いつも通りとはいかない

いわゆる裕福な家庭で育った私は、飢えも働きに出る大変さも差別も何も受けたことのない、父曰く純粋無垢な少女でした。
いつも綺麗にお洗濯をされた服にピカピカに磨かれた靴、豪華で美味しいお食事に暖かいお風呂にふかふかのベッド。
お昼は優雅にティータイムを楽しみ、夜には紅茶やホットミルクを飲みながらの読書をしていました。
私の家はとても大きな家でお庭もあったので多くの家政婦を雇いまして、私は家庭教師から勉学を教わり、日曜日には家族総出でお出かけをし、時にはパーティに出るような世間で言うところの贅沢三昧をしていたのです。
とても幸せな日々でした。
しかし何てことない日常もずっとは続かないもので、いつしか壊れるもので、そして唐突に訪れるものなのですね。
たとえ何もしていなくても。
むしろ私は何もしなかった結果がこれなのかもしれませんが、今となっては後の祭りです。

閑話休題。

ある日、父が病に倒れました。
それは唐突で、治す時間さえ与えてはくれず、皆で悲しみにくれていました。
私も母も、毎日目を腫らしては勉学や習い事に集中など出来ません。
それはたった数週間の出来事だったのですから。
もちろん立派なお葬式をあげることができ、綺麗なお墓も立てることになりまして忙しい毎日でしたが、きちんと父の死を悲しむことが出来ました。
しかしお仕事の方はそうもいかず、悲しんでばかりではまかり通りません。
急いで後任の部下が成り上がりで父の代わり、社長を勤めていただくことになりましたがやはり難しいお仕事だったようで、新しい社長さんはお仕事の経営がうまくいかなくなってしまったことにより多額の借金を背負うことになってしまいました。
先代の社長である父のやり方を倣って着手していったのでしょうが、大きな会社だったのです。
部下や仕事をまとめるというのも大変なもので、時間もあまりなかったようです。
それに加え優しい方だったのでしょう。
これは軌道に乗れず危うい状態にあると考えた新しい社長は、社員のお給料は全て前支払いをし、新しい就職先も勧めてあげたようです。
その事もあり、たくさんの社員からの恩はあれど、会社での借金はかなり膨れていったようです。
そんなことはつゆ知らず、いつも通りの日々を過ごしていたのですが、最近になり発覚し、お話を伺いました。
私たちは、本来であれば遺産で同じような生活が出来ていたものの、可哀想に思った母が会社の借金を肩代わりすることになり、我が家は雪崩式に崩れていき、当の本人は夜逃げをなさったわけです。
その後の所在は不明です。
もしかしたらもうすでにいなくなってしまっているのかもしれません。
母はどの程度の借金があるのかさえ聞かずに大丈夫だろうと印を押したようで、どんな書類にサインをしたのかさえわかっていなかったのです。
それほど、私たちは無知でした。

借金は遺産と家、土地、大方の家財道具などで打ち消すことはできましたが、母は自らがこれから働きに出なくてはいけない、母の言ういつも通りの普通の暮らしが出来ないことに気がつきました。
苦しみの末自殺をしてしまったようです。
悲しみの連鎖は消えませんね。
家は差し押さえられているのでもちろん追い出され、父のコレクションである本と私だけ家の前にぽつんと立たされてしまい、今に至るというわけなのです。
現在成人を迎える前の淑女が急に一文無し、家なしになってしまったのです。
全財産はこの本たちです。
殆困っております。
幸い母のご遺体は父の墓に入れていただけることにはなったので安心して親戚の方々にお任せいたしました。
私もそこに今すぐ入るべきかと、悩みどころです。

