二話

「なんてことをしてくれたんだ」
夏油は足元の女を冷え切った眼で見下ろした。

ばしんっ。
「うっ!」

勢いよく叩いてやると、小さくうめく。
頭が痛い。
この女がしでかしたことに対する怒りでこめかみの血管がやぶれそうだと思った。

「言いたいことはあるかい」
ばしんっ。
「ううっ!!」



しかし目の前の女は真顔で言い放った。



「寿司食べたい」

ばしんっ。
「ぐうっ!!」

「……そういう!!意味じゃ!!!ない!!!」
ばしばしばしっ!
「ぐぎぎ……」
夏油は布団で簀巻きにされた彼女の尻部分(簀巻きにされているため正確ではない)を布団たたきで叩いた。
うめいている姿はとても小気味よいものではあったが、それ以上の怒りに声を荒げる。

「客を下着姿で迎えて、あまつさえ菓子折りを奪って追い返すとは何事だ!!!!」
「存在がうざかったものだから」
彼女は眉間にしわを寄せて唇をかみしめた。

存在がうざい。
あまりに理解不能な理由だったためもう一度叩いてやろうかと思ったが、彼女の思考を理解できるものなどいないためこの場はスルーせざるを得ない。
それが顔なのか服装なのか訪ねてきた際の対応なのかはわからないが、彼女にとってその客はうざかった。
行動理由としてはただそれだけなのだ。
考えても無駄である。

ただわかるのは目の前のニートは夏油を訪ねてきた客を勝手に追い返したことだ。
寝ぐせだらけの髪で、上半身はジャージ、下半身は夏油のパンツ。
手土産に持ってきたであろう菓子折りを奪い、挑発的な態度で追い返していた。
そう菜々子が報告してきた。

「奪った菓子折りは?」
「処分した」

腹にだろう。



「……どうして君はそんな食い意地が汚いんだ…………」
食い意地が汚いというのは語弊がある。
彼女はどんなものでも腹に入ればよいと思っている。
土のついた野菜、温めないレトルトパウチ、賞味期限など気にせずに食すのも当たりまえ。
そう、食べられさえすればよいのだ。

「食い意地が汚い?まったくもって侵害だよ夏油くん」
「言い訳を聞こう」
「人間食事は特に重要なんだ。健康的な生活をするためには健康的な食事をしなければならないというのにも関わらず、あの手土産にはそういった健康には害があるような成分が多く含まれていたんだ。そしてそれらが君に渡る可能性がある。それを見越して私が処分したまでだよ。それだというのに夏油くんがそこまで意見するというのであれば、いや、どうしても食べたかったと捉えるとむしろ食い意地をはっているのは夏油くんの方であって」

ばしんっ!
「うっ!!」
「言い訳を聞くと言ったんだ。御託を並べろとは言っていない。」
何を言っても無駄であろうニートの尻をもう一度布団たたきでしばいたあと、夏油はため息をついた。

夏油を訪ねてきた客というのは、今後呪詛師として金を集めるための土台にする予定だった団体の者だ。
近くにとある団体がおり、その勧誘を受けたのだ。
その団体さえ乗っ取って好き放題できればなーなどと軽くではあるが考えていた。
実際に呪詛師になったとて、やれることは少ない。
一から進めるよりもある程度基盤があるものをでかくしていったほうが容易い。
そのための一歩だった。





少し前のことだ。
夏油はその男から勧誘を受けた際にカフェで少し話をした。
団体、といってもねずみ講のようなものらしく扱っている菓子類を売らせるために会員を増やしていくような詐欺グループである。
しかし、いまだに警察に捕まっておらずある程度顧客がいるのがうかがえた。
勧誘してきた男は恐らく末端に位置するような非術師ではあったが、優しく話を聞くとぺらぺらとなんでも話してくれたのだ。

今後のために金と人手と呪霊を集めなくてはならない。
乗っ取れば金を、そして人が集まれば呪霊を手に入れるための踏み台ぐらいにはなりそうだ。
そう考えていた夏油にはちょうどいいチャンスだったのだ。

それがどうだ。
その日にもらった土産ものはいつの間にか消えていた。
そして起こったのは、先ほど留守から帰った際の女の不始末である。

目の前のニートをしばくだけでは気がおさまらなかった。
しかしこの口のまわるポンコツに何を言っても通じない。
反省の色もなければ、再犯すら当たり前。
なんでこんなもん拾ったんだ。
おい、誰だこんなもん拾ったのは。

「夏油くん今日寿司食べたい」
「うるさい。君のおかげで今後の予定がパーだ」
「チョキ…………勝ったから手巻き寿司」
「殴るぞコラ」
ばしっ!
「ぐうっ!!……予定ってなに夏油くん」

