僕らの世界

彼女は歩けなかった。


何やら楽しげに歌を歌ったり、独り言をつぶやき
ながら床を這いずる姿を見て、彼は果たして
自分は歩くことが先だったのか、喋ることが先だったのか
そんなコトを考えていた。

つまり人間の成長において、乳幼児が幼児へと成長する過程の
些細な変化の順序。

一生辿り着くことのない答への問を抱きながら、
這いずる彼女の行く手を阻んだ。




また……



不意の視界の上下に酔うように彼女は笑い声を上げた。


美しい芝の張った庭で植木の手入れをする庭師は思った。
あの娘は病気なんだと。

ホールの大理石に研磨をかけるメイドは思った。
あの男は献身的なのだと。



「今日は何をしてたの?」

「つまらねェ仕事だ、お前には関係ねェ」

「私はね、」

「聞いてねェ」


彼女の両手を持ち、震える脚を膝で支えながら
一歩、また一歩...その脚で歩けるように、ただそれだけを

「ドフィ?」

「あァ?」

「私、上手になったでしょ」

「さァな、支え無しじゃ歩けねーだろ、フッフッフ」


屋敷の壁の陰りの切れ目、夕日を浴びる彼女の髪は
赤く燃えるように映えた。

少しチクりと感じるその芝を踏みしめながら、
ひたすら彼が後ろに進む、その方向へと歩く。


「ドフィ、今日ね」

「あァ」

「1人で歩けた」



自身のコントロール下に無い視界の上昇を感じながら
彼はけばけばしい水色に沈んで行った。

背後に感じる水の冷たさ、腕で包んだ彼女の温かさ、
彼女の笑顔に酔うように、その背後に遠のいて行く赤い空を仰ぎ見て

沈んで行った。







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