しかし、それにしても本が売れなかったのは何故でしょうか。
業者の方々曰く、これは受け取れないから引き取ってくれ、らしく家や土地はないのに本と私だけ追い出されてしまったのです。
私の大切なお洋服や宝石は持って行ってしまったのに不思議で仕方がありません。
いわゆる曰く付きというものだとは思いますが、考えてみてもこれらは全て父も、そして最近私も読んでいたものなのです。
何かあるわけがないのです、が、あら、もしかして本を読んだからこのような状況下に置かれているのでしょうか。
中に混じっているのでしょうか。
それとも私は先日書庫の本は読み終わってしまったので、もしや全て読んだらいけない、ということなのでしょうか。
はてはて、とても困りました。
私には何もわからないのです。
本が悪いとは決まっていませんが、もし呪いなんてものがあるのであれば、捨ててしまうのもよろしくはないと思いますし、分けてどこかに売るなりというのも些か危険であります。
今日食べる寝る所にも困るというのに本を気にしなくてはいけないのは、とても面倒ですね。

現在夕方、今日の夜は冷えませんように。









唖然とした。
そこはすでに何もなかったのだ。

今日の仕事は、とある金持ちの家にある曰く付きの古書らを手に入れることだった。
50あるかないか、といった少数だが、それは全て持ち主の厳選した本で、曰く付きの古書を集めるのが趣味らしい。
これは個人的に欲していたものが含まれていることに加え、その他の古書がプレミア付きで裏に流すにはもってこいの品物だったと言うことで、シャルナークに調べを勧めてもらっていたのだ。
曰く付き、といっても古いものではなく新しいもので、まだメジャーにはなっていないものばかり。
最近になって知られてきたものを集めたのだとか。
古い曰く付き古書よりは安く、かつ人気もあまりない。
珍しい収集物だ。
その主人は数週間前に亡くなっていて、そのすべての財産を妻と子に託したらしい。
今までは社長だった主人もいないため、ボディーガードもなく、妻子と数人の使用人のみ、今なら数人でも余裕で盗みに入れる。
シャルナークとクロロ、そして念のためコルトピも呼んでいる。
それだけでも十分なはずで、現在の館の主人は、俺らがここに来るという情報を受け取れるはずなどないのだ。
しかし、家には何一つとしてなかった。

「おい、どういうことだシャルナーク」

館はそこそこ綺麗で、急にものを持ち出したような感じだった。
掃除がまだなされておらず、ほこりなどはあまりないが棚やソファ、カーペットの跡が残っている。
それにたくさんの足跡が所々付いていることから、引っ越しか何かかと思えてくる。

「おかしいなあ、確かにこの家だし、引っ越しするとか昨日調べた時点ではなかったし、バレるようなヘマもしていないはずなんだけど」

だったらあるはずだろう、と眉間にシワを寄せる。
しかし目の前には家財も何も一切ない、カーテンすら付いていないがらんとした部屋だけだった。
セキュリティも何も、誰もおらず正面から普通に入れたじゃあないか。
シャルナークにふざけた様子などはなく、コルトピは飽きてそこらへんのはじで座り込んでいる。
これは予想外だ。

「えー、今調べるから待って」

シャルナークはおもむろに携帯を取り出し、調べているようなのでため息を付きながら裏戸から外に出た。

夜風が少し冷たい。
暗がりで分かりにくいが裏庭にでたようだ。
裏戸から中にもう一度入り、電気をつけた。
パッと明かりがつき、庭が少し照らされる。

ふむ。

豪邸にしてはあまり大きくない庭で、薔薇のアーチや、季節の花々、最近まで細かい手入れがされていたことがわかるような背の低い木々、おそらく一人でも管理ができるよう小さく作られている、そんな庭だった。

やはり人はいたようだな。

しかし、花々は少し乾いている。
今日は水をやっていないのだろう。
なんとなく、近くにあった水の入ったジョウロを手にとって、花にかけてやる。
細かい水が土に侵食していく様をぼんやりと見つめた。
適当に水をやったあと、館の方から声がした。

