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昼食後、エースとデュースの午後の授業が終わる頃、セイラは二人の教室の前まで来ていた。
「ん?失礼、レディ。貴女は昨日から我が校の事務員になった方でお間違いないだろうか」
「まぁ、ふわふわのコートが素敵な貴方。えぇ、私がそうよ。私はセイラで、こっちは家族で弟子のグリム。仲良くしてくださるかしら?」
教室の前に立つ彼女とグリムに近づいてきたのは、白と黒の特徴的なコートを纏った男。にこりと微笑んで自己紹介をするセイラに、男も微笑んで「あぁ勿論だとも」と頷いた。
「俺はこのクラスの担任の、デイヴィス・クルーウェル。学園長から話は聞いている。見学したい授業がある時は遠慮なく言ってくれ」
「まぁ有難う、デイヴィス先生。私のお仕事に授業のお手伝いも含まれているから、力が必要な時はいつでも仰ってね?」
「はっはっはっ!貴女の規格外さは入学式で知っている。是非手を貸してもらおう。ところで、俺のクラスに何か用か?」
「エースとデュースを探しに。放課後にお約束しているのよ」
「成程?・・・トラッポラ!スペード!迎えだ、レディをあまり待たせるな」
教室の中に向けてクルーウェルがそう言うと、ばたばたとエースとデュースが飛び出してきた。
そんな二人を見て「あらあら、元気ねぇ」笑ったセイラはクルーウェルに「また今度お茶でもしましょうね、親切な貴方」と告げ、二人と共に植物園へと向かった。
何故かといえば、トレイの好意により彼の手伝いのもと、手作りのマロンタルトを用意することになったためだ。
必要な栗は200個程度。学園内の植物園、その裏の森に栗の木があるらしく、そこでなら200個ぐらいあっという間に集められるそうだ。
しかし落ちているのはとげとげの棘が付いた毬栗だろうと、途中にある植物園からトングと籠を借りることにした。魔法で出せばいい?セイラは学園長からの『魔法の乱用は控えるように』という初日の言葉をきちんと守っているのだ。・・・あくまで乱用の基準が本人のものであるため、殆ど守られていないのが現状だが。
「道具入れ、道具入れ・・・ふなぁ、見つからねーんだゾ」
広い植物園の中には様々な植物が育てられていた。
美しい花、少し毒々しい花、美味しそうな果実を実らせた木々、ちょっぴりニオイのキツイ薬草・・・
「あら?」
その途中、木々の間から道端にひょっこり伸びているソレを見付けたセイラはその手前に少ししゃがむ。
「グリム、これは動物の尻尾よ。尻尾の大きさからして、大きな動物みたい」
「ふなぁ!?それって、怖い動物なのか?」
「さぁどうかしら。でも、声も聞こえないから眠っているのね。お昼寝の邪魔をしたら可哀想だから、ほっといてあげましょうね」
先端にふわふわの毛が生えた尻尾の先にいる生き物は此処からでは見えないが、きっと昼寝をしているのだろうとあたりを付けたセイラは少し怯えているグリムを撫でながらその場を後にした。
その後ろ姿を少し眠そうな目で見つめている視線があったことに気付いていたのかいないのか・・・彼女は植物園の奥の方にあった道具入れからトングと籠を人数分取るとエースたちと合流した。
事前に聞いていた通り、植物園の裏の森にある栗の木の下には沢山の栗が落ちていて、四人で集めればあっという間に栗を集め終えることが出来た。
「ひゃー、豊作じゃん。これ全部マロンタルトになんのかな」
案外栗拾いが楽しかったのか、それともその栗から出来るデザートへの期待感からか、三人の目はキラキラと輝いている。セイラが微笑ましそうな顔で「もし余ったら、他のお菓子も作りましょうね」と言えば、三人の目は更に輝いた。
トレイが待つ食堂の厨房に行くと、既に必要な調理器具や小麦粉やバターなどといった材料がテーブルの上に並んでいた。
「おかえり。随分と沢山拾えたな」
四人がそれぞれ持つ籠の中を見て少し驚いた顔をしたトレイに、グリムが「これならでっけータルトが作れるんだゾ!」と得意げに笑う。
トレイ監修のもと、まずは毬栗から栗の実を外し、栗の皮をむ剥く作業が始まった。
「これ、全部か・・・気が遠くなるな・・・」
「お菓子作りは下ごしらえが大切なんだ」
げんなりした声を上げるデュースにトレイが短く返事をし、魔法が使えないエースに包丁を渡した。
元々の手先が器用だったのか、まだ慣れない魔法で皮を剥くグリムやデュースよりもやや早いペースで皮を剥くエースに、セイラは「上手よ、エース」と声を掛けその頭を撫でる。
