×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -




10





お詫びのタルトが無いと寮に戻れないことを知ったエースは当然焦っていた。

教材はデュースが代わりに取ってきてくれたし、寝るところについてはセイラたちのところに行けばいい。しかし首についたままの魔法封じの首輪については、寮長直々に魔法を解いて貰わないといけない。


一年生の授業は基本的に魔法を使わないが、普段身近にある能力が使えないというだけで一定のストレスを感じていた。

一方のセイラとグリムは、事務員としての清掃作業や教員たちの手伝いをして過ごしていた。その合間合間で、弟子でもあるグリムに魔法を教えることも忘れない。


「じゃぁグリム、今朝折角色塗りの魔法を覚えたんだもの、それの練習をしましょうか」

「わかったんだぞ!」

中庭のベンチ腰掛けるセイラの手の中に出した小さな野花をグリムがいろんな色に変えていく。

「次は、花弁の色を一枚ずつ変えてみましょうね。七色の綺麗なお花にするの」

「ふなぁ・・・ちょっと難しいんだゾ」

「ふふっ。最初は難しいけれど、覚えると楽しいわよ?見てて頂戴」

セイラはゆっくり立ち上がり、杖をくるりと回す。きらりと杖が輝くと、グリムの周りが七色に輝いた。


「虹っ!?俺様の周りに、虹が出来たんだゾ!」

「空気を七色に染めたのよ。綺麗でしょう?」

「ふなぁぁ・・・うっとりしちまうほど綺麗なんだゾ・・・」

今は授業中で中庭を通る人間が一人もいないが、もし人がいたらドン引きの表情を浮かべていただろう。

空気とはそもそも形のないもの。ケイトが今朝彼等に教えた魔法は、形あるものの色を変える魔法だ。形のない空気の色を変えるなんて、それが出来る者は果たしてどれほどいるだろうか・・・

規格外の魔女とその規格外さをまだイマイチ理解していない魔獣は、楽しそうに魔法の勉強をした。勿論、その後の仕事も二人できちんと終わらせた。


お昼になると、エースとデュースと合流し中庭の林檎の木の下でピクニックをすることになった。

セイラ特製の美味しいサンドイッチとスープ、デザートのフルーツゼリー。それら全てを綺麗に平らげながらも、エースは何処か不安そうに眉を寄せていた。

魔法が使えないまま午前中が終わったが、やはり魔法が使えないのはストレスなのだろう。


「あ、いたいた。まさかこんなところにいるなんて」

「食堂にいないと思ったら、こんなところでピクニックしてたのか」

もやもやするエースとそれをやや心配そうに見ていたデュース、因みにグリムはセイラの膝の上にちょこんと座って「もっとゼリー食べたいんだゾ」とおねだりをしていた。そんな四人の耳に飛び込んできたのは、今朝まんまと彼等をタダ働きさせたケイトと、初めて見る生徒の声。


「あらごめんなさい、もうお昼ご飯は残ってないの」

空っぽになったバスケットとケイト達を見比べ少し眉を下げたセイラに「いやいや、別に集りに来たわけじゃないから」とケイトは首を振る。

ケイトと一緒にやってきた生徒はトレイ・クローバーと名乗り、ちらりとセイラの方を見た。


「貴女は確かオンボロ・・・ゴホン、使われてなかった寮に住むことになった事務員だろう?」

「もうオンボロじゃねぇんだゾ」

「そうですよトレイ先輩!確かにちょっと外観は趣がありますが、中は凄く綺麗です」

トレイの言葉に反論するように口を開いたグリムとデュースにセイラはくすくすと笑い「あらあら、有難う」とその手に追加のデザートを乗せた。勿論、エースに渡すのも忘れない。

あれ?今何もない場所からゼリーが出てこなかったか?とケイトとトレイが目をこする。


「あー、そうそう、ケイトに聞いてる。昨日はうちの寮の奴らが迷惑かけて悪かったな。しかも今朝、薔薇の色変えまで手伝ってくれたそうじゃないか」

ちゃっかり彼等の隣、林檎の木の下にトレイもケイトも腰掛け、更にちゃっかりセイラから差し出されたゼリーを受け取っている。何もないところからゼリーが出てきたことに関しては、見なかったことにしたらしく触れてこない。


「わー!ゼリー美味しそうー。あ!セイラちゃん、アドレス交換しない?今朝の写真とかも送ってあげる」

「まぁ嬉しい!でもごめんなさいね?スマホは持っていないの。よければ現像して貰えないかしら?」

「えぇ!?スマホ持ってないの!?マジヤバ!天然記念物並みにレアじゃん。え?え?普段の連絡方法はどうしてるの?」

「お手紙とかかしら」

「わー!原始的!最新機種安くしてくれるお店、紹介したげるよー。今度スマホ選びデートとかどお?」

「デートだなんて素敵ねぇ!ドキドキしちゃう!」

ケイトのテンションは高いが、セイラのテンションも負けず劣らず。トレイは苦笑を浮かべながら「本題に入らなくていいのか?」と声を掛けた。


「あ!そうだったそうだった!まだハートの女王の法律をこれっぽっちも知らないフレッシュなエースちゃんとデュースちゃんに、先輩たちが手を貸してあげようと思って。ほら、タルトづくりの件」

「あっ、そういえばタルトについてはトレイ先輩を頼ると良いって・・・」

「そうそう。後、うちの寮とかについても軽く教えといてあげようと思って」

ゼリーを食べ終わるとセイラがこぽこぽと食後の紅茶を用意し始める。それを横目に、トレイとケイトは自寮ハーツラビュルについての説明を始めた。


ハーツラビュル寮はハートの女王の精神に則った寮である。規律を重んじ、厳格なルールを作ることで変わり者ばかりの不思議の国を治めた女王。その女王が作り上げた法律に従うのがハーツラビュルの伝統らしい。