「クロロ、わかったよー」
「今行く」

中ではため息をついたシャルナークがこちらを見ている。
やっかいなことでないといいが。

「なんかここの妻子が借金したらしくて、今日ぜーんぶ差し押さえられちゃったみたいだよ、運が悪いね俺たち」

はあ、借金の差し押さえ。
生ものの花などは差し押さえられないか、それもそうか。

「普通家具とかカーテンとか差し押さえられないはずなんだけどなあ、違法だし」
「大方、誰かに嵌められたんだろうな。騙して何かする手はずなんだろう」
「あらら」

それにしても今日か、本当に運が悪いな。

「…ちなみにその差し押さえたものがある場所は調べたんだろうな」
「もちろん、今から行く?」
「ああ」

コルトピも立ち上がりこちらに近づき、シャルナークも携帯をしまって、外に出た。
そのときに人の気配を遠くに感じた。
一般人のようだ。

「人が来たな、集まられたら困る。さっさと行くぞ」

スピードを出し、屋敷からでた。
その後、三人で差し押さえたものが仕舞われるであろうテナントに行くことになった。
しかしまたため息が出てしまう。
別にセキュリティがどうとか、そうとうの手練れがいたとかそういうことではない。
ここにも本がないのだ。
一体どこにあるのだろうか。

「面倒だな」
「また今度にする?」

シャルナークがからからと笑いながらこちらをみてきたので、ふと笑いながら答える。

「愚問だな、今日中に盗むに決まっているだろう」

掴めないものほど掴みたくなるのが普通ってものだ。
こうも焦らされると、俺はどうしてもその古書らを手に入れたくて、読みたくて仕方がなくなった。
何としてでも手に入れよう。

今日は夜が長くなりそうだ。




どこに行けば良いのでしょうか。
住む家がなくなってしまったので、どこで寝泊りをすれば良いのでしょうか。
一応、近所の公園で段ボールを見つけたので本は入れて運ぶことが出来るようにはなりましたが、それ以降の進展はありません。
公園のブランコで揺られながら考えるも、何も思いつきませんでした。
滑り台で寝転がっても、何も考えつきませんでした。
ここの公園は、夜は人が来ません。
とても運が良いようです。
いえ、むしろ良い状況ではないのですが、誰かに襲われる心配をしなくても良いというのはおそらく幸運なのでしょう。

「お腹が、すきました」

そういえば昨日から何も食べていませんし、このまま本と一緒に餓死でもしてしまいそう。
それでも家から遠くに離れたいだとか、どこか親戚の家へ、などとは思えませんでしたし、よくよく考えたら親戚などもいませんでしたね。
父も母も孤児院で育ったようでしたから、2人がいないこの世界では本当に私はひとりぼっちのようで。
しかし、涙もでなくて。
意外と薄情な人間だったのかもしれません。

ああ、家に帰りたい。
しかし父も母もいない。
今死んでしまっても、二人のお墓に入れるのでしょうか。
身分を証明できるものは持っていませんし、私は運が悪いのですね。

ああ帰りたい。
二人のいる家に帰りたい。
空は暗くてお腹は空いて、少し寒い。
名残惜しく、家の方を見た。




「え」

家に明かりがついている。
私の家に明かりがついている。

「うそ」

そんなことはありえないと思いました。
だって、あそこらへん一帯は私の家の敷地内なはずで、もう屋敷に人などいるはずもなくて、盗みに入っても盗るものなどなにもありません。
それは昼のうちにあんな大々的に家具が運び出されていて、近所の方々は知らないはずがないのです。
なのに、庭に明かりがついているのはおかしなことで、まさか、幻影でも見ているのかしら。
まるでマッチ売りの少女のお話しみたい、そろそろ私死ぬのかしら。
そう思うことに不思議はありませんでした。


縋るように家の方を、その明かりをぼんやりと見て、涙ぐんでしまいます。
ああ、やっぱり涙くらいでるじゃない、こんな時に涙が出るなんて私はきっとお間抜けさんなのね。
父が死んでも母が死んでも、家から追い出されても泣かなかったのにこんな、家に明かりがついているだけだというのに、何故かしら。
涙を堪え段ボールを持ち上げました。

見に行こう、少し、覗くだけだから、家には入らないから。
そう心に決めて、少しだけ家に近づいたのです。



結局、家には誰もいませんでした。
お庭の明かりもすでに消えていて、もしかしたら本当に幻影だったのかもしれません。
私が見たくて見たくてしょうがない日常を見ようとしたに違いありません。
名残惜しいのです。
やはり家の中を見に入ります。
心に決めたことなど何とでも改変できます。
そして吹っ切って新しい生活をするために街で働きに出るのです。
住み込み、という住んで働けるお店を探して、一人で生きて行きましょう。
それが一番良いでしょう。
そして、運良くお仕事が軌道に乗ってお金がたくさん手に入ったら、この屋敷を買い戻して見せましょう。
そんな目標を立てて、家中を見てまわりました。

