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『・・・この者の帰る場所はない』

見守っていた全ての者が絶句した。学園側のミス、婦女誘拐・・・嫌な単語が浮かび始めた。

「れ、レディ、少々よろしいか」

顔面蒼白で硬直している学園長に代わり、教師であるクルーウェルが前に出る。

「まぁ、コートが素敵な方」

「有難う。・・・こほん、俺はデイヴィス・クルーウェル。この学校の教員をしている者だ。レディ、よければ貴女のご出身をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「初めましてデイヴィス先生。私の出身はフランスです」

「・・・初対面で無礼だとは思いますが、家のことをお聞きしても?」

知らない土地の名前にクルーウェルの眉間に皺が出来る。だが、彼女に対して「そんな国はない」と断言することはない。

現状目の前の少女は学園側が勝手に連れてきてしまった誘拐被害者。丁寧に接しておいて損はないと判断したクルーウェルは、出来る限り丁寧な口調で問いかける。

対する彼女はふんわりとした笑みを崩さず、腕の中のグリムを片手で優しく撫でながらなんてこともない風に


「まぁ。私はデラクール家の次女です。デラクール家はご存知?姉はフラー・デラクールと言って、我が家の誇りなんですよ」

「・・・申し訳ないが、そういった女性は初めてお聞きしました」

嫌な予感がする。勿論、話を静かに聞いていた周囲だってそれは同じだ。

まるで当然のように彼女の口から出てきた知らぬ土地の名前。当然のように語られた姉の名は、おそらく彼女の地元では知らぬ者がいないような有名な名前なのだろう。彼女の言い方ではそんな風に感じた。

だらだらと冷や汗を流して震える学園長は無視して、クルーウェルは「レディ、落ち着いて聞いて欲しい」と慎重に言葉を選ぶ。


「今、君がいるこの世界には・・・言いにくいが、フランスという国は存在しない。おそらく君は、世界という単位で全く違う土地に来てしまったようだ」

ぱちり、と一人の乙女の澄んだ瞳が瞬く。それを見ただけで、クルーウェルも周囲の者たちも胸が締め付けられそうだった。

「・・・まぁ、まぁ。それでは、フラーお姉様も、可愛いガブリエルも、この世界にはいないのね」

先程よりも幾分か落ち込んだ声。


「・・・こうなったのも、状況的に学園側の責任だ。君を元の世界に戻せるようにこちらも手を尽くそう。その間の衣食住に関しても、学園が保証する」

「まぁ、お優しいのね先生。でもごめんなさい、そんなに優しくしてもらっても、私には返せるものがないのよ」

「レディが心配することはない。この世界に、身一つの女性を無責任に放り出す馬鹿は存在しない。どうか安心して、我々を頼って欲しい」

乙女が微笑む。

「有難うございます。出来ることなら、グリムちゃんもこの学校においては貰えないかしら?この世界で初めてできたお友達なの」

「あぁ、それは勿論」

一連の会話はクルーウェルが勝手に行ったものだったが、それに対して文句を言う者は誰一人としていなかった。

もし此処で異を唱えるものがいるなら、それはとんでもなく空気が読めない、とんでもない畜生以下の存在である。


「し、失礼!貴女の保護はこちらでいたしましょう。えぇ!私、優しいので。ですが、女性が暮らせる場所などこの学園にはありません。申し訳ないですが、何処かの寮の空き部屋を借りてもらうしか・・・」

畜生以下がいた。クルーウェルもトレインとバルカスも暇潰しがてら来ていたサムも、各寮長たちも、新入生たちも、全員が全員白い目を向けた。

「男ばかりの寮に女性を一人で押し込められるわけないだろう!せめて職員寮だ!」

「えぇっ、職員寮の空きなんて・・・あ!では、あそこにしましょう。今は使われていない寮があります。そこを彼女に与えます」

ぴくんっと反応したのはトレインだ。


「使われていない寮?・・・まさか学園長、あのオンボロ屋敷のことを言っているのか?今から修繕を行うにしても、数日はかかる」

「え?修繕?」

「・・・まさかまさかとは思うが、たった一人の女性を、あんな、いつ崩れても可笑しくないオンボロ屋敷に、何の修繕もされていない状態で押し込めると?学園長はそう言っているのか?」

学園長は周囲の目が冷ややかどころか絶対零度になっていることに気付かない。なにせこの学園長、人の機微に疎いし、何なら常識もズレている。


「私は大丈夫ですよ。屋根さえあるなら、自分でどうにか頑張ります」

彼女の健気な発言は、今は火に油を注ぐようなものだった。いや、もしかするとガソリンだったのかもしれない。

この学園長ありえない、と誰かが呟く。

学園側の責任であるのに、そんな過酷な場所に女性を押し込めるなんて。そんなことをして、もし女性が体調を崩したらどうするつもりだ。女性とはか弱いものだ、もしそんなことをして最悪死に至るようなことでもあれば・・・。もしかすると学園は、こんかいのことを隠蔽するつもりか?

