僕の推しを呪ってしまいました

公式の供給という名のリアタイ放送が終了し半年ほどが経過した。五条は動画サイトで同じアニメを何巡も繰り返し視聴した。なんなら推しの過去編、五条風に言えば『なまえちゃん回』はもうセリフを覚えるほど見倒した。Blu-rayBOXももちろん予約したし、生まれて初めてフィギュアなるものまで購入した。アクリルケースに入れて埃のつかないよう厳重に保管されている。



「それでね、僕が1番なまえちゃんを好きになったところは18話なんだけど。これがさ、なまえちゃんの過去の話から始まるんだ。富豪の娘でまだ10代の令嬢だった彼女が初めて恋に落ちたのが売れないバンドマンだったのね。もちろん実家は許してくれなくてさ、無理矢理他の男と婚約されそうになったところを家を捨てて男を選んだ。男ももちろん彼女を愛してて苦労しながらも幸せに暮らして将来を誓い合うんだけど男は悪い奴に騙されちゃって、彼女をおいて死んじゃうんだよね。それが実家からの嫌がらせだったことに気づいたなまえちゃんはブチギレて復讐してやるって主人公たち詐欺師集団の仲間になって実家を社会的に報復してやるんだけどほら、実家がやべーところとか僕と境遇が似てるじゃない?女の子なのに環境に負けずに立ち向かっていくところに惚れちゃった。しかもこの子語学が堪能でマルチリンガルだし、ドリフトまでできちゃうんだよ?可愛くて賢くてかっこいいってしびれちゃうよね?復讐は果たせたはずなのに愛した人はそばにいなくて何度も泣いちゃうけど『あなた以上に愛せる人にこれから出会うから心配しないで』って無理矢理笑って彼の墓前で決別するシーンなんてもう僕が幸せにするよ!!!!!って言うしかないじゃん。現代ではあんなに飄々と悪人に詐欺働きかけてるのにさ、まあまあな重い過去あるなんて思わないじゃん!ギャップ萌えじゃん?!硝子もそう思うでしょ?」
「…なげーわ」
「あ、でも硝子はなまえちゃんのこと好きにならないでね。僕同担拒否だから。」
「一ミリも興味ない」



うんうん、それならいいんだ。と言いながらスマホで己の推しを見せびらかすもうんざりした表情を浮かべる硝子。あぁ、今まで理解できなかったけど推しがいる生活ってこんなに素晴らしいんだな、そうTwitterに呟こうとしてアプリを開く、と公式が衝撃のツイートをかましていた。


『2期制作決定!2015年秋放送開始!』



神はここにいた。ありがとう公式。なんならそろそろ制作会社には寄付という名の圧力をかけようか迷っていた。半年後にはまたなまえちゃんを追っかける生活が始まるのだ。なまえちゃんの新しいエピソードが見たい。なまえちゃんの新しい衣装が見たい。なまえちゃんの幸せになったところが見たいー、いや、自分が幸せにしたい、実現不可能な欲望は止まらない。



そして半年が順調に経過し、前話の冒頭である。番組が始まる金曜日の深夜2:15。この時間にはどんな任務があろうと必死で自宅に帰る五条悟の姿があった。まもなく最終回を迎えそうなアニメを生きがいに五条は生きてきた。どれだけ忙しくとも、金曜日の深夜は家で待機していたし、金曜日の深夜のために生きていると言っても過言ではないほど楽しみにしてきた。2話前の放送では『この仕事が終わったら、私、静かに暮らそうと思うの。だから今回は派手にやっちゃいましょう』と仲間と共に大きな仕事にとりかかる彼女がいた。物語は最終回に向けて大きな盛り上がりを見せている。だが五条は気づかなかった。彼女が盛大なフラグを乱立させていることを。深夜アニメをほとんど見ない五条は、この先に待ち受ける地獄を全く予想できないでいたのである。




いつも通り鮮やかで気持ちの良くなる復讐劇。成功報酬を手に入れた主人公たちの僅かな気の緩みに向けられた憎しみ。チームの中でそれに真っ先に気付いたのはなまえだった。アタッシュケースを持つ主人公に向けられる銃口、そばにいたなまえが主人公を突き飛ばし、彼女の胸に銃が食い込むのは同時だった。




「は???」



崩れ落ちるなまえ。殺しはしないことを信条に掲げていた彼らではあったが、当然悪党共を相手取るわけだから、それ相応の覚悟をもってやっていた。なんなら2期に入ってから仲間がもう1人既に死んでいたし、悔しそうに泣くなまえの姿も放送済みである。武闘派の仲間は即座に発砲した男から拳銃と体の自由を奪って動きを止める。主人公が彼女の身体を抱きとめ応急処置を施そうとするもなまえは制止する。



『みんなといれて、楽しかった、ありがと、う』



微笑む彼女の体からどんどん力が抜けていく。え?まってうそ?助かるよね?これ。え???死ぬの???なまえちゃん死んじゃうの?嘘でしょ?まって???まってこれから詐欺からは足を洗って静かなところで幸せに生活していくんじゃないの?ほんとに耐えられない受け入れられない僕が幸せにするからまって死なないでーーーー



思わぬ展開についていけなかった五条は思わず、手に持ったミネラルウォータの入ったペットボトルを握りつぶしてしまい、意図せず、呪力を飛ばしてしまった。まさかアニメの展開でここまで動揺するとは自分でも思わなかったが、呪力のコントロールを無意識に乱し、彼女の生を願ってしまった。呪いを込めて。ハッとするも、もう遅い。テレビは閃光を放ち、思わず五条は顔を顰めた。そして次の瞬間には目の前に血を流して横たわるなまえがいた。





「は??????」





目の前の情報が完結しないーーー五条はセルフ無量空処を食らっていた。


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