ここはキッチン棚があって、よくつまみ食いをして母に怒られたわ。
父の書斎にこの本が置いてあったわ。
ここにあったベッドで私はいつも寝ていたのね。
段々と涙が溢れてきました。
しばらくお別れです。
電気をつける気にはならず、お昼に見た時よりも暗いけれどその方が良かったようです。
明るいまま見ていたらこれからの事を思って泣き崩れてしまったでしょう。

最後に母が大事にしていたお庭を見ました。
何故か花に水をやられていました。

「誰かがお水をあげてくれたのね」

優しい誰かが。
きっと母のお庭が綺麗だから勿体無いと思ったに違いありません。
一本だけ花を摘んで、髪ゴムの間に刺しました。
花はドライフラワーにでもしましょう。
父のこの本、母のこの花だけを持ってこれから生きていきます。

その時はすっかり忘れていました。
さきほどここの庭には明かりがついていたことを。
この世界はきっと辛さとちょっとばかしの優しさで満ちているようで、それがまた飴と鞭のように奮い立たせてくれます。

よし、朝になればパン屋さんはきっと空いていますし、近くのパン屋さんで住み込みで雇っていただけないか聞きに行きましょう。
ダメなら隣町で、ダメならその隣の町で、それでもダメならダメで他のお店にしましょう。
全てに断られたら朝の時間は過ぎていて、他のお店も開きだすに違いないのですから。
そうと決まれば家を出ましょう。
段ボールを持って、家を出て、それで。
それで。





結局にして古書の場所は特定できなかった。
シャルナーク曰く、古書は差し押さえのリストには入っていなかったらしく、上がもみ消しているのかはたまた屋敷に隠されているかのどちらかと考えるのが妥当だと。
シャルナークには借金の取り立ての企業を調べさせ、俺は屋敷を朝までに見回ってくる、コルトピは待機となった。
屋敷にあるとしたら一体どこにあるのか。
やはり書斎やら地下があるなら分かりやすいが、家具もカーテンも何もないので先ほどはどこがどこかなどイマイチわからなかった。
屋敷も大きいのにも加え、一般人の考えるセキュリティだ。
念で護られているなら逆に分かりやすいのだが…。
ああ、古書に念がかかっているかもしれない。
それなら円でなんとか…。
と、考えている間に屋敷へと辿り着いた。

しかし、骨が折れそうだな。

入ろうとした時、人の気配を感じた。
一般人だというのは分かったが、この屋敷から気配がする。
そして、屋敷から出ようとする気配が下に動いた。

「きゃあ」

女らしき声がするので、近づき声をかけてみる。
「こんな所でどうしたんだ?…っと、転んだのか」

いつもの営業スマイルで近づくが、女はこちらを怪訝そうな面持ちでこちらを見ている。
ワンピース姿の女は段ボールを抱えるようにして転んでいたがいそいそと立ち上がり、ワンピースの埃を払った。
高そうなワンピースに靴、整った髪にには花が挿してあるのとは別に段ボールは汚らしく、その姿にはミスマッチだ。

「ええと、あなたもこんな時間にどうしたのですか?私の屋敷に…それになんか格好が」
「あ」

忘れていた。
今の俺は仕事着だ。
そして今の時間帯ウロウロして怪しいのはこちらも同じだ。
面倒だがこのままでいこう。
そして思い出したように女の言葉に驚いた。

「私の、屋敷?」

すると女は、はっとした顔で口をあけ、そのあとは困ったようにはにかんだ。
「元、がつきますけれどね。今日というか、この時間帯じゃあ昨日ね。昨日全て私のものではなくなってしまったわね」
「ああ、なんか騒がしかったね」
「ええ、家を借金で全部差し押さえられてしまったの」

