冬の向日葵

夏油傑はイライラしていた。
がやがやとした喧噪が頭に響く。
この町はとてもうるさい。

東京ほどではないが、毎年12月に入ってからこの町には猿が増えていく。
夏油にとって非術師は猿と同等であるため、そんな猿に囲まれながら町を歩かなくてはいけないことにいら立ちが隠せなかった。
眉間にしわが寄るがすぐにため息をついて、真顔に戻る。
車でも呼べばよかったと後悔している。

口からぼんやりとした白息が出る。

ああ、このコートでは寒さをしのぐには足りなかったなあ、なんて考えながら少し足を止めて薄めのコートのボタンをきちんと留た。
少しずつ落ちそうになるマフラーをまき直してあてもなく散歩する。

周りを見渡すとキラキラしたイルミネーションがところどころに見えて目が痛い。
そしてその間間に呪霊も見える。
人が多いところには呪霊も湧きやすい。
夏油はすべてを無視して歩みを進める。

昔のことを少し思い出した。
あれから何年経っただろうか。
5年ほどだったか。
楽しくも苦しかった高専という呪術会から離反して、呪詛師になった。
夏油は解放感から懐かしむ余裕も物事を楽しむ余裕があった。
離反したての時は環境を整えるのに忙しかった。
大方生活にも余裕ができてきた。
心にも余裕ができた。
だからこそこうやって外に出て散歩する時間ができてきたのだ。

普段も教祖として金づるの猿に囲まれながら過ごさざるを得ないが、まれに虫の居所が悪い時に猿が多い場所に来てしまう時がある。
自らこんな場所に来てしまっているのだから自分が悪いことは重々承知だった。
しかし、たまに明るい街から徐々に猿が減り一人きりになって、静かになっていく夜の散歩が楽しく感じて思い切って猿が多い場所に来てしまうのだ。

少しづつ重みが減っていくような、視界がクリアになっていく。
そんな感覚が好きだった。

時刻は夜7時。
ところどころ温かい出汁のようなにおいが立ち込めていたり、キャッチの声が聞こえる。
そろそろ飯時だ。
そんな声をよそに暗闇に向かう。
今日は寒い。







10分ほど経ち、なんだか普段来ないようなところまで歩いてきてしまったと思いつつも歩みは止めない。
大通りから離れて猿が減っていき、こじんまりとした住宅街まで来てしまった。
ぐるりと回って駅に戻って車を呼ぶか、このまま人目のつかないところまで行って夏油が従えている呪霊でも使って空から家族が待つ家にでも帰るか悩みどころだ。

やはりもう少し散歩をと思いそのまま進んだ。
冷たい空気が頬を撫でていくのが気持ちいい。
ふと住宅のぼんやりした光の中に強い光が奥にあることに気がついた。

ぽつんとした小さな花屋だ。
ささやかなイルミネーションと、外にはポインセチアなどのクリスマスに向けて赤と緑がたくさん並んでいる。
ガラスの向こうには色とりどりの花が見える。

花、か。
家族に買っていくか、キクやキンギョソウなどの仏花を買っていくのもありかもなあと、思った。
普段あまり買い物をしないのだ。
たまたま目に入った花を適当に買ってみるものいいかもしれない。

なんとなく足が向き、コツコツと靴のかかとを鳴らしながら花屋の前までいく。
緑色と銀色の何かで構成されたリースが掛かってるドアの取っ手に手を付けて、ゆっくり引く。


ちりん、とベルが鳴る。


驚いた。
夏油にはいきなり空気が変わったように思えた。
ここは聖域のようで、なぜだか空気が澄んでいる。
見た目は普通の花屋に見えるが、自分の中の呪霊を出したならここからしっぽを巻いて逃げるのではないかとも思った。
呪霊にしっぽがあるかは置いておいて。
ここの店員が術師なのか、はたまたそういった呪具でもあるのかとも思ったがそれらしい呪力は感じなかった。

「いらっしゃいませ」
接客するような声ではない、ぶっきらぼうな抑揚のない女性の声が聞こえた。
奥のカウンターに黒い髪が見える。
また店内に音楽はなく、ゆっくりとした一定の間隔でパチン、パチンと鋏が花の茎を切る音が響く。

夏油はぷらぷらと店の中をまわりだす。
店の中は先ほどの通り普通の花屋だ。
虹のように色別に花が分けておかれていて、花束や鉢、飾りなどがが置かれていたりする。
他にもガラスケースに少し大きめの花が置いてあったり、外に置いてあった花々も少し置かれている。
普通。

不思議には思ったが先ほどの感覚は気のせいなのだろうと思った。
気温は少し寒いが、外よりは寒くもない程度。
すこし温かかったから空気に違いを感じたのだろう。

店をぐるりとまわり終わり、先ほど目についた小さめのピンクやオレンジのアレンジメントの花を手に取った。
花瓶を用意しなくてもよい小さな置けるタイプの花だ。
家にいるであろう2人の女の子へそれぞれ買おうか。
周りを見てみるが似たような色合いは1つしかなく、同じものをもう一つ作ってもらおうと店員がいるであろうカウンターに向かった。

床はタイルで外と同じようにコツコツと靴の音が響いた。
足音に気がついたであろう店員が鋏をガシャリと音を立てて置き、こちらに歩いてくる。
「すみません……」
と声をかけて一瞬思考が止まった。



目だ。
目が見える。
『黄色っぽいオレンジと黄緑色』が、ぐにゃりと混ざったような色がまっすぐこちらを見ている。
光に当たって暗めの茶色にも見えるみつあみを肩に流している店員がこちらを見ている。
少し長めの前髪からのぞいて見えるその色に、なぜかぽつりと声が漏れる。



「向日葵、を一輪」
彼女の目に向日葵畑が見えた気がした。


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