The San Diego

「かゆい・・・。」

車を走らせてから、何度となくフィオナはゾロにそう訴えかけた。
最初は気にしたそぶりも見せるもしだいに言葉を返すこともなく
ゾロはじっと前を見つめていた。

夕日がすっかり太平洋に沈みきったというのに

「かゆーい。」

フィオナの脚をかきむしる音は止まなかった。

ゾロはフリーウェイから車を下道に移動させ、街中のダイナーの前に車を停めた。
夕飯時だというのに、おそらく従業員のものであろう車しか停まっておらず、なかなか
流行っていない雰囲気がうかがい知れた。

「クスリ買ってこいよ、ほら100ドルやっから。」
「いいの!?」
「そのクスリじゃねーよ!バカ!かゆみ止めとか虫刺されとか・・・なんでもいいからよ!」

幸いにもこの一帯は田舎のようで、ドラッグディーラーがうろついている
気配はなかった。
フィオナは100ドル札を握り締め、その街を見渡し
道路向かいにあるスーパーマーケットへ、ヨタヨタと歩き出した。

その背中を見送り、ゾロは大きなため息をついてダイナーへと入って行った。

カランカラン・・・。

来客を告げるベルの音色にも動じず、店のカウンターの中でふんぞり返る
その男に嫌悪感を覚え、ゾロはわざとらしく彼の視界に入る位置のカウンター席を陣取った。

客が視界に入ろうとも、渦を巻く妙な形の眉を動かさずに
店員であろうその男は天井からつるされたテレビをぼんやりと眺めていた。

「米ねえのか、米。」
「ねえよ。」
「・・・名物はなんだ。」
「チキンスープ、ケサディア、フィッシュタコ・・・」
「それ全部。」
「・・・あいよ。」

コックは重たい腰を上げ、店の奥へと姿を消した。

ゾロはカウンターに上り、彼が見ていたテレビ画面を自分の方に向けなおし
また席についた。

「チャンネル変えんなよ、ドラマが始まるんだ。」
「るせー、チャンネルは客のもんだろ。黙ってメシ作ってろクソ眉毛。」
「ハナクソ入れんぞ、クソまりも。」

静かなるいがみ合いにため息をつき、ゾロはどうも効きのわるいリモコンのボタンを
押し続けた。
・・・未だ、あの発砲事件はニュースになってはいないようだった。
逃げおおせたか、それとも凶悪犯罪とは捕らえられていないのか。

無理もない、ニュースは専ら湾岸戦争の話題で持ちきりだ。
素人目でも戦力差はみえみえの多国籍軍対イラク
それでも誇り高きアメリカの英雄たちが血を流しがんばっている感を
マスコミもがんばってる感を出して報道せざるおえない。

小娘が38口径のマグナムをがんばった感でぶっ放したことなど屁でもないのだろう
あっちでは6歳の少女が多国籍軍に向かってトイレからロケットランチャーをぶっ放している。
がんばった感の話では済まないのだ。

運ばれてきた芳しい温かい料理に手を合わせ、ゾロはテレビから視線を離した。
フィオナが小さな紙袋を片手に、ダイナーに来たのはちょうどその頃だ。

「・・・っらしゃいませぇー!彼女なんにする?オレの料理はなんでも美味しいよ〜
ステーキ?このあたりの海でとれた魚のソテーとか、なんでも作るよ〜。」

フィオナを目にしたコックは急に色鮮やかに輝きだし、そのカウンターは彼のステージのようにすら思えた。
フィオナもゾロも思わずビクリと止まり、その姿に唖然とした。

「わたしは、いらない。食欲ないから。」
「じゃあ、あっさりめのスープ作ってくるよぉ〜そんなスリムなのにダイエットかい?
フフ・・・アハハハハ☆」

コックは想像以上に華麗なターンをしながら、店の奥へと消えていった。

「あったか?」
「かゆみ止め、買ってきた。」
「そっか・・・ほい。」

ゾロはバキバキに砕いたタコを口に運びながら、フィオナに手のひらを差し出した。

「釣り!出せほら。」
「ないよ。」
「はぁ?」
「薬、いっぱい買ったからさ・・・アハハ。」

どうも言動が今まで以上に定まらないフィオナを見やり、
ゾロは急いで食事をかき込んだ。

重たげにカウンターのスツールに寄りかかったフィオナは、うつむいたまま
時々不可解な笑い声を上げていた。

「かゆいんだ、脚・・・。なんか、虫がさあ
肌の下を走り回ってるみたいでさ・・・。」

「バカが・・・そりゃ禁断症状だ。」

店の奥から鼻の穴を膨らませて戻ってきたコックは、ゾロの隣に座るフィオナを見て
何やら表情を青ざめさせた。

「は・・・連れ?このマリモ・・・キミの連れなの?」
「薬全部、塗ったのにかゆいんだ・・・どうなってんの。」

受け答えになっていないフィオナの言葉を聞く間でもなく、コックはカウンターのテーブルにのめり込み
大粒の涙を流した。その隙間から、神は不平等だ・・・彼女が欲しい等という呪文のような
低い声が延々と聞こえてきた。

いそいそとスープを飲み干したゾロは、コックにお構いなく
雑に20ドル札をテーブルにおいて店を出た。

「もうすぐマイアミ?また海に入れる?」
「あのな、マイアミってのは遠いんだ。」
「どのくらい?」
「・・・さあ、そりゃわかんね。でもあと5日はかかるし、寄るところあるしよ・・・。」
「寄るところって?」
「まずはサンディエゴだ、そこでお前の薬を抜く。完全にな。」

もう闇に包まれた街に響く、安っぽいエンジンの音にさえぎられ
フィオナの小さな小言が聞こえなかった。

サンディエゴまでは1時間の距離、ゾロの頭に浮かんだ不安は
目的地で待ち受けるその人が、果たして夜分の訪問を受け入れるかどうかだった。
だが、最終目的地のマイアミに辿り着くまでに迷っている時間などはなかった。


やがて町並みがだんだんと都会めいてきた。
光が漂うハーバーの近くにたたずむ豪邸の前で、ゾロは車を停めた。
大きな仰々しい門が立ちふさがり、門番も立っている。
さすがに横付けになったバンに門番たちが警戒の目を向けるのも無理は無い。

ゾロはエンジンをかけたまま車から降りると、助手席からフィオナを引っ張り出し
門の前までずかずかと歩いた。

「何者だ。」
「ジンベイのとこから来たんだ、エロババアいるか?」
「・・・ここで待て。」


4人の門番がいた。
ゾロをしのぐほどに背が高く、隆々と筋肉を蓄えた、たくましい腕が
その服の上からでもよくわかる。
化粧をしていなければ、その者たちが女性であることは分からなかっただろう。

ダイナーからずっと、震えの止まらないフィオナの姿はあからさまな不審者で
ついには自分で立っていることすらままならず、その場に座り込んだ。

数分の後、重苦しい門が開かれた。
促されるがまま、ゾロもフィオナと共に監獄に戻される囚人のように
背中を小突かれ、豪邸へと入って行った。




「男子禁制という言葉の意味がわからぬか、小僧が。」

豪邸の奥の執務室、趣味の悪い大きなチェアに鎮座するその人は
不機嫌そうな表情を露に、ゾロに声を張り上げた。

[ 7/43 ]

[*prev] [next#]
[もくじ]
[しおりを挟む]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -