聞いた話によると

私はとある一軒家に住んでいる。
しかもイケメンな男の人とだ。
しかしながらイケメンと住んでいるという表現は些かおかしいかもしれない。
なぜなら私はすでに死んでいるからだ。

それは暑い夏の夕暮れのことである。
ただ目が覚めたらこのアパートの二階の一室にいたのだ。
はじめは誘拐だとか何かの間違いだとか騒いでいて、近くのドアを開けようと手を伸ばしたが触れなかった。
それは透けるという感覚ではなく、触りたくないし触れないような怖い思いがぶわっと広がる感覚だった。
暑さで頭がおかしくなったのか、いや、何かの間違いだ、おかしい、おかしい、そんな思いで周りを調べた。
分かったのはドアや窓が触れないため部屋から出られないこと、窓から見える景色からここはアパートのような建物の二階であること、リビングの天井に首吊り縄と下に踏み台があることだった。

しばらくしてドアがガチャリと開き、そこからは金髪の青年が入ってきた。
驚き声をあげたが、青年に反応はなかった。
声をいくらかけてもまるで自分がここに存在しないかのように無視をされたのだ。
青年の開けたドアから出ようとしたが、出られず、その日は1日中泣いた。
おそらく死んで地縛霊にでもなったのだと思った。

そしておかしいことに気が付く。
青年には私だけでなく、首吊り縄と踏み台も見えていないようだった。
無視して通り過ぎたり、すかすかと物が当たってもぶつからなかったりと、よくわからない原理だった。
各いう私もイケメンの彼には触れなかった。
あまりにも寂しく、食事や睡眠も必要がないようでどうしたらいいかもわからない。
ついにはイケメンの生活を観察するだけの毎日となった。

イケメンは夜に活動している。
イケメンはいつもパソコンでデータ処理と資料作成をしている。
イケメンは料理がそこまでうまくないので弁当を良く買って食べる。
イケメンはたまに団長と言う人と長電話をしている。
ちなみにトイレは覗いていないが風呂は覗いた。
めちゃくちゃいい体をしていた。
寂しい時間が多いが、なぜ自分がこうなったかを考える以外はこうしてイケメン観察をしているのだ。
少し楽しかった。

ある日のことだ。
団長といういつも電話をしている人が部屋に来た。
彼もまた違う雰囲気のイケメンだ。
黒髪で知的でさわやか。
しかしいつもと違いその団長とやらは部屋に入らなかった。

「シャル」
「ん、何入らないの?」

彼はシャルと言うのか。
名前を初めて知った、シャルか。

「お前の部屋、なんで縄が天井に括り付けてあるんだ?」
「は?」

驚いた。
黒髪イケメンは私が見えないのに首吊り縄は見えるのか、とても惜しかった。

「いや、何もないけど。どうしたの団長、疲れてんの?」

何度か目をこすり、二度見三度見したが意見は変わらないようで、黒髪の彼には見えているようだった。
面白半分で台に乗って、首吊り縄を手で揺らしてみることにした。

「揺れてる、お前の部屋やばいんじゃないか?首釣り縄が…」

興味を持ったようで、何よりです。
下にある台にも気が付いたよう。
しかし金髪イケメンの口から衝撃の言葉が出てきた。

「そういえば、この部屋いわく付きって聞いたなあ」
「幽霊とでも言いたいのか」
「んー、かもね。ここで若い女の子が殺されたんだってさ。犯人は捕まったらしいけどね」
「パッと見る限り念ではなさそうだ、放置してもいいだろう」

殺された?
殺された、というのになぜ首吊り縄?
自殺に見せかけて殺されたのか?
どうすることも出来ない私はぎゅっと唇を噛み締めたが、誰が犯人かなんて知る由も無いのですぐに台の上から降り、部屋の隅に座り込んだ。

「信じてはいたが、まさかこんなボロアパートで見れるとは思ってもいなかったな。いや、むしろ年代が古いほうが出やすいのだろうか、中々感慨深いな」
「どうでもいいけど仕事の話してくんない?」

黒髪のイケメンは天井の首吊り縄を興味ありげに観察している。
イケメンは身長が高いせいか、台は使わなくても近くまで寄れる。
縄と台に触ろうと試みたようだがやはり無理なようだ。

