一話

「夏油くん久しぶりに見た」

夏油の足元には女子生徒が床に転がっている。
目の前の彼女は半年ほど前に離反した高専でのクラスメイトだ。
バツバツと髪の毛が切られていて髪型は変わってしまっているものの、その他は全く変わらない見た目をしていた。
いや、正確には服が一部破れていたり、スカートから見える足は引きずったように負傷しているので変わらない見た目、というのは語弊がある。

黒い制服のためかどの程度怪我をしているかはわからないが微動だにしないあたり動けないのかもしれない。
先ほどまで自分が狙っていた呪霊の残骸が消えかかっているのが少し離れたところに見えるため、相打ちか何かだろうと判断する。
夏油はこの呪霊を2級相当と見ていたが、彼女にそんな力量はないため等級ミスだと夏油は思った。
まだあの学校は同じようなミスをしているのかと思うとため息が出る。
彼女はへらへらとにやにやを合わせたかのような顔でこちらを見ている。

夏油は彼女に近づき、しゃがんだ。
アルカイックな笑顔を向けて、言う。
「君には別れの挨拶なんてしてなかったし、お情けで高専に通報してあげようか?」
もちろん高専にはバレないように工夫はするけれど、と付け加える。

数日前、他のクラスメイトには自分の考えを暴露し、次合う時は殺しあいに発展するような煽った発言までしてきたのだが、目の前の彼女には会っていない。
それもそのはず。
彼女とは仲が良い悪い以前にあまり関わり合いがない。
だが死にかけなのであれば情けぐらいかけてやろうと思うくらいには情があった。

しかし目の前の彼女はゆっくりと首を横に振った。
そして、ぼんやりと先ほど消え去った呪霊がいたであろう場所を見た。
夏油もそちらの方を見た。

そこには明らかな致死量の血液がこれでもかと広がっている。
夏油は、ああ誰か死んだのか、と思う。
さすがに血液だけなので非術師なのか術師なのかはわからなかったが、変わっていなければ彼女は三級だったはずなので誰かと来たはずだと予測はつく。
今まで彼女が誰かと任務に赴いて死人が出た話は聞かない。
もしかしたら初めて目の前で仲間が死んだとか、助けられなかったのがショックなのかもしれない。
彼女が優秀だという話ではないのだが。

視線を彼女に戻す。
へらへら顔は変わらないが、もし高専に帰らないのであれば仲間にしてもよいかもとも思ったが、やめた。



なぜなら彼女は他に類を見ないほどのイかれたポンコツだからだ。















夏油は彼女ができることで、自分含めて元クラスメイト達にできないことは何一つないと思っている。

テストはいつも赤点で、小テストさえも三桁どころか二桁の点数なんて見たことがない。
授業中はほぼ寝ている。
むしろテスト中も寝ている。
担任には諦められていて、怒られることさえなくたまに頭を抱えて諭しているような場面も度々見られた。
五条に「くそ雑魚」「俺より疲れる任務なんてねーのになんでそんな寝てんの?」「さっさと呪術師やめろよ」などと初めは言われていたものの、あまりのポンコツさ加減にバカにするどころか哀れみの目で見るようになった。
二年の終わりごろ、「こいつには呪術師しか道がないに違いない」とぼやいていた。
その呪術師すら等級は低いのだが。

彼女は料理もできない。
寮では寮夫さんがいる場合は食事が出るが、いない日もある。
その場合は自ら用意をしなくてはならない。
自炊をする者もいればコンビニやレトルトを食す者、外食する者もいる中、彼女は洗ってもいない皮も剥かない野菜をそのまま齧っていた。

酷いときは泥がついているものを気にするようでもなくそのまま口に入れていたため、唖然としたあの家入がたまに食事を多めに作って振舞っていた。
生の玉ねぎを剥き泣きながら口にしていたため見かねた担任にレトルトをいくつか渡されたようだったが、それをレンジで温めている様子はなかった。
そのまま袋に口をつけて啜っていた。

流石にイモ類は焼いていたが、校内の落ち葉を使って道端で焼いたようで寮のキッチンを使えと夜蛾に怒られていた。
ポンコツはこれに留まらず、アルミホイルなどの包み紙を使用しなかったことにより焦げた芋を泣きながら食べていた。
他にも五条が電子レンジで卵を爆発させたり、メントスを口に入れたままコーラを含んで吐いてる隣で「五条くんってバカ?」と言っている彼女を三人は何だコイツ、とどこかの猫のように脳内では宇宙が広がり唖然としたものだ。



いやはや誰がそんなポンコツ人間を仲間に加えたいと思うのか。
足手まといでしかないのだ。
むしろ高専的には粗大ごみを回収してくれるいい機会とか思われてしまうかもしれない。



しかし、その彼女が高専には帰りたくないと思うほどにショックを受けているのは見たことがない。
そもそもそこまで危ない現場など行かせてもらえたことなどあるのだろうか。
上層部ですらいないものとしているレベルの彼女のことだ、ないに違いない。
悲惨な現場に頻繁に赴いていた自分ですら仲間が死ぬのは耐えられない。
彼女にはショックだろう。

夏油は術師を殺すつもりはなかったので、本当であれば高専に連絡するほうがよいだろうが彼女の首根っこを掴んで肩に担いだ。

「うぐっ……」
「……なんか可哀そうだし人質にしてあげる」
バカでポンコツで誰にも予測がつかない行動しかしない彼女を上層部は罠に使えないだろうから、きっと高専に夏油の居場所やらなんやらがバレたわけではない。
幸いここには彼女と呪霊の残穢しかなければ、呪霊を倒したのも彼女だ。
相打ちで最後死んだことになるかもしれない。
彼女が逃げたことになるかもしれない。
そんなことは知ったこっちゃあない。