そんな囁き声が聞こえ始め、教員たちはこのままではよくないと眉を寄せ、代表をしてクルーウェルが咳払いをする。


「学園長!貴方一人に彼女の処遇を決めさせては確実に取り返しのつかない間違いが起こる!数日間の彼女の保護は我々で行う!彼女があのオンボロ屋敷に住むのは、あそこがきちんと住める状態になってからだ!」

「構いませんが、修繕費はどうするつもりで?」

「学園の費用を回すに決まっているだろう!そもそもこれは、学園側の過失だ!」

「えぇっ?そんな余裕はありませんよ。そもそも、あんなオンボロ屋敷を修繕したって意味ないじゃないですか」

「そこを使う人間がいるのだから意味がないわけがないだろう!」

頭が沸いているのかこの鴉!と叫びそうな程クルーウェルの顔は険しい。

しかし学園長はイマイチ理解していないらしく「どうしてもというなら、皆さんで費用を出し合ってはいかがですか?」なんて言う始末。この鴉はもう何を言っても駄目かもしれない。

どうやら先程青くなって固まっていたのは、彼女のことよりも学園の不祥事やその隠蔽を思ってのことだったらしい。最悪である。


「・・・レディ、申し訳ないが何かあった時は学園長ではなく、まず我々教員を頼って欲しい」

クルーウェル先生言い方が酷くないですか?という学園長は無視するものとする。

彼女は特に気にした風でもなく「わかりました」と素直に頷いていた。

そんなこんなで彼女は本日から数日にかけて職員寮で過ごすことになった。

部屋を提供すると申し出たのはサム。彼は「店の奥にイイ感じのスペースがあるから、数日ぐらいなら大丈夫さ」と笑っていた。

オンボロな建物を修繕するための費用については、会場にいたカリム・アルアジームを始めとした金銭的余裕のある生徒が協力を申し出てきた。

通常であればこんな見ず知らずの女性が暮らすためだけの修繕費用を、何の見返りも無しに差し出そうとするのは可笑しな話だ。ナイトレイブンカレッジ生とは思えない性格をしていると噂のカリム・アルアジームだけならいざ知らず、協力を申し出た生徒は複数人もいた。

周囲の善意を受けた彼女は穏やかな表情で微笑んでいる。


「あらあら、皆さん本当にお優しいんですね。有難う御座います」

大人しいグリムを腕に抱き微笑む彼女に見とれる生徒は多い。

あまりに突飛なこの出来事に、彼女に対してやけに優しい人間が多いことについて誰かが疑問を零すことはなかった。




美しい彼女の特技は誘惑




彼等は知らないことだが、デラクール家の女性たちは祖母である『ヴィーラ』という魔法生物の血を引いている。

その血を家族の誰より強く受け継いでいる彼女の長い髪はシルバーブロンドに輝き、肌は月のように輝いている。

非常に美しく、何もしなくても男を誘惑できる彼女たちは、意識すれば更に男を酔わせることが出来るのだ。

ナイトレイブンカレッジは男子校。

穏やかな乙女はただ無邪気なだけでなく、生存本能に忠実だった。

今日は少しだけ意識したが、学園長のようにイマイチ誘惑されていない者もいるようだ。ならば明日からほんの少しずつヴィーラとしての意思を強めればいい。彼女は腕の中のグリムを撫でながら「うふふっ」と微笑んだ。



あとがき

家族の誰よりヴィーラの血を濃く引き継いでいるため、ただ立っているだけで大抵の男が誘惑できる。
この後「学園長さんは私のことがお嫌いなんですか?」と話しかけたりなんなりして、必要なら魔法も使って学園長も陥落させる。

逆ハ狙い悪女みたいな能力持ちだけど、本人的にはただの生存戦略。
元の世界に居た時から男が自分たちにデレデレしやすいことは知っていたし、姉の影響で自身が美女であることは自覚している。
ふわふわした性格は本当だけど、ただ立っているだけで男を誘惑してしまう体質なため、家ではしっかりその利用方法を教育されている。
学園の問題に巻き込まれても、ヴィーラパワーと魔法パワーで何とかなるタイプ。

ヴィーラはその体質から女性から嫌われやすいため、そのうちガチの逆ハ狙いとか傍観主とかがいた場合は、過剰に嫌われる。やばば。



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