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その美しい乙女が目を覚ましたのは、自身が閉じ込められていた棺桶の扉がはじけ飛んだ瞬間だった。

目の前にいるのは、両耳の部分に青い炎を纏った猫のような生き物。

自分が目を覚ましたことに驚いているその生き物を、数度目を瞬かせた乙女はその顔に笑みを浮かべて見つめた。


「あらあらあらあら!なんて可愛らしい猫ちゃん。青く燃えてるお耳がとってもキュートねぇ!」

「ふなぁっ!?ね、猫じゃないんだゾ!」

「まぁそうなの?じゅぁ貴方のお名前を教えてくれるかしら」

「グリムなんだゾ!その服寄越すんだぞ!」

服と言われて自身の格好を確認した彼女は、自分が普段とは違う格好をしていることに気付いた。美しい装飾や刺繍が施された黒いローブ。


「まぁ私のお洋服を?私のではきっと貴方には大きすぎると思うけれど・・・そうだわ、このスカーフはどうかしら?貴方の首に結んであげる」

しかしその下には彼女自身の服があり、首元にはスカーフが結ばれていた。優しい乙女はそれをグリムに譲り渡すことにした。

「ふ、ふなぁっ!結んで欲しいんだゾ!」

「ふふっ、よしよし、結んであげましょうねぇ」

よしよしと頭やあごの下を撫でられたグリムはうっとりと目を細め、ほんのり甘い香りがする優しい乙女にスカーフを結んで貰った。


「ねぇグリムちゃん、此処は一体何処なのかしら?」

「知らないのか?此処はナイトレイブンカレッジっつー学校なんだゾ!」

「まぁ!グリムちゃんは物知りねぇ」

よしよしと撫でられた後、優しく抱きしめられる。暖かくて良い香りのする抱擁にグリムはうっとりしたまま「もっと褒めるんだゾ」と身体を摺り寄せた。


「ねぇグリムちゃん、私と冒険しましょうよ。こんな場所、私初めてだわ」

「しかたねぇんだゾ。付きやってやってもいいんだゾ」

「うふふっ、楽しいわねぇグリムちゃん」

まるで踊るような軽やかな動きで動き出した乙女は、浮き上がる棺桶たちに背を向けて部屋を出る。

薄暗い部屋の外も同じように薄暗く、乙女は「あらあら、まぁまぁ」と楽しそうに歩く。時折腕の中のグリムに「ねぇ、あれは何かしら?」「素敵ねぇ」と穏やかに話しかける。

そこそこの覚悟を持って学園に侵入したグリムは、すっかり乙女の腕の中でリラックスしている。今にも眠ってしまいそうだ。


「こらぁ!そんなところで何をやっているんですか!」

しかしその眠気をぶち破る大声。グリムは「ふなぁ!?」と声を上げ、乙女は「まぁまぁ」と目をぱちぱちと瞬かせた。

「君!勝手に出歩かれては困ります!もうとっくに入学式は始まっているんですよ!?」

「あらあらまぁまぁ、ねぇグリムちゃん、この人誰かしら」

「知らないんだゾ!」

「私はナイトレイブンカレッジの学園長!まったく、一つ棺桶が開いていたので、わざわざ探しに来てあげたんですよ!私、優しいので!」

早くいきますよ、と手を伸ばしてくる学園長に、乙女は一歩後ろに下がる。


「ちょっと、何で避けるんですか」

「だって初対面の男の人に触られるなんて、恥ずかしいんですもの」

「は?男の人?一体何を・・・」

そこで学園長は気付く。グリムを抱いているせいで気付かなかったが、乙女の胸にあるなかなかに豊かな胸の存在を。


「え゛っ!?ま、まさかあなた、じょ、女性?」

「まぁ!グリムちゃん、私、男の人に見えるのかしら」

「どう見たってメスなんだゾ!こいつが可笑しいんだゾ!」

驚愕のあまり固まる学園長を他所に、乙女とグリムは楽しそうに戯れている。

しかし彼も学園のトップ。多少困惑しているものの「と、兎に角!早く会場に戻りましょう」と声を上げた。


「こほんっ、そ、それではレディ、こちらです」

「えぇ学園長さん」

相手が女性だとわかり、幾分か丁寧に案内を始めた学園長に、乙女はにこりと微笑む。

腕にグリムを抱いたまま、学園長の後ろを軽やかに歩く姿は、まさに乙女。学園長は頭を抱えた。

何故だ、何故男子校であるナイトレイブンカレッジに女性が?棺桶が一つ空いていたということは、彼女がその中にいたのは明らかだ。ということは、闇の鏡が連れてきてしまったということ。

女性が入学するなんて前代未聞。そもそも女性が入学してくることを想定していないため、準備も設備もない。生徒だけでなく教師陣もすべて男性である中で、女性一人を放り込んでいいのだろうか。