簀巻きにされた髪の毛が逆立ってぐちゃぐちゃの女が何か言っている。
呆れたように彼女を見ると、きょとんとした顔でこちらを見ている。

「…………はあ、金と呪霊を巻き上げるためにのっとってやろうと思ったんだよ、あの非術師の詐欺団体」
「なんだ夏油くん、お金と呪霊が欲しかったんだ。言ってくれればよかったのに。私に言えばよかったじゃん」
相変わらず要領を得ない。
首を傾げつつ、話を聞くと以前欲しいものはないかと言った際のことを言っているらしい。

「お金くらい用意したのに、もしくはアドバイス」
「いや、働いてないだろ君。それに君にアドバイスされたとして使い物になるかわからないじゃないか」
「そんなの聞いてみないとわからないよ」
「…………言ってみなよ」
「簡単だよ、アイドルになればいいんだよ。夏油くん顔いいし目立つから信者集めてうっほうほ」
「却下」
馬鹿馬鹿しい意見は速攻却下だ。
そんでもってなんだうっほうほって、うっはうはだろう、バカか。

「くだらない意見吐いたから追加お仕置き」
夏油はニートを布団に簀巻きのままベランダに叩き出した。

「うっうっう!なんて卑劣な……顔だけこんがり焼けてしまう……」
「焼けときな」
ガラガラとベランダのガラス戸を閉め、小一時間放置してやろうと決めた。
肌寒いかもしれないが布団にくるまっているから大方大丈夫だろう。
双子が帰ってきたら家に入れてやるか、そう思いながら晩御飯のことを考えた。

「信者、か……」
ふと、学生時代に覚えのある団体を思い出した。
あれらを乗っ取るのも手かもしれない。
すでに信者がいて、任務のために資料を見たからざっと情報はわかっている。
夏油は今後について改めて考え出した。





一時間ほどして、顔を真っ赤にしたニートを布団と共に取り込むと「上手に焼けました」などとのたまっていたのでベランダのホースを使って顔に水をかけた。

「うえっぷ」

ベランダの外からはパトカーのサイレンの音が大きく響くのが聞こえる。
こいつも警察に突き出してやりたい。
罪状はう罪(ウザイ)、なんちゃって、ははっ……と目の前のニートに影響されてかあほらしいダジャレを浮かべて乾いた笑いが口から洩れる。
こいつはいずれ野垂れ死ぬか、おなかがすいて万引きか食い逃げで捕まりそう。
夏油は私に拾われてよかったな、と慈悲の心で布団の周りにぐるぐると巻き付けていた紐をほどいてやった。
拾った側はたまったもんじゃあないけれど。

「夏油くん警察に捕まらなくてよかったね」

やはり思考が似通ってきているのか同じことを考えているのだろうか。
夏油は一瞬心でも読まれたかと思い、驚く。
「夏油くん顔いいし目立つからきっと捕まってたよ」
捕まるのは私の方か。
前までは五条がいたため、顔がいいと直接言われるのはまあまあ嬉しいことなのだが、言い方ってものがあるだろうとほっぺたをつねってやった。

「そうそう夏油くんお金の話だけど、欲しいなら私の貯金あげるよ。呪霊はアイドルになれば問題ないだろうし」
なんでアイドルで呪霊ゲットできるんだ、意味がわからない。
あとアイドル話しつこい。

彼女は万年低級の呪霊しか相手にできないくらいに弱い術師だったし、家も一般家庭。
学生とはいえ特級クラスの呪霊を狩っていた夏油とは比べ物にならないくらいの心細い貯金だろう。
あってもいいかもしれないが、彼女がいつか一人で暮らすことになったときの資金を奪うのは気が引けた。
一人で生きていけるかどうかは別として。

「はした金はいらないよ」
少し笑ってそういうと彼女は舌をびっと出して言った。
「じゃあたくさんお金手に入ったらあげる」
「そ、期待しないで待ってる」
なんだかんだ優しいところもあるんだと夏油は思ったが、やはり顔にイラついたのでもう一度ほっぺたをつねった。





結局ニートがうるさいのでその日の晩御飯は手巻き寿司にした。

手巻きずしにしたいと言ったくせに手を動かすことが苦手なため、海苔の中に米と具がうまく乗せられず、諦めて海苔と米と具を箸でつまみだした。
仕方なしに夏油はいくつか巻いてやる。
しかし夕方のことを思い出して、彼女の前に出した三分の一くらいはワサビのみをのっけた巻き寿司にしてやった。
彼女は泣きながら咀嚼していた。


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