「はあ、変なもん好きだよね、念まとって触ってみたら?」
「色々試すか」


彼らの言うネンとは一体なんなんだろうか。
気になって少し黒髪イケメンを観察していたのだが、どうにもよく分からないがこう、何かぞわぞわするようになった。
何かがそこにあるような、場の空気が少し変わったように思えた。
そして首吊り縄に何度目かのおさわりをするイケメン。

「あ、触れた」
「えっ」

目を見張った。
確かに手で、首吊り縄を触っている。
ぐいぐいと引っ張るように縄がピンと張ったりたわんだりしている。
ということは、ネンとやらがあれば私にも触れるのではないだろうか。
立ち上がって手に人差し指だけそっと触れてみた。

「ん?」

ばっと、こっちを向いた。
驚いて後ろに後ずさりしそうになったが、そのまま手全体で触ることにした。
久々に他人の体温を感じた。
少しだけ泣きそうになった。

「なんか、手がある」
「ほんとにふざけてない?」
「うるさい」

金髪イケメンはソファに座ったままこっちをじっと見ている。
いつも見てるだけのイケメンがこっち見てる。
不思議な感覚である。
そうこうしているうちに黒髪イケメンが私の手首を掴んだ。
驚いて逃げようとしたが力が強く、払うことも引っ張ることも出来ない。

「捕まえた」
「女の子?」
「腕が細いからおそらく、んー意思疎通できるかな。ちょっと待って」

そう言って手を一旦離し、紙に五十音表を雑に書き出した。

「オレの言っていることがわかったのなら俺の手を動かしてみてよ」

私がいる方に顔を向き、手を紙の上に置いた。
この状況を打開出来るかもしれないのだから、やってみるべきだろう。
黒髪のイケメンの手の上に手を起き、「はい」と文字の上に滑らした。

「おお。君、名前は?」

分からなかった。
そう言えば私なんで思いつかなかったのだろうか。
生きていた頃の記憶がない。
返事が出来ず、彼の手の上からするりと自分の手を降ろした。

「ん?どうした」

どうしていいかわからず、その場で考え込んでしまった。
自分の名前も年齢も鏡に写らないから顔もわからない。
わたしは誰なんだろう。

「どうしたの団長」
「名前聞いたら答えなくなった」
「はあ、覚えてないんじゃないの?」
「ふむ、幽霊になると記憶が失われるということか?」
「いや知らないけど」
「もしかしたら思い出せないため未練がわからず、幽霊から成仏出来ていない、という考え方もあるな」
「どうでもいいけど仕事…」

未練、成仏。
どれも聞きたくない言葉だった。
ああ、私は死んでいるのだなあと思わせられる言葉だから。
どうしよう。
これからどうしよう。
イケメンの私生活覗いてるだけで、こんなのなんの意味もないじゃないか。
とてもじゃないが笑い事ではなかった。

「ちょっとシャル調べてくれ」
「はあ?」
「ここで死んだ女についてだ」
「いや、だから仕事の話で来たんじゃないの?」
「命令だ」

しぶしぶ携帯で調べだした金髪イケメンは、べらべらと喋り出した。

「ここで死んだのは××××、大学生、××才、自殺に見せかけた他殺だってさ。先月、授業に来ないので様子見しに来た友人が発見」

私は××××というのか。
不思議なことにしっくりくる名前だった。
そういえばそうだった気がする。

「犯人はその時第一発見者の友人に着いてきた××××、恋愛がらみの末の殺しだとさ、怖くなって自殺に見せかけたらしい 」
「ぶっそうだね」

違和感があった。
何かが違う、××××は犯人じゃない。
違う、そんなことをする友達じゃない。
どうしても信じられず頭を抱えた。
そのあと目の前のイケメンたちが話をしていたようだけど耳に入らなかった。
確かにここに私は住んでいたように思える。
そして名前や年齢も間違いない。
しかし犯人に恨みの念も何も湧きやしない。
なんでだろうか、私は、友達とずっと仲が良くて、仲が良くて、それで。



思い出した。
××××は犯人じゃない。

「あ、手が動いた。は、ん、に、ん、ち、が、う…犯人違うとさ」
「は?」
「犯人は別にいるのか、冤罪か?」

伝わってる。
少しずつ思い出したことを彼らに伝えよう。
まさか私はこのために、未練が残ってたからここにいるのか。
これを伝えて欲しいから、ここで待っていたのだろうか。
きっとそうだ。
なんて運がいいんだろう。
この人たちじゃなかったらきっと、存在すら気がついてもらえなかった。
嬉しい、こんなに嬉しいことはあるだろうか。
そう、私の友達は犯人じゃない。
私は、だって私は…!!

