不確かな温度

不確かな温度





ここ数週間、毎夜静かになった頃に聞こえる喧嘩声。男二人組が揃って言い争いをしているらしい。
それを聞いたのは並盛中風紀委員の副委員長・草壁だ。彼は若くして雲雀の部下であり、付き人のように働いている。勿論己から進んでだ。
その彼が聞いたと言うその喧嘩。雲雀が声を荒げる姿など見た事がなく(喧嘩基い制裁を加える姿なら分かるのだが声を荒げたりはしない)、だから少し不思議だったのだ。そんな彼の声に疑問しか抱けなかった。
居ても立っても居られず、否、雲雀の身に何かが起きているのであれば重大問題であるし、そうであるならその原因を即刻排除せねばならない。
だから、草壁は意を決して彼に聞いた。

「僕が毎晩誰と会ってるかだって?」
「ええ…、夜の見回りの際に誰かと言い争いをしているような気がしたものですから…」
「ふうん…ねえ、何と勘違いしてるのかな」
「委員長の身に何か起こっているのでしたら…と思っただけでして…何も無いならそれでいいんです」
「そう、僕への心配なんて要らない。余計な事しないで」
「すいません…」
「見回り、今日はしなくていいよ。僕がやるから」
「…わかりました」

一瞬にして凍り付いた応接室。
雲雀の拠点でもあるその部屋の入室を予め許可しているのは彼一人だ。
雲雀は、草壁には信頼を置いていた。唯一頼りにしてもいいと思える存在。良い部下だった。
見回り中であろう時間に態々この場所まで足を運び、確かめたかったのだろう。
真面目な性格故に仕方ないとは言え、雲雀の物言いには何処か腑に落ちない様子ではあったけれど。
草壁により遮られた書類のチェックを再開した所で、次なる来客が現れた。現れたと言うよりは元々其処に居たのだが、どうやら草壁には見えていなかったようだ。
するりとその目の前を草壁が平然と横切ったのだから、彼に見えていない事は確実だった。

「良い部下じゃないか」

誰も居なくなったはずの部屋から聞こえる、雲雀以外の声。声質は少し似ているだろうか。
その人物が雲雀と同年代ではない事はその雰囲気で伝わるけれど。

「貴方には関係ない。口出ししないで」
「回り回って関係するんだよね、これが」
「嘘。僕の仕事は貴方は一切関係ない。これからだって関与させない。絶対に」
「そうだね、君がそう言うのは簡単だろ。それに彼に僕が見えていないのはさっき分かっただろう。僕を見えるのはあの指輪を受け取った者に限られるんだから」
「だから、それが何。貴方が誰に見えようが見えなかろうが僕には関係ないし、第一、僕は草食動物と群れ合う気も無いと言ってあるでしょ」
「君のそう言う所は嫌いじゃないよ。けどね…、」

睨み付けてくる雲雀に対し、臆する事もなく、寧ろ雲雀よりも上の立場であるような口振りをするその男。名をアラウディ。
雲雀と同じく雲の属性を持つ。その戦闘力も申し分ないし、雲雀もその点だけは少なからず認めていた。
その彼は、雲雀が仕方なく受け取ったまでに過ぎないボンゴレリングから出現するのだ。全く持って不思議なリングだった。
勝手に現れては己の好きな事をしたいだけして消えていく。それの繰り返し。毎晩、決まって現れる。
この現象を指輪の妖精とでも言えば、少しくらいは可愛く見えてくるのだろうか。
そんな馬鹿げた事を思いたくなるくらいには、雲雀にとってこの彼とのやり取りは面倒でしかなかった。

「ねえ、貴方って暇なの?」
「暇?まあ退屈凌ぎにはなるかなとは思っているけど」
「生憎僕は暇じゃなくてね。暇ならリングに戻って寝ててよ、目障り」
「今は君がリングの所持者であっても、僕の主人じゃあない。僕が君の言いつけを守る義理もない」
「…じゃあ、貴方は何が目的なの」
「目的?だから言っただろ、退屈凌ぎ。ただの暇潰しさ」

雲雀の書斎デスクの前にあるソファに座っていたのかと思えば、彼は即座に背後へとその立ち位置を変える。
それはその亡霊のような身体の特権と言うか、利点ではあるらしいけれど。
ふっと喉に回された腕、抱き締めているようでそれは全く別、殺意のこもった抱擁だ。雲雀はあっという間にアラウディによって身動きを封じられてしまっていた。

「…ッ、離れろ」
「僕は僕の好きなようにしているだけさ」
「く…っ、」
「幾ら僕だと言えどそんなに隙だらけでどうするんだ?」
「僕に説教でも始めるつもり?」
「さあ、それはどうかな」

続く会話に絞められていく首。決まって囁くのは背後から耳元へ、馬鹿にしたような笑みと共に近づいては離れていく。
アラウディの目的を雲雀は謀りかねていた。彼の行動が全て謎のまま、曖昧に隠されていた。
こうして雲雀をからかう事ばかりを繰り返す癖に、それに雲雀が乗ろうとすればあっさりと手放して彼は消える。
自分勝手で傲慢な男。雲雀はアラウディに腹が立って仕方がなかった。