バカで可哀そうな今後の行動を見てみるのもいいかもしれない。
















なんて思っていた自分を恥じた。
あの日に帰して欲しい。

数日が経ったが彼女は何もしない。
夏油の家に来てからというものの、本当に何もしていない。
呪術師としての足でまといとかそういうレベルではなく、我が家に人質という名のニートが爆誕してしまったのである。
美々子と奈々子が早々に格下認定しているくらいに何もできない彼女に何かできるはずもない。
いや、夏油にはわかっていたけれどなぜ家に入れてしまったのか。

彼女が布団から出るのはトイレと風呂と食事時くらいだ。
風呂すら双子が入ろうと言わないと入らない日がある。
食事も出されないと自主的に食べない。
今も布団の上で肘を立てて寝転んだまま双子に髪の毛を好き勝手にされている。

「はあ、せめて家事くらいやってくれたりしないか……」
「夏油くんは人質にご飯作らすの?」
飄々と答える。
しかも彼女は料理できないんだった。

「洗濯とか」
「したことない」
あの五条ですらたまにしているというのに彼女はすべて金で解決していた。
等級の低い彼女にお金なんてあるはずないのに毎週クリーニングを利用していたことを思い出す。

というか、彼女はここに来てからは基本夏油の服を着ている。
下着すら夏油のものだ。
買いに行っていないので持っている衣類は高専の制服と下着と靴下一着のみだ。
必然的に勝手に彼女が夏油の服を押し入れから出して着ている。
ブラジャーなんてしてないだろう。
恐らくTシャツに夏油のパンツをはいているだけだ。
目の前のニート相手に性欲なんてものはわかないのだが双子の教育には非常に悪い。

「…………何ができるんだ君は」
「私にできる作業は夏油くんができるよ」
「いや…………はあ」
いや、わかっていた。
わかっていたがなんでこんなことに。
後悔が頭をめぐっていく。

「夏油くんは何に困っているの?」
「ええ?」
何を言っているのだろうか。

「…………いや……君が私の家で何もせずゴロゴロしてしているのを見ていると頭が痛くなってくるんだ。なんで私は人質のご飯作って洗濯して掃除してるんだろうって」
「人質に仕事させようとしているのがまずおかしいんだよ、せめて捕虜とか言っておけばよかったのに」
「バカなくせによく口が回るなあ」
夏油は額に筋を浮かべながら口元をひくつかせている。

「ふうん、私にできることなんて少ないから物でなんとかするよ。夏油くん今なに欲しい?」
「なに、何かくれるのか?」
「私が持っているものだったらなんでもあげるよ」
ザンバラな髪を5か所くらい髪ゴムで括られ、間抜けな格好をした彼女が笑う。

「欲しいものねえ……」
急に言われても思いつかない。
というか、彼女が持っているものなんてたかがしれているだろうに。
「はあ、君が持っていそうなもので欲しいものはないな」
「じゃあ無理だよ」
彼女は唇をタコのようにとがらせる。
夏油はため息をまたついた。
今日だけで何回ため息をついただろうか。

拝啓あの日の私、早々にこのクソニートを見捨てて帰ってくれ。
そんなことを思いながら夏油は遠くを見つめる。



空気を読んだのか、パタパタと奈々子が立ち上がり新聞紙を持ってくる。
「ねーねーこれわかる?」

奈々子が持ってきた新聞紙の下側にパズルのような問題が一問載っていた。
今週までに答えを書いて応募をすると抽選で賞金が出る!なんて書いてある。
それと上側に相当難易度が高く有名大学生の正答率も低いことが書かれているのを見て夏油にもさすがに無理だと思った。
大学生にもわからないものが高専中退の夏油に解ける気がしなかった。
「えー?考えてみるけどわからないかもしれないよ」
夏油は困ったように言うが、すっと奈々子は新聞紙を彼女に見せだした。
いや、余計に無理だろう。
こいつは万年赤点女だと言いたい。

「んー、無理」
ほら見たことか。

「これは解なし、矛盾してる箇所があるから新聞社に問題間違ってますって電話してたらワンチャン賞金もらえるかもよ」
「本当?」
「お金もらえたら夏油様喜ぶ―?」
「さあね、二人からもらったらなんでも嬉しいんじゃない」
やったねー!と喜ぶ双子をよそに夏油は驚いて新聞紙を彼女から奪ってよく見る。
いや、こんなのわかるわけがない。
だって、回答にかかる時間平均25分とか書かれているんだぞ?と唖然として彼女を見る。

「……は?」
「夏油様どうしたの?」
「夏油様電話しないの?」
心配するようにこちらを見上げる双子の頭を撫で、彼女を見るとへらついた顔で舌をびっと出した。
この女わからないから嘘ついたなとキレそうになったが、心を落ち着かせ双子にはお金のことは気にしなくていいと諭した。
そっかーと納得したように見えたので安心する。



笑う彼女の晩御飯のカレーにはお仕置きのつもりで唐辛子を大量に仕込んだ。
彼女は文句を言わずにべそべそと泣きながら食べていた。
双子に影響が悪いこのニートを早めにどうにかしたいところだが、出したものはすべて平らげるところだけは認めようと思う。


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