「じ、さ、つ、だ、か、ら…自殺だからだと」
「あー、でも友達から自供したみたいだよ、自分がやったって」
「わ、ざ、と、つ、み、を…わざと罪を、だとさ」
「ふうん」

私は全てを思い出した。


真相と言うのは単純な話だ。

私が死ぬ前、友達の好きな人が私を好きになってしまって、酷いよ死んじゃえばいいのにって言われた。
それがとても辛かった。
友達はきっとそのことが原因で死んだと思って、自ら罪を背負ってるに違いない。
合ってはいる。
合ってはいるが、友達が手を下したわけではない。
私は確かに自殺をしたのだ。
だって私はその友達が好きで好きでしょうがなくて、でも友達は他の人が好きでただただ耐えられなかった。
そうやって自殺をしたのだ。
叶わぬ恋を抱えて私は死んだのだ。
なのに友達は私の罪を背負い私を殺したことにしている。
きっと縄の跡を後から偽装すれば自殺を他殺に見せかけることは出来る。
そうやって私の死を背負っているのだ。

そんなことはやめて欲しい。
幸せに、せめて私を忘れて幸せになって欲しい。
そう、彼らに伝えたのだ。

「なるほど、それで幽霊になったと」
「じゃあ、そのことを友達に伝えれば成仏できるってこと?」

私は多分と言う。

「わかった、そうやって手配してあげるよ、若い女が部屋にいるって事実なんかやだし」
「珍しいな」

その言葉を聞いて初めて涙が流れた。
この数週間の重みが取れたようだった。
しかし、成仏の仕方がわからない。
一体どうすれば。

「ねえ」
「どうした?シャル」
「なんでさ、首吊り縄、あるんだろうね」

そう、か。
首吊り縄、もしかしてそういうことかもしれない。

「だって、ずっとここにあるんでしょ?」

そう言って天井を指差した。

「ああ、聞いたことがある。自殺をした人間は二度死ななくてはならない。自らの死を断つには死を、とな」

私は怖くなった。
未練がなくなった今、なんの思いもない。
また、あの怖さと戦わなくてはならないのか。

しかしそれ以外の方法が見つからなかった。
だって、思いがなくなったら成仏。
じゃあこの縄は何?
友達を苦しめた私への罰なのかもしれない。
そう考えたら私はこの縄から前に進まなくてはいけないし、この人たちにも大分迷惑をかけている。
早く私が成仏して、成仏、して。
私は泣きながら台を登り、そして首に縄を掛けた。
少し怖いが二度目だ。
大丈夫。
あとはよろしくお願いしますと心の中で思いながら台を蹴った。



「縄が消えたな」
「あっそ」
「それにしても飴と鞭が酷いな、シャルは」
「まあ、普通気がつくよね。馬鹿だね、あの女」
「やはり嘘か」
「嘘に決まってんじゃん、オレらが警察なんて行くわけないし。それにさ、幽霊女ずっとここにいたわけでしょ?俺のことずっと見てたってことじゃん、気持ち悪い」
「まあな」
「幽霊とは思ってなかったけどさ、なんかうっすら視線とかあったんだよね。勘違いと思ってたんだけど」
「それにしても貴重な体験をしたな」
「そうだけどさ、仕事!!早くしてよ」
「せっかちなやつめ…あ、間違えた」
「ん?」
「俺が聞いた噂」
「あー、自殺したやつはーってやつ?」
「ああ、シャル、お前引っ越すべきだ」
「なんで?」
「聞いたところによるとな」




「自殺したやつは、永遠に自殺を繰り返さなきゃいけないらしい」
「なにそれこっわ」



[ 3/5 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -