寝台の言花




寝台の言花






静かな夜更け。月明かりが差し込む部屋のベッドに面影が二つ見え隠れしている。
今日も二人は揃って一つのベッドを占有しあっていた。
風が入り込むお陰か今夜は眠れるだろうか。忙しくて眠れない日々より暑さに眠れない日の方が多いこの季節、夏だというのに二人は仲睦まじく肩を並べていた。
その手にあるのは、交換したての手紙。一人はどこか柔らかな表情でそれを持ち、もう一人は折れてしまわぬようベッドサイドに座らせている。
大事そうに持つその手紙を、恭弥は何度読み返しただろう。読めば読むほど味が出る、とまではいかずとも、胸を温めてくれるその力は絶大だった。

「ねえ、これ本気?」

手中の葉書を眺める方、黒猫のような恭弥が腕に白猫を抱き締めながら問いかけた。
その腕の中で眠そうに重たい目蓋を押し上げ、ぼんやりと黒髪を見るのは白猫、アラウディ。言葉にしなくとも瞳が「眠い」と訴えてきていたが、恭弥がそれを気にかける訳もなく、今に至っている。
抱き締められて眠る行為も今日始まったことではなかった。
子供に好かれすぎているだけ、そう思えば別に苦でもなければ、嫌な気分でもない。眠い欲望には忠実なアラウディは、特に深く考えずにその腕の中で眠ろうと視界をオフにした。
しかし、抱き締める方の恭弥は何かの真相を確かめたいご様子で、その葉書をアラウディの眼前にチラつかせて眠りを妨げ続ける。その邪魔もいつものこと。
瞳を閉じたからと言ってすぐに眠りにつけることはないし、寧ろ先に寝てしまった方が色々と厄介になるので堪えるしかない。

「さあね」
「はぐらかさないでよ」
「嘘は吐いてない」
「そう言う事じゃなくて」
「お前は僕の口から何を聞きたいんだ」
「本当のこと」
「お前に嘘は吐いてない。…これでも足りないか」
「足りないね」

存外、アラウディは抱き締められることに抵抗は無いようだった。
少し子供っぽさが残る恭弥の抱き締め方は、何故かアラウディの肩の荷を下ろさせる。その理由は一つしかないのだけれど。
実際に噛み付くとまではいかないが、恭弥は目の前の白肌に噛み付きたい衝動に駆られていた。
口を割らないアラウディに対し、苛立ちを募らせる子供。だからと言って、この腕を離す事はしないくせに言うことばかり大人ぶるのは恭弥の方だった。
葉書をベッドサイドに隔離した恭弥が、拗ねた顔でそっと抱く距離を縮めてきた。
至極不満たっぷりに擦り寄ってくる姿はただの子供でしかない。そんな恭弥を見ていて、アラウディは楽しかった。
その温かい気持ちは大っぴらに見せたりはしないけれど、その腕を振り払うことも、この体を避けることもしないのはアラウディの方だった。
だからと言って、甘やかすつもりは毛頭ない。況してや抱擁以上の何かなど以ての外だ。そうは思ってはいるのだけれど、もうずっとその腕を振り払えずにいる。

「…お前は本当に誘うのが下手だな」
「貴方が空気を読めていないだけじゃない?」
「僕の所為にするつもりか」
「間違いじゃないでしょ」
「…お前が勝手に勘違いしてるだけ」
「思わせぶりな態度を見せているのは貴方の方だよ」
「大体お前が都合よく解釈してるだけじゃないか。何で僕がお前相手に色目を使わなきゃいけない? 馬鹿馬鹿しい。いいから退け、僕は寝る」

腕を軽く押しやり、恭弥の下で寝返りを打つ。
向けられたアラウディの背中、それを見せるという行為は、この世界では信頼していると告げると同じ。安心している証拠と言っても間違いではないのだろう。
眠たいと連呼するだけあり、流石にそれも嘘ではない。声色も重たい。だが、本格的に眠る様子もなければ、時折降ってくる唇に自ら同じそれで返すこともない。
恭弥は、彼の無反応で冷めた態度には慣れていた。その態度が後に豹変する様を知っているから、と言えば怒るので言わないけれど。
子供染みた態度をとり続ける恭弥をからかっているつもりのアラウディではあるが、自分がその彼にからかわれている事にも少しは着目するべきではあるのだが。
しかし彼はそれも理解っていて、受け答えをしているのだろう。好きではないが、嫌いでもないのだ。だから、この腕もこの距離も、悪くなかった。

「…退けない。貴方、本当に僕には誤魔化すのが下手だよね。下手すぎて可愛い」
「…人の話を聞け」
「貴方は僕には饒舌になる。嫌じゃない事なら余計にね」

ごろんと、肩を掴んでアラウディを再び眼前に捕え直した。今度はしっかりと取り押さえ、逃がさない。
揺れた髪によって見えた額にちゅっと口付けを落とす。やはりイタリアでの生活が長くなってきた分、仕草や行動までも変化するのだろうか。郷に入っては郷に従えとは言うが、恭弥の場合は従いすぎである。
キスの雨を浴びながら、着実に乱されていく。外されていくボタン、覗く胸板の白さはいつ見ても喉が鳴った。

「…はあ?お前、勘違いも程々にしなよ、恥ずかしい奴だな」
「期待してるくせに」
「フン、お前に期待したところで満足出来た覚えは無いね」
「随分と言ってくれるね」
「事実だろ」

ワイシャツを肌蹴られた所で手が止んだ。カチンと来たのか、瞳の色が強まる。それはアラウディ好みの強気な色。
さすさすと頬を撫でられ、指でそっと唇を封じられる。それは「キスはしない」と言うこと。しかし、白肌を滑る手は止まらない。

「…それじゃあ貴方に嘘でも吐こうかな」
「なんだ、拗ねたのか」
「煩い。貴方はもう少しあの手紙みたいに素直になったら?」
「お前が素直になったら考えてやる」
「…そう、じゃあ抱かせて」

捕えられた瞳が、ジッと睨むように注がれた。珍しくアラウディはそれから逸らせないでいる。
それは偽りのない言花。
突拍子もない誘い文句、この手が後にする行為を分かってはいたけれど、それを求める言葉は掛けたことがなかった。
だから、アラウディは驚いた。否、ここまで素直に求めてくるとは思っていなかったのだ。好きだの愛してるだの殺したいだのと言ってくると思っていただけに、拍子抜けしてしまった。

「お前な…そういうことじゃなくて」
「抱きたいんだよ、僕は貴方を。…素直になるって、こういうことでしょ」
「……これだから子供は嫌いなんだ」

恭弥の強引さには敵わない。
初めて恭弥に対し、アラウディは自らの負けを認めるような思考を抱いた。そんな事は初めてだった。そして、少しだけ温もりが深まったような気がした。それも間違いではないのだろう。
こんな時に限って普段のような上手い言葉は出てきてはくれず、代わりに視界を横へとずらした。そうする事しか出来なかったとは、出来れば認めたくはないけれど。
綺麗な手が、アラウディの顎を捕える。視界も同様。恭弥の素直な視線から逃れる術はもう、アラウディには残されていない。

「ねえ、はぐらかさないで」
「……、…僕を満足させられたらね」
「! 言ったね? 忘れないでよ、その言葉。絶対に」
「自分で言った事は守る」
「貴方のそういうところ、僕は嫌いじゃないよ」
「それはどうも」


言葉が咲かせた、綺麗な花。想いを調べに乗せている内は枯れる事はないのだろう。
そして、最後に咲くであろう花は、残すところアラウディだけとなった。
出来れば咲かせたくない様子ではあったけれど、その開花が時間の問題である事は言うまでもない――。




「手紙の中の手紙」の続きで、その夜。
それぞれの手紙の内容はご想像にお任せしますが、アラ様→恭弥の手紙の内容は多分ベタ甘なことを書いてみたんじゃないかなって思ってます。笑 (11.8.24)


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