全く隠そうともせずに話す女はどこか他人事のようだったが、気にせずそれっぽく話を続ける。

「名残惜しみに見に来た感じ?」
「そうね」

よく見ると女の目は赤くなっていた。
おそらく泣いていたのだろう。
最後の別れというわけか。
借金をしていたとシャルナークが言っていたし、こんな綺麗なワンピースを買ったりも、贅沢な暮らしなんかもできなくなるんだろう。

「ふうん…」
「そちらこそ、こんな時間に何か御用ですか?」
「あやしい格好なのは重々承知だけど、ちょっと特殊な仕事でね。終わった帰りにたまたま通った所だよ、そしたら女の子がこんな時間にいた、と」
「あらそうなの」

あまり疑っていないように見える。
普通なら少しでも疑って逃げていくに違いないのに、やはり温室育ちということか。
それにしても朝までに古書を探さなくてはいけない。
それを考えると女には早くこの場を去っていただきたいわけなのだが、もし古書の場所を知っているのであれば話を聞きたい。
どうしたものか。

「折角だし送ろうか、いや、タクシーでも呼んだほうがいいね。お金払ってあげるから、家どこらへん?」

そう言って携帯を取り出して、タクシーを呼ぼうとしたが、女はぼんやりと屋敷の方を見た。

「はは、もしかし行くあてがないとか?」

そう言うと女は段ボールをぎゅっと抱え込み、
「そんなわけはありません。私そろそろ帰ります」
と、視線を下にそらしながら俺とは反対の方向へ歩いていこうとする。
はあ。
まあいいか。

しかし、彼女なら古書について何か知っているかもしれないと、一応声をかける。

「あ、そうだ。お父さんの古書、知らない?」

するとびくりと体を震わせてこちらを向いた。
「ええと、何でですか?」
知っているかもしれないな。
ビンゴか?

「実は貰い受ける予定だったんだけど、取りに来るの遅くなっちゃってね」
とりあえず嘘をついて誤魔化してみたが、即座に信じたようで女は寄ってきた。

「そ、そうなんですか。でも古書は、その、あげなくちゃいけないですか?」
「え、もしかして君が持ってる?」

その後は黙ってしまい下を向く彼女は、バツが悪そうな顔をしている。
そして本は渡したくないような言い方、おそらく彼女が持っているのは間違いないだろう。

「何か、ダメな理由でも?」

彼女はちらりとこちらを見た。

「実は曰く付きかもしれなくて」
「本が?」
「ええ、父が亡くなって借金してすぐに母も亡くなって、私もこんな状況で、業者の方にも引き取られずに返されてしまって、もしかしてそう言った類のものが混ざっているのかもしれないと、思って」

ビンゴだった。
なるほど、曰く付きだから返されたということか、それでこの女の手元にあると。
金になるのにバカなやつらだ。




言い方に違和感を感じた。
彼女はおそらくの話をしていることから、本当に父親の古書が曰く付きなことを知らないのだろう。
本当に曰く付きなら手放すべきだが他人が不幸になることを考えて渡せない、そして曰く付きでないなら他人にも渡せるが一応形見だろうし。
どちらにせよはいそうですかとは渡せないといったところか。
呪いが掛かったものを手放せないという呪いの悪循環。
流石曰く付き古書だ。

「その古書のせいじゃないよ、だから俺に頂戴」
「で、でも」
「良いことを教えよう、君は騙されている」

渋っていたのにも関わらず、俺の発言への驚きで目が揺れている。
いけるか?

「な、何が騙されてるの?」
「普通、借金取りは家具や生活必需品は差し押さえないし、昔はしていたみたいだけどそれでも家具は持って行かずにリストにしておき、売れたら回収するんだ」
「えっ、じゃあなんで」
「おそらく両親か誰かを恨んでる人の仕業だな、何か絡んでるだろうが君に何かできると思っていないんだろう。それに何かあってもその古書のせいだと思うだろうしな」
「本の…せいに」

6割くらいは合っているだろう。
当てずっぽうと推理を交えて話しているが、女は大いに信じていた。
よくもまあ会ったばかりの人間の話を真剣に聞いて間に受けていられる。
もしかしたら恨まれているのは彼女かもしれない、本の呪いかもしれない、ただの悪徳業者に巻き込まれただけかもしれない。
いずれにしても女側に非がないのは明らかだということにして、とにかく適当な話を並べ立てて本を手放すように仕向けた。

