僕の推しとペアルックデート

高専でだいたいの事のあらましを、昨夜のことを説明しろとばかりに訝しげな顔をしていた硝子に伝えれば僕の頭がおかしくなったのか訝しんで本気で「大丈夫か?」と言われた。いや、お前だって実際昨日見たでしょ?あ、日付は今日か!といえば眉間に今まで見た事のない量の皺を刻みつけた硝子に「そんなに皺つけたら戻んなくなるよもうアラサーに片足突っ込んでんだよ?」と告げれば無言でメスを握り始めて思わず笑った。そんなの持っても僕には効かないのわかってるくせに〜!
とりあえず僕が何とかするから大丈夫、とだけ言えば「学長にも報告しないつもりか」と言われてさすがに一瞬黙り込む。ま、大丈夫っしょ!なんとなくだけど、この状況がずっと続くものではないということは察している。なんたって僕の目は特別だからね。いつか彼女は元の世界に帰る、そんなことはわかっている。彼女が帰るための条件はあたりをつけていたものが外れてしまった為にまだわからないが。今この瞬間は毎日頑張っている僕へのボーナスタイムなんだと言い聞かせて、いつかくるお別れが一生来なければいいという気持ちを見ないふりして高専での用事をマッハで終わらせて、彼女の待つ僕の家へと術式を発動させてすぐに帰った。






「あ、そうだ忘れてた」


玄関にちょこんと置かれていた自分とは明らかに違う小さいサイズの靴は昨夜自分が気を失っていた彼女の足から抜いておいたものに違いなかった。その靴を何の違和感もなく履こうとした彼女に待ったをかける。きょとんとした彼女は可愛いことに間違いがないが空き部屋に置かれた例のアレの処分を忘れていた。今日は彼女のためのベッドだって買わなければならない。空き部屋をきちんと『空き部屋』に戻しておくのは必須。コンシェルジュに連絡すると当日の処分が可能とのことで依頼をし、台車をお持ちしますという連絡で電話を切った。

そんなこんなで例のぶっ壊れたテレビと洗濯機は無事我が家から消えてなくなった。



「あんなにバキバキに壊れてるとは思わなかった」

クスクス、と口元に柔らかそうな手を持っていく彼女の所作の美しさに思わず見惚れてしまう。随所に現れる彼女の育ちの良さにアニメではあんまり見れなかった光景だな、と一瞬たりとも目線を離すことができない。普段は『見えすぎて』煩わしく思うこともあるこの眼だが、彼女の全ての動きを追えるこの眼にこの時ばかりは感謝した。


「どんだけ僕が焦ったかわかってくれた?」
「ふふっ、おかしい…っ!」


気ままに歩きながら彼女の気に入りそうな服飾の店を探す。その間も会話は僅かも途切れなくて隣で彼女が笑いながら一緒に歩いていることが楽しくて仕方がない。全世界の人間に自慢して歩きたいくらいの感動だった。



「やっぱり、東京タワーなんかの建造物は私の知ってるものとは同じみたい。本当に別世界なのか疑わしいくらいだわ」
「どっちが『本当』っていう訳じゃないけど、建造物なんかはやっぱりそのままモデルにするケースが多いだろうしそうなるだろうね」
「…、あなたからすればアニメの世界なのかもしれないけど、私にとっては…、」
「うん、ごめん。そうだね。君にとっての現実は『あっち』だ。気を悪くしたなら謝るよ」


哀しそうに瞼を伏せてしまったなまえちゃん、傷つけてしまっただろうかと思わないではなかったが、自分の言葉で彼女が一喜一憂しているということに心のどこかでたまらなく快感を覚えていた。そんな感情を気づかれないように本当に申し訳なさそうなポーズはとっている。少し考えた様子を見せた末に諦めたように小さく笑って彼女は僕を見据えた。
「…気にしてないわ、ごめんなさい、いきましょ」