「少し量が多いから、一緒に別のものも作りましょう。こっちは私に任せて頂戴ね」
「ん?一人で平気か?」
「えぇ。お料理は得意なの」
籠二つ分はエースたちに、残りの籠二つ分は全てセイラが受け持つことになった。
そんな量を一人で大丈夫だろうかとトレイが心配そうに見ていたが、セイラが杖をくるりと回してからはその視線は心配そうなものから驚愕に代わる。
何でかって、突然籠の中の毬栗が浮いたと思えば、飛び出すように中の栗が出てきて、かと思えばつるりと皮が剥けていくのだ。一連の動作は流れるように行われ、別で用意されていたボールの中はあっという間に剥き栗の山になった。
「す、凄いな。こういう作業に慣れているんだな」
「可愛い子たちに美味しいものを沢山ご馳走したいもの。小麦粉や牛乳を分けていただいてもいいかしら?」
トレイの許可が取れた瞬間、小麦粉の袋も牛乳もふわふわ浮いて、一人でにくるくる混ぜられていく。同時進行で別のボールの中にもクリームやら生地やらが出来上がっていくその光景を茫然と見つめるトレイの肩を、エースがポンッと叩いた。
「俺も今朝この光景を見せつけられたばっかなんで気持ちはわかります」
物を浮かせる、動かす・・・こういった魔法は初歩的な魔法だが、料理においてはやはり手作業が基本だ。魔法だと加減が出来なかったり、思ったようにいかないことが多いからだ。
しかし目の前の彼女はどうだ。時折クリームを指先で掬って「まぁ美味しい!」と味を確認しているものの、作業のほぼ全てを魔法に頼っている。息をするように魔法を使っているのだ。
魔力量は?ブロットは?疲れは?そんなもの、彼女の穏やかな微笑みを前にすれば全く問題ないことなんて丸わかり。
「か、彼女は、全ての作業を魔法で済ませるんだな」
「あら!最後のトッピングとか切り分け作業は手作業よ。それに、魔法にたっぷりの愛情を込めているもの」
棒状の杖をまるで指揮棒のようにくるくる回し続ける彼女の言葉に「そ、そうか」と微妙な表情で返事をいたトレイは、ふと材料が足りなくなってきていることに気付いた。
元々はマロンタルトだけを作る予定だったため、セイラに分けた影響もあり材料が不足。トレイは「ちょっと買い出しに行ってきてくれないか」と声を上げた。
「まぁ!もしかして私のせいね。いいわ、行ってくるわね」
「えっ、あ、いや、セイラは作業中じゃないか」
「平気よ!さぁ皆!力を合わせて美味しいスウィーツを作りましょうね!」
彼女の歌うような声に、ボールと泡立て器が返事をするようにカーンッ!と音を立て、トレイをドン引きさせた。気にするだけ無駄っすよ、というエースのやや悟りを開いたような目が印象的だった。
ふわふわ浮いたまま作業を続けるボールたちをそのままに、セイラはグリムやデュースを連れて購買部へ買い出しに向かう。
購買部、その名も『Mr.Sのミステリーショップ』には髑髏の水晶に魔術書、何かの剥製・・・様々なものが所狭しと陳列された、不思議な雰囲気の店だった。
「Hey!迷える小鬼ちゃんたち、ご機嫌いかが?」
「ごきげんよう、素敵なペイントの貴方。この商品は置いているかしら」
突然ひょっこりと現れた店員にセイラは特に驚くこともなく、トレイが持たせてくれたメモを渡す。
どれどれとそのメモを見た店員、サムは「OK!今出してくるよ」と店の奥へと引っ込んだ。
「この店、生クリームとかもちゃんと置いてるんだな」
「ツナ缶も欲しいんだゾ」
「ふふっ、ツナ缶はまた後でね」
戻ってきたサムの手には重そうな紙袋が三つほど。小麦粉や牛乳、缶詰など、メモに書かれていたものはどれもこれも重たいものばかり。デュースは「そっちの重い方は僕が持つ」とサムから紙袋を受け取った。
「まぁ有難うデュース、優しいのね」
「こ、こんなの普通だ・・・」
そう返事をしつつも少し顔を赤くしたデュースにセイラはくすくす笑い、残りの二つのうち一番軽いものをグリムに持たせ、自分も紙袋を抱えた。
「またのお越し、お待ちしてマース!Bye!」
サムに見送られ、厨房へ戻るためにメインストリートをゆっくり歩く三人。
「セイラ、重くはないか?やっぱりそっちも僕が持とう」
「お手伝いに慣れているのかしら?偉いわね、デュース。でも大丈夫、これぐらい持てるわ」
「あ、あぁ。タイムセールの時に母さんが兎に角買い込むから、毎回袋がめちゃくちゃ重くて・・・うちは男手が僕だけだったから、そういう力仕事は僕が全部・・・っと悪い、僕ばかり喋ってた」
「いいのよ。デュースがお母様想いの優しい子だってわかったもの」
