The Los Angels




やがて、背後の空が深い紫色に染まり
夜明けを知らせていた。

4時間の長いドライブの最中も、しきりに身体を揺らし
定まらない焦点を景色のあちらこちらに飛ばしながら
フィオナは初めてのカリフォルニアを見ていた。。

「・・・切れたか。」
「ねえ、ちょっと車止めてよ。」
「だめだ、あとちょいで着く。水でもなんでもそこで買え。
薬、抜きたいんだろ?」
「そうなんだ、そうなんだけど。」

フィオナはぐっと両手を脚の下に挟み込み
ゾロの顔を見たかと思うと、首を回して後部座席を見つめた。

「ゾロ・・・あの荷物って・・・。」
「あァ?」

期待の込められたような顔で、フィオナはゾロを見つめ続けた。
その様子をチラリと覗くと、また前を向き直し、ため息を漏らした。

「ありゃ薬じゃねーぞ。触るなよ。」

その一言に、フィオナは落胆の色を悟られないように
唇をきゅっと噛んで、無理に笑顔を浮かべた。

その反応に、ゾロは彼女の中毒の度合いが思った以上に深刻で
これ以上連れ回すことへの危険を感じた。

ヴェガスとは全く異なる、大都会のビルの間をすり抜け
二人はやがて浜辺の見える道路まで来ていた。

早朝にも関わらず、昨夜から騒ぎ通しの若者の群れが
未だビーチに座り込みパーティーの終わりを惜しんでいる姿が見られた。

西海岸に沈む夕日を堪能するために建てられた豪邸がいくつも立ち並び、
その隙間から見える静かな海がフィオナの興味をそそった。

「あれ、海?」
「おう、あたりまえだろ。」
「へー・・・初めて見た。」
「・・・はぁ?」

「ヴェガスから出たことないから。」

22にもなる女が海を見たことがないとは・・・
特段それ以上のことを聞く気にはなれなかった。

ゾロは頬杖をつくように窓にもたれかかり、少し車のスピードをゆるめた。

住宅街でも一層目を引く一軒の道路脇に車を止めた。
何故その家が目を引くか
豪邸と豪邸に挟まれ、広い敷地を持つものの
さして豪邸とは呼べない庶民的な家だから、である。



「・・・降りてくれ。」
「あ、はいはい。」

フィオナは長いドライブを終えてなお、辛辣な表情を浮かべたまま
その寂れた民家を見つめるゾロに促され、車を降りた。


降りたはいいものの、初めて見るその景色
その街が妙に自分にそっけなく感じる。

そんな思いを抱いたまま、フィオナは感じるがままに歩き出した。

「おい、どうすんだ。」
「・・・海、行こうと思ってさ。」
「おう、気ィつけてな。」
「ありがと、ゾロ。」

短い付き合いには似合いの、短い別れの言葉を交わし
フィオナは波の音のするほうへ、ゾロは静まり返ったその民家へと歩き出した。




押すも鳴らないドアベルに舌打ちして、だるい身体を揺らすように
ドアを叩く。

いつも通りの物騒な音にどこか安心を覚える。
ゾロは少し笑みを浮かべ、ドアの隙間から覗く銃口を手で覆った。

「番犬でも飼ったらどうだ、ジンベイ。」
「・・・ふん、何時だと思うとる。」
「朝6時だ、おはようさん。」
「ふざけおって・・・遅くなるなら連絡をよこせ。」

そのまま家に入り、二重のドアを閉め
ゾロはキッチンへ向かい、冷蔵庫からビールを2瓶取り出し
乱暴に足で戸を閉めた。


「おまえさんの家かここは・・・もっと丁寧に扱え!丁寧に!」
「いいじゃねえかよ、もう3日もあんたのせいで走りっぱなしだ・・・。」
「・・・口が減らんの。」


ドサっとソファに沈み込み、目の前に転がるように置かれたテレビの電源を入れ
いくつものチャンネルを漁った。
水のように流し込まれて行くビールに、ジンベイも呆れた顔を向けた。

リビングのビーチ側に置かれたデスクの椅子に腰掛けると、山のように積まれた
書類をいくつかに分け、書類仕事を始めた。
パラパラという紙の音の隙間、時折ゾロを見やりながら、
ジンベイはふとビーチに目をやった。