「弁護士雇えば一発でなんとかなるだろう。明らかに違法だし、慰謝料請求もできる。まあ、弁護士を雇えるかどうかと金次第だが」

顔がこちらを向いた。
少し泣きそうな顔だった。
不安そうで、でも希望が出来たかもしれないといった表情で、こちらを見ていた。

「ほら、君はもしかしたら家を取り戻せるかもしれない有益な情報を得た。これって不幸?」

瞳孔が開いたように見えた。
そして、俺の手を掴み言った。

「多少のお金が用意出来れば、弁護士さんを雇えて、家を取り戻せるかもしれないのね?」
「そうだ」
「そんなこと知らなかった。知れたのは幸運だわ、確かに本の呪いなんかじゃなさそうね」

彼女は笑いながら強がって見せた。

「そういうこと、その前にまず君の父は曰く付きのヤバそうな本、他人に渡す?」
「確かに、渡さないわ!!」

完全に信じていた。
そして、そうね、そうよね、父が曰く付きって分かっているものをほいほいと他人に渡さないわよねと自分に言い聞かせるように頷き、こちらを向いてニコリと笑った。

「ありがとう、へんな格好って思ってしまってごめんなさい。古書は父と約束したみたいだし、貴方に差し上げるわね」

そう言って彼女は段ボールをこちらによこしてきた。
ずしりと手に圧力がかかり、念の力を少し感じた。
やはり中には曰く付きと言われる古書が混じっているのだろう。
もしかしたら全てかもしれないが。

「段ボールの中身、古書だったのか」
「ええ、私の全財産よ、でもそれと同価値以上の情報をくれたから差し上げるわ。これから住み込みで働ける場所を探して、お金を貯めたら弁護士さんを雇ってみせるわ」

そして頭に挿さっていた花を俺のポケットに挿しながら、お礼を言い笑顔で走っていった。
女がこれからどうなるかは知らないが、とりあえず古書をゲットしたことをシャルナークに電話で伝えた。



とても騙しやすい女だったが、全部が全部嘘ということではない。
女にとっては救いになったかもしれないし、バレたとて騙されたことが分かって教訓になるだろう。
少しだけいい気分になったがクロロはいつも通り古書を愛でて、終わったら古書をシャルナークをつかい売り捌いてやろうと思った。



「団長、これ金にならないかも」
「は?」

唐突にシャルナークが本をこちらに投げてきた。
どういうことだろうと本を開けようとすると、開かない。
何か匂いがする。

「本全部に液体、いや匂いからしてコーヒーか何かを染み込ませてあるんだよ」
「は、なんでそんなことを」
「読み終わった雑誌捨てるときにゴミ漁られないように雑誌にコーヒーとか染み込ませて読めないようにする、みたいな?」

開いた口が塞がらなかった。
ああ、そうか。
女に対して、俺は自分から言ったではないか。

「君の父は曰く付きのヤバそうな本、他人に渡す?、か。本当にその通りだったな」

呪いがかかったコーヒーがかかっていて汚く読めない本、確かに売れそうにないな。
もし、女が本の中を読もうとしても読めないし、こんな状況だと分ったならゴミは受け取らない業者さんだった、としてあの女は捨てるだろう。
女の父親はそこそこ頭の切れるやつだったらしい。
色々と無駄足だったようだ。

「はー、最悪だったね。曰く付きは世間のお墨付きだったのにね勿体無いなあ」
「そうだな、父親に母親、借金で根無し草だからなあの女」

本当にもったいない。
まだ読んでいない本も混じっていたので読みたかったのだが、ハードは諦めて新書でも読むか…。
本当に運がない。

「あ、その女とやらもやっぱり死んだみたいだよ」
「ん?」

もちろんこの発言には驚いた。
「丁度その本もらった後みたいだよ。居眠り運転で撥ねられたの。ニュースで持ちきりだよ」

驚きでまたもや口が開いてしまった。

「一家全員死亡、なんとも小気味いい呪われ方だよね」

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