結局ペットの面倒見るのはママ

「いつまで這いつくばってんの?このまま殺ちゃうぞ」


少女が神威に拾われてから数ヶ月が過ぎた。
最初の頃は風呂は水で浴びるだけ、食事は他の夜兎に比べてそんなんで足りんのか?程度の最低限しか食わない、睡眠も寝て良いと言われるまで鍛錬場から離れない、等自己の管理も最低限にしかできないポンコツぶりであったが元来面倒見の良い性格なのか案外神威は少女の生活面をなにかとサポートしていた。かつ春雨の良心、阿伏兎の献身ぶりによってそんな少女の生活にも変化が及んでいた。
まず、表情が出てきた。神威による笑顔の作法を徹底的に仕込まれた少女は常にニコニコと笑顔を浮かべるようになった。春雨にやってきた当初は拙かった言葉も第七師団に所属する団員や、神威、特に阿伏兎との日々のコミュニケーションによってスムーズに会話ができるまでになった。
次に容姿。細くて不健康そうな体つきは、食欲旺盛な神威と共に連れ添われるがまま、第七師団お抱えの食堂で与えられる大量の食糧によって年齢にふさわしい程の肉付にまでは回復しつつあった。そして阿伏兎から指導される入浴時のケアによってバサバサで枝毛まみれの艶も何もない煤けた髪は一度短く切ってしまうと本来の輝きを取り戻し始めていた。可憐な花のような薄桃色は今や少女の動きに合わせて肩口でゆらゆらと揺れている。
そして最後に、戦闘能力。神威との邂逅時から驚異的な動体視力と反射神経を持ち合わせてはいたが、毎日毎日夜兎と朝から晩まで手合わせをしていればそれは凄まじいスピードで更なる成長を遂げた。それににんまりとした神威はどんどんと要求をエスカレートさせ少女は毎日血反吐を吐き散らかしながらそれに耐えていた。神威は神威でどこまでも食らい付いてこようとする少女に表情が愉悦で染まるのを隠し切れてはいなかった。


「ごふっ…」
「あーあー、こんな簡単に急所に致命傷食らってたらすぐ死ぬよ?体の使い方いつになったら覚えるんだよ」
「ヒュー、ヒュー、コロコロコロ」
「今日はもうこれ以上やってもつまんないからおしまい、医務室行っとけよ」


戦闘訓練中の神威は慈悲の心を欠片も持ち合わせていないとばかりに手酷く少女を痛めつけた。
戦闘不能になるまでオマエの弱点はここだよと教え込むかのように都度都度まだ小さな体を地面に叩きつける。
おもちゃを壊してしまった子どものように地面に這いつくばるなまえを興味なさげに一瞥して特に手を貸してやることもなく神威は鍛錬場を立ち去った。
こんなことはもはや日常茶飯事で、定期的に生存を確認しにやってくる阿伏兎や強面から想像はつかない温厚な団員である云業によってなまえはいつも医務室へ運ばれていた。


「はァ、神威の奴ァ、なーに考えてんだか」
「いいの、はやく強くなりたいし」
「死に急ぎ過ぎだァ馬鹿野郎」
「はやく体大きくならないかなあ、阿伏兎はいいなあ、おっきいからいちげきが重いね」
「はァァァ…やっぱり餓鬼の世話を神威にできるわきゃァねえわな」
「?」
「嫌なことあったら嫌だって言えよ」



なかなかお目にかかれない希少種となった同胞、行く宛もなく気付いた頃から傭兵として今まで生きてきた少女に強く当たるほど阿伏兎は冷徹ではなかった。
不思議そうな表情でこちらをじぃ、と見つめる少女の頭を軽く撫でてやればもっと撫でてとでも言うように気持ちよさそうにするので阿伏兎はこれだけ素直な餓鬼だったら面倒の見甲斐があるもんだなと心の中で独言た。


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