腕の腕章の色が赤と黒なのも、ハートの女王のドレスの色を模しているとのことだ。

法律を重んじる寮だからこそか、ハーツラビュル寮のルールは他の寮と比べてずっと多い。その数810条。どれぐらい厳しく伝統を守るかはその代の寮長次第だというが、今代の寮長であるリドル・ローズハートは全てを厳格に守るべしとしているらしい。

「げぇー、めんどくさ・・・」

顔を顰めるエースに「ま、ルールを見事に破って罰されたエースちゃんならそう言うと思ったよ」ケイトが笑う。笑顔で覆い隠されているが、皮肉なのかもしれない。

ついでにハーツラビュル寮以外の寮についても軽く説明してくれたため、まだこの学校についてあまり知らないグリムは興味津々だった。

グレートセブン、七人の偉人たちの精神に則った七つの寮。入学式で鏡によって振り分けられ、精神の資質が近い者たちが集まるからか、性格も近いところがあるらしい。

各寮の寮長についても軽く説明が入ったが、どの寮長も一筋縄ではいかなそうな者ばかりだった。


「っま、うちの寮長もそんな一筋縄ではいかないメンツの一人って言うか、激ヤバなんだけどねー」

「ほんっとにな!タルトを1切れ食ったくらいでこんな首輪つけやがって。心の狭さが激ヤバだよ」

ケイトの言葉に便乗し、溜まっていたもやもやや鬱憤を吐き出すようにそう叫んだエース。セイラは笑って「あらあら」と言い、ちらりとエースの後ろを見た。

エースたちはまだ気づいていないようだが、こちらに近づいてくる陰があった。

小柄な身体、真っ赤な髪、まだ成熟し切らない幼い顔立ち、その顔立ちに似合わないしかめっ面・・・


「ふうん?僕って激ヤバなの?」

エースの真後ろで立ち止まり、座っているエースを鋭い目つきで見下ろしている。しかし背を向けているエースはそんなの気付かず、問われるがままに「そーだよ、厳格通り越してただの横暴だろ、こんなん」と言った。言ってから「え?俺って誰に返事してんの?」と思っただろうが、もう遅い。

真っ青になったデュースに「エース!後ろ!」と言われて振り向けば、そこには件の寮長・・・リドル・ローズハートが怒りの表情で立っていた。

これにはケイトも焦り「きょ、今日も激ヤバなぐらい可愛いね!」と必死に取り繕うとしている。


「あらあら、苺みたいに真っ赤な髪の可愛らしい貴方、貴方もゼリーは如何?」

「・・・いや、結構」

「あらそう?じゃぁ紅茶は如何?」

「結構!・・・ごほん、君たちは昨日問題を起こした者たちだね。まったく、学園長も甘いよ。規律違反を許していてはいずれ全体が緩んで崩れる。ルールに逆らったやつは皆、一思いに首を刎ねてしまえばいいのに」

マイペースにゼリーや紅茶やらを勧めるセイラに周囲はひやひやしていたが、リドルは悉くそれを突っぱね、昨晩の騒動の原因である彼等を厳しい目つきで見つめた。


「学園長は君たちを許したようだけど、次に規律違反をしたら僕が許さないよ」

「・・・あのー、ところで寮長、この首輪って・・・外して貰えたりしませんかね?」

ぎろり、とリドルの睨みがエース一人に向かう。


「反省しているようなら外してあげようと思っていたけど、先程の発言からして君に反省の色があるようには見えないな。しばらくはそれを付けて過ごすといい。心配しなくても、一年生の序盤は魔法の実践よりも基礎を学ぶ座学が中心だ。魔法が使えなければ、昨日のような騒ぎも起こさなくて、丁度いいだろう?」

確かに、話の流れとはいえ反省どころか自寮の先輩を『激ヤバ』と称するエースが反省しているとは到底思えないだろう。罪を更に上塗りしたエースはがくりと肩を落とした。


「さぁ、昼食を食べたらダラダラ喋っていないで、早く次の授業の支度を。ハートの女王の法律・第271条『食後は15分以内に席を立たねばならない』ルール違反は・・・おわかりだね?」

再び出てきたルールにげんなりするエースと隣で聞いていたデュースに、リドルは「返事は『はい、寮長』!」厳しい口調で言い放ち、二人は慌てて「はい寮長!」と返事をした。

「ところでそこの貴女」

「ふふっ、セイラよ。何かしら、可愛らしい寮長さん」

リドルの視線がセイラに移る。先程から食後の紅茶を用意していたセイラはカップを一人ひとりの前に並べている最中だが、並べながらも笑顔でリドルの方を見た。


「・・・セイラさん、貴女が今振舞っている紅茶の種類は?」

「さっぱりしたレモンティーよ」

「角砂糖の数は?」

「さぁ、そこは各自の自由だもの。寮長さんは甘い方がお好き?」

「僕の好みは関係ない。ハートの女王の法律・第339条『食後の紅茶は必ず角砂糖を二つ入れたレモンティーでなければならない』、角砂糖の数は二つ、絶対にだ」

「まぁそうだったのね!教えてくれて有難う、親切な貴方」

「・・・貴女はきちんとルールを聞き入れる人種で安心したよ」

そこまで言ってからリドルが去って行く。セイラは「角砂糖、沢山用意してて良かったわ」とにこにこ笑っているが、他の面々は微妙な表情でリドルの後ろ姿を見送っていた。






戻る