過保護とセクハラは紙一重

ガタン、小型の飛行船から転げ落ちるように降りてきたのは春雨にやってきた頃より一回りほど成長したなまえだった。べしゃり、と戦艦の床に這いつくばったまま動かないなまえに違和感を覚えて近づけば、小型の飛行船の中は所々血で濡れており、這いつくばったなまえの体もまた血で汚れていた。



「なまえ?!怪我か?!」
「阿伏兎おー返り血で前見えないたすけて」


どうしてそうなった。単独任務から帰ってきたなまえがべっとりと頭から血を浴びていた。阿伏兎の声が聞こえるなり助かったと言わんばかりに身体を起き上がらせる。頭から血をかぶった女の這いつくばる姿はなかなかのホラーだ。なまえが垂れてくる血を拭おうとして目元を擦りさらに顔中が血で汚れていく様を見て思わず阿伏兎は顔を顰める。ひとまず返り血ということに安心して未だ軽い体をひょい、と持ち上げてなまえの部屋の風呂場にぶち込んでやることにした。


「あとは自分でできるか?」
「ん、シャワーだけだしてくれる?どこにあるか見えない」
「おう」


シャワーのコルクを捻ってお湯が出たことを確認してなまえに手渡せばうまく掴めなかったのか吐水先が暴発し、血濡れの服がお湯を含んでペタリと薄い体に張り付いた。なまえの体からピンクの水が滴り落ちていく。「ぐぬぬ」と唸るなまえの様子にため息をついていつまでも世話のかかるやつだとなまえの掴むシャワーを引ったくって頭からお湯を被せてやった。


「わーありがと阿伏兎」
「お前さんはいつまでも世話がかかるやつだな」
「阿伏兎のシャンプー久しぶりだあきもちいい」


血液がひとまず流れ落ちたことを確認して揃えてある質の良いシャンプーを頭に塗りつけてやる。こんな女子らしいシャンプーを買うようになったか、と一瞬感慨深くなったがそういえば先日神威がなまえに日用品を分け与えていたのを思い出して何ともいえない気持ちになった。
気持ちよさそうに顔を溶けさせたなまえに仕方ねえな、と満更でもなさそうに優しくシャンプーをしてやる阿伏兎は傍からみれば子供の面倒を見る親の顔である。
一頻り血液を洗い流し終わったことを確認して「あとは自分でやれよ」とシャワーを手渡してやれば満面の笑みで「ありがと阿伏兎」となまえがいうのを聞き届けて阿伏兎は阿伏兎で満足げになまえの部屋を後にした。



「あり?阿伏兎、今なまえの部屋から出てきた?」



めんどくせーのに遭遇した、と阿伏兎はげんなりしたいのを堪えて特に表情を変えることなく「血まみれで帰ってきやがったから風呂に入れてやった」とだけ言って立ち去ろうとするも、へえ、とニヤリと笑った神威に呼び止められる。なにやら大きな荷物を持っているがどこかに行く予定じゃないのか。さっさと行っちまえよ面倒臭えな。


「お母さん業お疲れ様」
「誰がお母さんだ誰が!」
「だーって甲斐甲斐しくいつも面倒見てるだろ?」
「拾ってきた張本人がほったらかしにしてるからだろ」
「ほっといてもなんとかやるでしょあいつなら」


今までだって一人でやってきたんだし、と言う神威にたしかになまえを甲斐甲斐しく世話を焼いてしまっている自分に心当たりがないわけではない阿伏兎はポリポリと頬をかいた。


「まぁ、なんだ。今の世の中はよォ、女に気が使えねえとすぐセクハラだモラハラだ言われる時代なんだ」
「どっちかっていうと阿伏兎構いすぎてセクハラしてるってなまえに訴えられても文句言えなくない?」
「…………揚げ足取るんじゃねえよこのすっとこどっこい」
「ま、いーや俺忙しいから行くね」


俺を呼び止めたのはお前だろ、と言いたい阿伏兎だったがこれ以上面倒なことに巻き込まれるのは勘弁なのでもちろん口には出さない。すれ違う際にチラリ、と大きな荷物の中身を覗きみれば女物の服や日用品だかが入っているのが見えて人のこと言えねーじゃねえかと阿伏兎は神威がなまえの部屋にノックすらせず入っていく様子を見てから独り言ちた。




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