その先には、女がひとり、不自然に海を眺めたり、波打ち際をうろうろ
したりしている姿があった。
この時間、この辺のビーチに現れるのは、犬の散歩をしたり、ジョギングしたりするヒマを持て余す
老人かインテリ気取りであったが、どうも朝帰りの娘の姿というのは、
ビーチには似つかわしくなく、一層目を引いたのであろう。

「ありゃ、なんじゃ。」

「ん?ああ、フィオナか。」

「おまえさんの知り合いか?」

「ああ、バックパッカーさ。ヒッチハイクしてたんで、ロスまでってな・・・送って来てやったんだ。」

「おまえさんは仕事をなめとるんか・・・、どこで拾った?」

「ヴェガスだ。それにあいつぁ、ただのジャンキーよ。荷物は大丈夫だ、心配すんな。」

リモコンとビールで両手を塞ぎ、いまだチャンネルを漁るゾロは
見向きもせずに答えた。

また、ジンベイも興味深そうに浜辺に佇むフィオナを見つめていた。
そしてその表情を次第に青ざめさせて行った。
しまいには双眼鏡まで取り出し、うろうろと動くフィオナの姿を追っていた。

「・・・フィオナ・・・こいつぁ。」
「おいおい、覗きとはいい趣味じゃねえなあ・・・。」


ジンベイは双眼鏡をデスクに置くと、ゾロの視界を遮るように
ゾロの足が置かれたコーヒーテーブルに腰掛けた。

「で、今回の報酬でいくらになる。」
「・・・まだ8万ドルだ・・・。」
「あと、142万ドルか。ふっ!先は長いなあ、こりゃあ笑えるわい。」
「笑ってろ・・・。」

ジンベイは突然、ゾロの手に握られたリモコンを振り払い胸ぐらを掴んで
彼を持ち上げ、怒りの表情を彼に当てた。

「あの車、あの女、どういうことだか説明してくれるんじゃろうな。」
「よせよ、ジンベイ・・・。たいしたことじゃねェんだ。」
「そうは見えんが?おまえさんが朝からニュースに釘付けなんじゃ、どうせヘマやらかしたんじゃろう。ん?どうじゃ、言ってみぃ。」
「わかったから、手を離せジジイ!」



ゾロはソファに放り投げられ、ジンベイを睨みつけたままでビールを一口あおった。


「ヴェガスで荷物を受け取ったあと・・・死にかけてたから病院に運んだんだ。
そしたら、あいつ・・・ヴェガスから出たいから乗せてけって言うから。乗せて来た、それだけだ!」

「その愛の逃避行がニュースになってるかどうかが心配か?あぁ?」

「・・・フィオナがオレの銃で発砲した。」

「ほぅ・・・それで?」

「警官に発砲した。」

「そりゃまずい。」

「で、でもよ。車は処分してきたから大丈夫だ。」

「どうかのう、こりゃあ、金を貯めるまえに捕まって終わりじゃ。
残念じゃったのう。前科一犯、執行猶予無しの実刑確定じゃ。」

「ちょと待て!!!オレは被害者だろうが!撃ったのはあの女だぜ!」

「まあ良い、助けてやろう。」

ジンベイは笑みを浮かべ、デスクの椅子にずっしりと腰を降ろした。

「150万の仕事だ、やるか?」

「・・・150万?や・・・やべえのか、その仕事。」

「そりゃもう、・・・やばい!」

「ど・・・どんな仕事だ!」

「まずは、あの女を連れて来い。」

「・・・は?」

「連れて来い!」

「わーったよ!怒鳴るな!」

ゾロはふてくされた顔を浮かべたまま、テラスのガラス戸を開け、ビーチに飛び降りて行った。





それを微笑んで見送ったジンベイは、その大柄の身に似つかわしくない携帯を取り出し、押しにくそうにどこかにダイヤルし始めた。

「・・・わしじゃ、今どこにおる?・・・ほう、ヴェガスじゃなかったのか。まあいい。
おまえさんが、喉から手が出る程欲しがってるもんを見つけた。
・・・ふっふっふ、その通り。名前はフィオナと言うそうじゃな。
で?いくら出す?」


ビーチに出てフィオナの姿を探すゾロの姿を見つめながら、ジンベイは電話口に向かって穏やかな声で話続けた・・・。

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