学園長は悩みながらも彼女を入学式会場へと案内した。


既に彼女以外の全ての生徒は組み分けが終わっている状態。学園長は「さぁレディ、鏡の前へ」と促した。傍でその声を聴いていた教師陣が「レディだと?」と少しざわめく。

鏡の前に立った乙女は、その鏡の中に男の顔があることに気付いた。

「まぁ!とっても大きな鏡。ごきげんよう、鏡の中の貴方。私はどうすればいいのかしら」

『・・・汝の名を告げよ』

「あらやだ、自己紹介がまだでしたね。私は名前、腕の中の可愛らしい子はグリムちゃん。鏡の中の貴方のお名前は?」

駄目だ、マイペース過ぎる。学園長は再び頭を抱えた。

彼女はにこりと微笑みながら鏡に自己紹介を求めている。鏡は『・・・闇の鏡と呼ばれている』とだけ返すと、名前と名乗った乙女を見つめた。

彼女は「まぁ、そんなに見つめないで」と恥ずかしそうにグリムの頭に顔を埋める。グリムは「ふなぁ、次は俺様なんだゾ!」と自分も組み分けされる気満々だ。


しかし結果は無常。闇の鏡は彼女を『この者には魔力が一切ない』『何処の寮にも相応しくない』とし、腕の中のグリムは組み分けさえされなかった。

魔力がないと言われた時に少し首を傾げて見せたものの、何処の寮にも相応しくないと言われたことについては彼女は特に気にした風でもない。しかしグリムは違う。完全に無視されていることに気付いたグリムは「ふなぁ!」と鳴きながら彼女の腕から飛び出し「この学校に入学させるんだゾぉ!」と口から火を吹いた。

会場が混乱に包まれる中「まぁまぁまぁ!」と乙女の驚いた声がやけに響いた。


「グリムちゃんったら火を吹けるのねぇ、凄いわぁ」

「何を暢気なことを言っているんですか!貴女の使い魔でしょう!早く止めてください!」

「あらあら、グリムちゃんとはさっき出会ったばかりなのだけれど、どうやって止めればいいのかしら」

えぇ!?と学園長が驚くのを後目に、彼女は「グリムちゃーん、こっちにいらっしゃい」と暢気に声を掛けている。

グリムは「ふなぁっ!」と鳴きながらもその声に反応し、ふらふらと彼女に近づいた。

優しい笑顔のまま両手を広げた彼女にグリムの目に涙が浮かぶ。それを見た生徒の中には「あれ?何か胸ない?」「というアレ、女子じゃないか?」「嘘だろ、女子じゃん」と先程の教師陣のようなざわめきが起こった。

ぽすっと彼女の胸に収まったグリムは「俺様、入学したいんだゾぉ」と泣く。


「あらあら、グリムちゃんは学校に行きたいのねぇ。こんなに可愛くて、火を吹けて、更には学ぶ意思があるなんて。グリムちゃんは凄いわねぇ」

「ふなっ・・・そうなんだゾ、俺様、凄いんだゾ」

「でも、突然火を吹いたら駄目よぉ?皆吃驚しちゃうから。グリムちゃんはこんなに素敵なんだから、わかるわよね?わかるなら、ごめんなさいしましょうね」

「・・・ご、ごめんなさい、なんだゾ」

優しい香りで心が落ち着いたグリムは、彼女の腕の中から学園長を見上げ、素直に謝る。

魔獣といえば小さな動物に涙目で謝罪されては、学園長もあまり強くはいえない。火を吹いたものの、彼女が早々に止めたため被害は少ない。そもそもこの学校は魔法士の学校のため、火なんてすぐ消せるのだ。


「ま、まぁ火を吹いたことについては不問と致しましょう。しかしグリムくん、君はこの学校に無断で立ち入ったのでしょう?不法侵入者はすぐに出て行ってもらわなければ」

「まぁ大変!じゃぁグリムちゃん、私と一緒に行きましょうね」

「はっ?いえいえ、貴女は新入生ですので」

「あらまぁ、私はこの学校に入学した覚えはありませんよ?それに見たところ、この場所にいるのは男の人ばかり・・・もしかすると此処は、男子校なのではありませんか?私は見ての通り女ですので、この学校にはふさわしくないかと。それに闇の鏡さんも、どの寮にも相応しくないとおっしゃっていました」


彼女が言っていることには何一つ間違いはない。だが一つ気になることは、彼女の「この学校に入学した覚えはない」という発言。

通常なら黒い馬車が迎えに来る前に、入学通知書が学園から各家庭に送られているはずである。事前にお知らせしなくては、準備も出来ないから当然である。

しかし彼女はそれを知らない。ということは、通知も無しに突然連れてこられたということだ。

か弱い女性を突然見知らぬ場所へ連れてくる・・・どう考えたって『誘拐』の二文字がちらつく案件だ。学園長も、教師陣も、話を聞いていた生徒全員もそう思った。

しかし彼女は微笑みを浮かべたまま「此処は不思議な場所ね。きっと外も楽しいわ」とグリムを抱えたままくるくる踊るように回る。


「ま、待ちなさい。学園を去るのであれば、闇の鏡を使って家に帰ると良いでしょう。グリムくんはそのまま貴女が連れ帰るということで」

「まぁ!暖炉じゃなくて鏡でお家に帰れるなんて不思議ねぇ」

鏡での移動はこの世界では子供でも知っている常識。けれど彼女はそれが初耳化のような言い方をする。なんだか学園長は嫌な予感がしてきた。因みに周囲も同じく嫌な予感がしていた。





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