「なまえちゃんはどんな服好き?僕が知ってるのは結構体のラインが出る服が多かった印象だけど」
「あぁ、仕事中の服はね、仲間のうちの一人が小道具担当っていうか。今って衣服から落ちた繊維やついた土砂、足跡なんかで結構犯罪者のルートを暴きだしたりしてるのを、バレないように工作してる担当がいるの。私たちが何してたか悟は大体知ってるのよね?」
「うん、でもなまえちゃんたちは義賊みたいな感じでしょ?警察にたどられたら困るのはあっち、みたいな相手ばっかりだったと思うけど」
「そうね、でもああいう組織って警察と少なからず繋がっているし、警察とほぼ同じような技術は持ってる。だから絶対に特定されないような方法で入手した服しか着てないの。報復されたら困るでしょ?私みたいにさ。仕事で使った服は即処分だし用意されてた服をきてたから好き嫌いの問題じゃないわね」
「そうだったんだ〜なんか裏設定聞いてるみたいで僕は楽しいな」
「…裏設定……なんだか変な感じ」
「じゃあ着てみたい服とかないの?」
「う〜ん、特にないかな。あえていうならシンプルなものの方が好き。柄があるものとかは好んで着ないかも」
「僕もあんまり柄物は着ないなあ」
「そう?似合うと思うけど、アロハシャツとか、派手な服」
「アロハシャツ、ね。僕は着たことないな」
「?そうなんだ」


一瞬、青い春の大変だった任務の光景が頭を駆け抜けて懐かしくなった。ふっと笑えば隣のなまえちゃんが驚いたようにこちらを見上げている。


「どうかした?」
「…何でも、ないわ」


ふい、と視線を外されて誤魔化すようになまえちゃんはある店を指差す。「あそこ、行きましょ」知ってか知らずか僕がよく服を調達する店で趣味が合うな〜と嬉しくなった僕はなまえちゃんの不審な様子を特に追求することなくなまえちゃんをエスコートした。



「わわっ、なまえちゃんなんでも似合うね!かわいいね!次これも着てよ」
「もういいわ…疲れた」
「エーー!!嘘でしょ?まだ少ししか着てないじゃん!このワンピース絶対似合うよ!このタートルネックのノースリーブニットも着て欲しいし、これだとスキニーパンツでもタイトスカートでも合うね!」
「………悟ってやっぱり女の子だったりする?」
「へ?!僕ほど雄みのある人間いないでしょ」
「雄……」
「疲れちゃったならしょうがないね。全部家に送っといてもらお。気に入らなかったら着ないで良いし」
「?!そんなにいらない!」
「だめだめ。いろんななまえちゃんが見たいって言ったでしょ?これは僕のためだから。なまえちゃんを着せ替え人形にできる機会なんてそうそうないからね」
「着せ替え人形…」
「とりあえずそれ着ていこっか?あ、これタグ切ってもらえる?そのまま行くから。あと着たやつ全部包んで自宅に送ってもらえるかな」
「かしこまりました」


ふー!いいねいいね!楽しくなってきたね!装い新たにデート第二ラウンド開始だね!あー服が変わると違う日にデートきたみたい一度で二度美味しいってやつだ。買い物デートハマりそう…。ちょっと疲れて困った顔してるなまえちゃん、ほんと可愛い尊い好き。ていうか詐欺にひっかけてがっぽり金儲けして喜んでいたくせにやけに無欲じゃない?本当に申し訳なさそうにしている彼女の様子にアニメで描かれていない彼女の内面が垣間見えた気がしてなんだかどきまぎしてしまう。



「さ、次は化粧品?それとも下着?あ、お腹すいた?ごはんにする?」
「ごはん……」
「おっけー!何食べたい?やっぱり日本に来たんだし和食?それとも寿司?」
「私ラーメンが食べたい」
「ラーメン??!!!」
「?日本といえばラーメンでしょ?」
「…マジ?」
「美味しいラーメン屋さんにつれてって
「はい可愛い!ファンサありがとうございます」



あ゛ーーーーーなまえちゃん可愛すぎだろ意味わかんない!!!!!!僕を殺す気か!!!!
日本で初めて食べたいものが回らない寿司でも割烹料理でもなくラーメン屋?!?!男子高校生か!!!!!かんわんい!!!!!


