ドアを叩く人



「――恭弥」

その消え入りそうな声が耳に残って離れなかった。

「僕の名前を気安く呼ばないで」
「すみません…でも聞いて?僕は君のことが…」

部屋に何故か二人きり。
会話もしたくないから間合いを取っているのに、この男には全く関係無いようだ。
この距離が縮まらないように警戒する僕の手を取って、今にも消えてしまいそうな声で何度も何度も僕を呼ぶ。
切ないように、悔いるように、まるで壊れ物に触れるように、この男は僕を扱う。
それすら気に食わないし、僕は誰かに大事にされること自体、性に合わない。
そんなこと、この男だって十分すぎるほど分かっているはずなのに。

「いい加減にして。そんなの馬鹿げてる」

僕は罵った。
一歩、また一歩と距離を詰めてくるこの男から目が離せないのは、僕の方なのに。
その言葉の続きを聞いてしまったら何処までも堕ちてしまいそうで。
僕が僕ではなくなりそうで、

怖いんだ。

「大体、僕は君なんかと話だってしたくないし、声だって聞きたくないんだよ」
「それは重々承知の上で、こうして君に会いに来たんじゃないですか」
「君は勝手すぎる。うんざりだよ」
「…恭弥、僕に時間がないことくらい分かっているのでしょう?」
「知らないよ、君の事なんか」

どれだけ拒絶しても、どこまでも追い掛けてくる。
強い意志を持った瞳が僕を捕らえて離れなくて。離せなくて。
今すぐにでも掴まれた腕を振り解いて咬み殺してやりたいのに。
この男は僕の中をドンドンと叩いて入り込もうとする。
何度も何度もドアをこじ開けようとするんだ。
言の葉という鍵を使って。

だから僕は気付きたくない。
そのドアの向こう側にあるモノが何なのか知っているからこそ。

「…もう帰って。僕の前に出てこないで」
「恭弥…」

どんなに拒んでも、この男は僕に伝え続ける。
どこまでも、どんな時でも。あの言葉を口に出そうとする。
僕がどれだけ拒絶したって、きっとそれを言わない限り帰ってはくれないんだろうけれど。

「信じて…、恭弥…」

ついには壁に追いやられ、僕は反射的にトンファーを取り出した。
突きつけたそれすらをも慈しむように奪いにかかるこの男はどうかしてる。

「僕を見て?」
「嫌だ」
「僕には分かるんです。恭弥だって僕と同じだ」

奪われたトンファーは、音を立てて床に落ちた。
しまったと思う前に顎を捕らえられ、視線を逸らせない。


僕を見るな、僕を呼ぶな、僕に触るな。

これ以上僕の中に入り込まないで…。


「僕は恭弥のことが……――」


触れてくる手を払っても払っても、僕の中に入り込んでくる言の葉が心臓を叩いて煩い。



( 好きだなんて絶対に言わないで )



END
09.05.14



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bkm
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