔獣の師匠?そういうのなんだろ?もっと監督責任果たせよ!」
「師匠?そういえば入学式で凄い魔法を出していたが、生徒じゃないのか?」
「えぇ!私、今日からこの学校の事務員になったの。グリムは私の弟子で家族になったのよ。あら!そういえば自己紹介がまだね!私はセイラ、しがない魔女よ!お近づきの印のキャンディーをどうぞ?」
「あ、有難う。僕はデュース・スペード。入学式で食べたロリポップも美味しかった」
「まぁまぁ!素直なのね!そういう子はとっても可愛らしいわ!」
大釜の生徒改め、デュースと楽し気に喋るセイラに「だから!監督責任!」と怒鳴ったエースは「あの狸を捕まえるぞ!」と彼女の腕を掴んで引っ張った。
あららぁっ、と引っ張られていく彼女を見たデュースは「突然腕を引っ張るなんてどういうつもりだ!」と抗議の声を上げ、それについて行く。
セイラの腕を掴んだままグリムを探して走り回るエースと、そのエースにされるがままに一緒に走っているセイラ、それを心配して追いかけるデュース・・・そんな状態がしばらく続き、やがて食堂のシャンデリアの上に逃げ込んでいたグリムを発見した。
「おいクソ狸!下りて来い!」
「へへーんっ!捕まられるもんなら捕まえてみるんだゾー!」
下で怒鳴りつけるばかりで自分を捕まえられないとわかったグリムはエースを馬鹿にするように笑う。
エースの隣にセイラが立っているのは見えているが、そのセイラは笑顔で見つめてくるばかりで怒っている様子が一切ないのも調子に乗っている理由の一つだろう。
グリムの挑発にピクリと米神を震わせたエースは「おい!お前も手伝え!」とデュースを見る。
「は?何で僕が手伝わなきゃ・・・」
「そんな釜しか出せなさそうなヤツに俺様捕まらねぇんだゾ!」
手伝う気持ちはこれっぽっちもなかったデュースだが、グリムの挑発にあっさりのり「あ゛ぁ!?」とドスの利いた声を上げた。エースと違い怒りが行動に直結してしまうタイプだったらしい彼はすぐさまマジカルペンを取り出した。
しかしグリムが言っていた『釜しか出せなさそうなヤツ』はあながち間違っておらず、大釜以外あまり思いつかなかったデュースは、大釜以外でなんとか思いついた『エースを浮かせてグリムを捕獲させる』というとんでも作戦を本人の断りもなく実行した。
その結果・・・グリムは捕獲したが、グリムが乗っていた食堂のシャンデリアは一人と一匹分の重みに耐えきれず床に落下。無残に割れた。
セイラが杖をくるりと振るったおかげかシャンデリアの破片で怪我をする者は誰一人としていなかったが、そんなの無残な姿になり果てたシャンデリアの前では些細なことでしかない。
騒ぎを聞きつけたクロウリーが駆けつけるのにそう時間は有せず、シャンデリアの破壊実行犯とも言えるエースとデュースとグリムの三人はお叱りを受けることになった。特にエースとグリムは本日二度目である。
「セイラさん!今朝も言いましたけど、弟子をしっかり見ていてください!この短い間に二度!二度も問題を起こしていますよ!」
勿論、その二度の問題を目の前で見ていたにも関わらず、大して止めようともしなかったセイラにも当然非がある。エースとデュースとグリムの三人から彼女へと視線を向けたクロウリーは、相変わらず笑顔で事の成り行きを見守っていたセイラにそう告げた。
「二人は退学、グリムくんはクビ!監督責任を果たせなかったセイラさんは減給です!」
「ふなぁ!?俺様、クビになったらどうなるんだゾ!?」
「校内に関係者でもない魔獣がうろつくことは許可出来ないので、グリムくんの行動範囲はあの寮のみとなりますね。あくまで、セイラさんのペットという扱いになります」
「い、嫌なんだゾ!」
退学にクビ、事の重大さを実感し始めた三人が青い顔をする中、セイラは「あらぁ・・・」と困ったような声を上げた。
「そんなにお怒りにならないで、学園長さん。壊れたシャンデリアなら私が直してあげるわ」
「駄目です!いいですか、セイラさん!あなたは何でも魔法で解決できますが、他の人はそうではない!あなたに頼り切りになってしまえば、生徒は堕落してしまいます!自分のしでかした事の償いは自分でする!それを覚えさせなければならないのです!」
クロウリーが珍しく教育者らしいことを言っているが、退学を言い渡されているエースたちからすれば堪ったもんじゃない。
「まぁ、教育者としてとても素晴らしいお考えを持っているのね。それじゃあしょうがないわ・・・けど、このままただ退学なんて可哀想よ。どんなに強力な呪いをかけても、慈悲でちょっぴり抜け道も作ってあげるのが魔女の役目よ?」
まぁ本気で憎らしい相手には抜け道どころか八方塞がりにしてあげるのだけれど、とくすくす笑う真の魔女にクロウリーどころかその場にいた全員が冷や汗を流した。→戻る