とりあえず評価の高そうな近くのラーメン屋を高速で調べた。うちの一件に先日生徒が美味しかったよ!と写真を見せてきた店があったのでそちらに行くことに決め、なまえちゃんに写真を見せればキラキラと嬉しそうな顔を見せたので思わず鼻を押さえた。大丈夫、出てない。大丈夫大丈夫。

「美味しそう…私ラーメン食べてみたかったのよね」
「エッ食べたことないの?」
「うんだからうれしい」
「ウッ…なまえちゃん、笑ってくれるのはすごい嬉しいんだけど、僕今日中に死ぬかもしれない…いい?」
「死なない死なない」
「アレ?なんか慣れてきてる?なんかあしらわれてる気がする気のせいかな?」
「気のせい気のせい」


ふふふ、と笑いながら歩くなまえちゃんは可愛すぎてまるで後光が差しているような尊さで、思わず拝んでしまいそうだった。


地図アプリが指す場所を大体覚えて歩いていけば、よくある路地裏にその店は位置していて、有名店なのだろう、場所が場所なのに少しだけ列ができていた。
「並ぶみたいだけど、どうする?」
「いい匂い…。問題ない、並ぶわ!」
興奮気味に列の最後尾に並んだなまえちゃんに倣って隣に並ぶ。店内をじーと見つめているなまえちゃんの顔はワクワクと擬音が聞こえてきそうなほど楽しみにしていてこちらまで楽しくなってくる。
こんなふうに誰かと買い物したり、ご飯を食べるために面倒な列に並ぶなんてことがこんなに楽しい事だというのを初めて知った。隣に立つ女性が笑うとこちらまで幸せな気分を味わうことができるなんて、思ってもみなかった。今までの人生、少し損してたような、そしてこんな僕をそんなふうに思わせるなまえちゃんの存在にもはや畏怖さえ感じる。


「?どうしたの?」
「いいや、どうして君はそんなに魅力的なんだろうって考えてた」
「……っ急に、そういうことを言うのはやめて!」
「いんや、無理。自然に頭が考えてるから自然と口から出る。これを止められたら僕は脳が混乱して死ぬかもしれない」
「死なないってば!馬鹿!」


僕が死んだらこの世界大変なことになるんだよ?言うなればなまえちゃんがこの世界の命運を握ってるといっても過言じゃないんだよ?そこんとこもうちょっとなまえちゃんにはよくわかっといてほしいな。


その後も楽しい会話が続き、店内に案内されるのは列の割にすぐのことだった。小綺麗かつこじんまりとした店内で、カウンター席が数席と、二人がけのテーブルが4組ほど。男女比は同じくらいで、存外若い女性が多い。どうやら女性にも人気なラーメン店のようで、ここにしてよかったかな、とホッと胸を撫で下ろす。こちらに、と案内されたのは店内の一番奥の席で、手前には今時の若い女性二人組が美味しそうにラーメンを啜っていた。なまえちゃんを自然にエスコートして、席を引いて座らせ、僕も席に着こうとしたところで隣の席の女性たちからものすごい視線を送られていたので苦笑を漏らす。これだからGLGって困っちゃうよねー!今なまえちゃんとデート中だから絶対話しかけてこないでね!!と一瞥もくれることなくメニューを睨みつけるなまえちゃんを見つめる。あぁほんとに何してても可愛い…。


うんうんと悩んでいるなまえちゃんは、ようやく何を食べるのか決めたのか僕に何を食べるか聞いてくるので適当に一番最初に書いてあるメニューを読み上げた。ラーメンなんて別に興味もないので何でもいい。それよりなまえちゃんを見つめる方が僕にとっては有意義なので。
「それもおいしそうだな、って思ってたの」なんて花の綻ぶような笑顔を向けてくるなまえちゃん。はぁ…ほんとに、語彙が死んでいく……。
注文を終えて楽しそうにワクワクしているなまえちゃんを目に焼き付ける。



「今日、イベントとかあったっけ?完成度高すぎない?一緒に写真撮ってもらえるかな?まさかこんなところで推しに会えるなんて思ってなかった」
「シッ!だめだよ!レイヤーさんだって昼休憩は必要なんだから、話しかけちゃ!……向かいの男性のコス何かわかる?人外レベルにイケメンなことしかわかんないんだけどめちゃくちゃマイナーなキャラ?」
「わっかんない…とりあえずなまえがリアルなまえすぎて直視できない……神レイヤーさん……有名な人かな?でもこんだけ似てたら絶対バズってるよね?」