すっかり照れてしまったデュースをグリムが揶揄おうと口を開きかけた時、メインストリートのグレートセブン像の影から突然誰かが飛び出してきた。
「いってっ!?」
その誰かはデュースにぶつかり、その衝撃でデュースの持つ紙袋の一番上にあった卵が、地面に、落ちた・・・
6個パックがひとつ全滅。あらあらと驚いたような顔をするセイラと、茫然と割れた卵を見るデュース。グリムは「やいやいやい!突然飛び出してくるなんて、どーいうつもりなんだゾ!」と突然飛び出してきた誰か、体格の良い見知らぬ生徒二人を威嚇する。
「へへっ、昼間っから女連れでへらへら鼻の下のばしてっからいけねーんだよ」
「前方不注意ってことば知ってるかぁ?むしろ、被害者は俺たちだぜ。ぶつかっちまった先輩に、まず謝るべきじゃねぇのかー?」
明らかにぶつかってきたのは相手側だが、相手はこちらが悪いと主張する。茫然と卵を見つめていたデュースは「・・・卵、弁償してください」と絞り出すような声で言った。
「んだと?俺のせいだって言いてぇのか?」
「あと、鶏に謝ってください」
鋭い視線でおそらく年上と思われる生徒を睨むデュース。卵ごときに大袈裟な、と彼等は笑う。
「・・・ってんじゃねぇ」
「あ?」
「笑ってんじゃねぇっつってんだよ!!!この卵はなァ、ヒヨコになれない代わりに美味いタルトになる予定だったんだぞ!!!わかってんのか、えぇ!?」
相手につかみかかる勢いでそう怒鳴りつけるデュースに二人の先輩が怯む。グリムが小さく「キャラが違うんだぞ・・・」とぴとっとセイラの胸に縋りついた。
「卵6個分、弁償しねぇっつーなら、6発てめーらをぶっ飛ばす。歯ぁ食いしばれやゴルァ!!!」
一旦紙袋を地面に置いたデュースは一気に二人の先輩に飛び掛かり、まずは一発。逃げようとするもう一人の襟をつかんで引き戻してからの一発。やり返そうとする相手の拳を避けて一発。マジカルペンを出そうとしたから一発。更に一発。もう一発。もう一発。
最終的には「ごめんなさい!」「鶏さんもごめんなさーい!」と謝罪の言葉を述べながら逃げて行った先輩二人の背中に向けて「ちぃっ!逃げやがった!」と激しい舌打ちをしたデュースは、しばらくするとハッと我に返ってセイラの方を見た。
「す、すまっ、すまない・・・今度こそ、絶対、絶対優等生になろうと思ってたのに・・・」
先程までの覇気がなかったかのように、しょんぼりと肩を落としたデュースは静かに語り始めた。
曰く、ミドルスクールまでのデュースはとにかく荒れて、しょっちゅう学校をサボるは悪い先輩とつるむは髪は脱色するは、母子家庭で女手一つで育ててくれた母をそれはもう困らせていたらしい。
しかしある夜、母が彼に隠れて泣きながら祖母に電話するのを聞いてしまってから、彼の考えは変わった。自分の将来を案じる言葉、自分の教育が悪かったのかと苦悩する言葉、その全てが彼の胸に突き刺さったのだ。
母は何も悪くいない。もう母を泣かせてはいけない。だからこそ、デュースは母が自慢できるような優等生になろうと決めたのだ。
「でもよぉー、全部我慢するのが優等生なのか?」
セイラの胸にぴっとりくっつきながら、グリムが不思議そうに問いかけた。デュースが「え?」と声を上げるが、グリムは気にせず言葉を続ける。
「俺様だってさっきの不良どもにはあと10発くらいパンチしてやりたかったんだゾ!その前にお前がやっつけちゃったけど」
「そうねぇ、鮮やかな手腕だったわ。デュースったら凄いわ。自分のためだけじゃなくて、他の何かのために怒れるって素敵なことよ?」
二人の言葉にデュースは胸がじわりと温かくなるのを感じた。
暴力は振るった方が悪い。自分が誰かを殴れば、周囲はデュースを怖がった。けれど目の前の二人はこれっぽっちも・・・もしかすると今この場には居ないもう一人も、自分を怖がらないのではないだろうか。
「グリム、セイラ・・・そっか、へへ・・・ヒヨコも安らかに成仏してくれるよな」
「あらあら、大丈夫よ。売っている卵は無精卵だから、ヒヨコは生まれないわ」
「え゛っ!?」
にこにこと「ほら見て、パックにもきちんと『無精卵』って書いてあるわ」と示すセイラに、グリムは呆れたような顔をした。
「ふなぁ・・・俺様があえて触れなかったところを、セイラは変なところで厳しいんだぞ」
「まぁ!デュースの心を少しでも軽くして差し上げようと思ったのだけれど・・・余計なお世話だったのかしら」
あらあらどうしましょ!と困った顔をするセイラの目の前で、デュースは「う、嘘だろぉぉおっ!?」と絶叫した。→戻る