「…暇ならいつだって相手になるのに」
「君も馬鹿の一つ覚えみたいに好きだな、手合わせ」
「いいや、殺し合いの間違いだよ」
「子供相手なんて御免だね、殺す価値も無い」
「僕を子供扱いするなんて貴方くらいだよ、アラウディ」
「へえ、それは意外だな」

懐から取り出したトンファーを逆手に持ち、アラウディの首を射止めにかかる。
とは言え、半透明の実体の無い身体を捕らえる事など雲雀には容易ではないのだけれど。
リングに宿る特別な力を使えば、その空気に混ざる身体も実体同様になると聞くが、彼がそれをしない辺り暇潰しでしか無いのは明白だった。

「…っ、だから、そう言う暇潰しを探してるなら別を当たりなよ…!」

しかし、雲雀は彼を捕らえられなくとも、彼は雲雀を捕らえる事が出来るのだ。
その実体が無くても、その透ける腕一つあれば雲雀の急所を突く事も可能。即ち、背後を取られている今、雲雀は負けたも同然だったのだ。

触れてくる手は何時だって冷たい。温度の無い手は冷ややかすぎて、彼が現実世界を生きている者ではないのだと突きつけられた。
だけど、それはよく言えば牽制になる。少しの高が外れても、夢幻だったのだと片付けてしまえば良いだけのこと。
言葉では簡単だが、プライドはそう許さない。
そう言う行為を一方的に受け、ましてやその相手に雲雀は触れられないなど、今でこそ自由を得た幻術使いのあの男のようで特に嫌いだった。

「…だから言ったろう、僕の暇潰しだとね。君がどう言おうと関係ない。僕の勝手だ」
「…っあ、貴方ね…!ちょっと、やだ…!」
「初々しいな。デーチモの霧とはヤった事があるだろう」
「だから、なに…!貴方には関係な…っ、」

するすると、衣服と肌の間に冷たい手を差し入れて、無造作にまさぐる。手に温度こそないものの、アラウディの手は酷く綺麗で、滑らかで。
椅子の上でジタバタと身動ぐ雲雀だが、そう簡単にこの体勢は入れ替えられそうにない。時間が経てば経つ程、雲雀の分が悪くなる一方だった。

「…関係はないね。そうだ。お前と霧のあの子との事は口を挟むつもりは無いよ。けどね――、」
「……、けど…、なに」
「…いいや、…ほら、こっちに集中しな」

言いかけた言葉は淡い炎に包まれて消えてしまった。
その代わりに現れたのは、雲雀が対等に扱える実体の彼。雲雀が掴める身体ともなれば、その腕で抱擁を交わす事も出来る。
勿論、キスだってそれ以上だって出来得るだろう。二人にするつもりがあればの話だが。

アラウディの行動もさることながら、雲雀の行動こそ思いつきの行動に過ぎなかった。
何よりもその行為に対する意味を持たない。けれど、何故かアラウディには済し崩しにそれを許してしまうのか。
その答えは解らなかったが(見つける気も無いが)、雲雀の胸が何故かチクリと痛む。出来ればこのままずっと、分からないままでいたかった。



「…貴方みたいな人でも寂しいの?」



不意に触れられた白肌の頬。温かさを宿す掌で頬を撫でながら、雲雀が振り向いた。
突拍子も無いその言葉に、流石のアラウディも手が止まる。
図星だからでは無いだろうけれど、その真意は分からない。否、分かりたくない。

「人の評価は気にしない方でね」
「…そうやっていつも貴方ははぐらかすから嫌いだ…」
「嫌いで構わないさ。…そんな感情は当に捨てたから忘れたよ」
「ふうん、…ねえ、今日は貴方の話が聞きたい」
「僕の話?」
「そう、貴方の話。話してくれたら最後まで付き合ってあげても良いよ」
「…最後まで、か。フン…違うだろ、恭弥。君がそれを僕に望んでるんだ、偶には最後までして欲しいって事だろ」
「なっ、違う!」
「まあ…最後まで出来たら話してあげなくもない、かな…」

そう言って珍しく微笑んだアラウディから、キスが降ってきた。
ちゅっと、触れるだけではあったが、確かに其処には優しさがあって心地良かった。


そうして、結局アラウディに雲雀は最後まで美味しく食べられてしまうのだが、その原因が思いの外自分にある事には気付いていない。
自分の失言がアラウディの意欲を高め、況してやそれが煽っているだけなのだから、雲雀のこの点における天然加減には甚だ呆れてしまう。
しかし、それはそれで良い退屈凌ぎを味わえそうで、アラウディの愉悦は深まるばかり。
そして二人は今宵も夜遅くまで、他愛も無い痴話喧嘩を繰り返すのだった。







アラヒバも好き。2715で。 (11.9.11)


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