チラチラ、ひそひそ。聞こえてないと思ってるかもしれないけど僕には全部聞こえてる。どうやら隣の女性たちはGLGの僕を見てたわけじゃなくて、あのアニメのファンらしい。コスプレイヤーだと思い込んでるなまえちゃんを見てほう…とため息を漏らしている。同担拒否過激派の僕だけど、彼女たちが女の子だからかもしれないが、なまえちゃんを推しといっていてもなんだか許せた。なぜか彼女を褒められてる彼氏の気分になったみたいでにやけそうになる。そうでしょうそうでしょう。僕のなまえちゃん可愛いでしょう?なんて思っていればどうやら隣の席の会話が彼女にも聞こえていたらしい。表情は貼り付けたような綺麗な微笑みを湛えているけれども、おしぼりを握る手にはわずかに力が入っているのか、かたかた、と震えていた。
こんなところで彼女の気分を害されるとは思っていなくて、僕の言葉で傷つくのは良くても、他人からの言葉で彼女が心を動かされるのが許せない。さっきは推し発言を許容できたが、やっぱり僕以外の彼女を推す人間はいらないなと認識を改めた。隣の女性たちには撮影は許可できないよ、という気持ちを込めてしー、と人差し指を口元に添えれば顔を真っ赤に染め、急いでラーメンを食べてぺこぺこ申し訳なさそうにしながらそそくさと退店して行った。


「……気を遣わせたかしら、」
「さあ?ランチタイム終わっただけじゃない?」
「………悟って、優しいのね」
「僕が優しいんだとしたらそれは君だからだよ」


目を丸くして驚いている彼女と僕の前に湯気が濛々と立ち上がるラーメンが運ばれてきた。ついにやってきたラーメンにハッとした彼女は待ってました!と割り箸を上手に割った。そんななまえちゃんにフォークお願いしなくていいの?と聞けば「いつかラーメン食べたくてオハシの練習したから大丈夫」と言ってぎこちなく食べ始めた。努力家なのは知ってるけどそこまで努力しちゃうの??可愛すぎない??結局うまく食べれなくて恥ずかしそうにレンゲに麺乗せて食べてた。可愛すぎかよ。


「美味しかったあ」と満足げにするなまえちゃんとラーメン屋を出たところで、どうしたもんかな、と足を止めた。ラーメン屋にいる時からわかっていたけど近くに呪霊がいる。雑魚だしすぐ祓えるんだけど今僕の隣にはなまえちゃんがいるし、外で目を離して何かあったら僕は自殺する気しかしないのでそんなことはできない。連れて行くか…?これ以上行動を怪しまれるのもなー。高専に連絡して誰か派遣させるか?うんうん、と珍しく悩んでいれば不思議がるなまえちゃんがサッと顔を青ざめさせた。視線の先には先ほどから感知していた呪霊がものすごい勢いでこちらに向かってきている。明らかになまえちゃんを目標に据えたような動きだ。ガシ、と僕にしがみついたなまえちゃん、え?もしかして見えてる?


「ヒッ…な、なに…?!」
「……アレ、見えてるよね?」


慌てて彼女を横抱きにして呪霊をただの呪力だけで祓った。ぶるぶると震えながらこくりと小さく頷く彼女に思わず小さく舌打ちを漏らす。少し考えたらわかるはずだ。彼女は僕に『呪われている』。今彼女は僕の呪力を帯びてる。まさか呪霊まで認識できるとは思っていなかったが。六眼をもってしてもそれがどういう原理かはわからないが、僕の呪力を帯びてる弱いなまえちゃんが呪霊の的になるなんて考えたらわかる事だった。軽率な自分に腹が立つ。マンションは呪詛師たちの侵入を防ぐ目的等もあって結界が貼ってある。そりゃあ呪霊も寄り付かない。外に出るまで気づかなかった。

青ざめているだろう彼女に視線を移すと、眉間に深い皺は刻まれていたが先ほどまでの震えは無く、顔色も正常で拍子抜けする。あんなヤバいの初めて見たら普通の女の子は泣くと思うけど。
とりあえずいくら顔色が戻ったからと言ってこのまま買い物を続行させるのは不可能に近い。すぐに家に帰ろうともう隠しても仕方がない術式を発動させて家路についた。






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