グラマラス∞∞∞


マフィアとして仕事をこなすようになり、十年が経った。
運び屋から暗殺に至るまで、雲雀は報酬の高い仕事であれば有無を言わずに引き受けていた。若かりし頃からの腕っ節が物を言い、任務遂行率はほぼ百パーセントと言う数字を叩き、彼のクライアントからの信頼は絶大なものだった。(但し、物を壊しすぎることもままある為の「ほぼ」である。)
仕事は繁盛した。それはもう休む暇がないくらい世界中を駆け巡る日々なのだが、忙しい方が気楽だった。
住所不定は相変わらずだ。けれど、今は一人ではない分、若かったあの頃の自分と比べれば、少しは丸くなったように感じている。
それから、理解しがたかった幸せの意味も、今なら少しは分かり合えると思う。
世界は十年、年を取った。籠の鳥は世界へと飛び立った。




グラマラス∞∞∞




一日が二十四時間と決まっているけれど、碌な睡眠も取らずに明け暮れる生活が長く、時間感覚が曖昧にぼやけている。時間も曜日も関係なく仕事、仕事、仕事の毎日。詰まらないと思ったことは一度も無かった。
滞在先のホテルで受け取った大量の書類。その中に埋もれていたのは、ある取引相手から送られた招待状だった。
雲雀には慣れ親しんだ名前だった。そのクライアントから、月に一度は依頼が来る。しかも高報酬の客だ。絶対に手放せない。

「こういうの苦手なんだけどな…」

一人ごちた雲雀が、いそいそと封を切った。よく読んでいくと、来月早々に盛大なパーティーを催すことになったと書かれてある。その招待状らしい。
来賓名はどれも聞き覚えのある大物政治家や関係諸国の著名人と、何をしたいのか多種多様に招いているようだ。
何故そのような場に、雲雀の様な表舞台には立たない組織者が呼ばれたのか。況してや雲雀が群れ(集団)を嫌っている点を理解っていた上での招待か、それとも他意があるのか。結局のところ、参加しない限りその結論は見出せないのだけれど。
学生の頃から雲雀を知っているファミリーの面々は、彼をそう理解していたし、それは紛れもない事実だった。けれど、仕事となれば話は別になる。周囲が思っている以上に、十年の歳月は想像以上に彼を成長させていた。良い意味でも、悪い意味でも。


雲雀には噂される恋仲の存在が居た。悪趣味、否、それよりも更に上。そのお相手は同ファミリーに所属する男――、六道骸だと言うのだから驚きだった。
とは言え、噂上の話に過ぎないのだが、ボスを始め、幹部の守護者達は古くから知っているらしい。一度は険悪なムードになったと聞くが、それ以降二人は密かに仲を煮詰めていた。
この件はボンゴレを挙げてのトップシークレットに近い。裏社会に生きる以上、それが弱みになり兼ねない。出来うる配慮は最大限に施してきたつもりであったが、それは思いの外、無駄な労力でしかなかった。
二人が周囲の目を気にする筈もなく、至って普通に仲の良い関係を披露していた。あくまでも恋仲ではなく、仕事仲間としてではあるけれど、良き関係をひっそりと築いてきた。(周囲からどう見えているかは別として)
六道もそれなりに名を上げ、雲雀同様に遂行率も信頼度も高評価。そんな二人がペアを組んでこなす仕事ともなれば必然的に危険度の高いものばかりになる。しかし、その分の報酬は割高だった。
そう、二人は互いの利害が一致したのだ。高報酬であることは、依頼を受けるか否かの決断に大きく左右する。あとは戦闘が出来るかどうかくらいだろうか。
そうした経緯の元、二人がペアを組むようになり数年、解消することもなく今までやり通してきた。きっとこれからもずっと。
しかし、長年行動を共にしているが、このような招待状が届いたのは初めてのことだった。
何故ファミリーのボス宛では無く、一ヒットマンでしかない雲雀が招待されたのか。それには何かしらの裏があるとしか思えなかった。態々ご丁寧に「同伴者は一名まで」と誘い文句も添えられているのも怪しい。
だがしかし、危険な香りがする程、愉悦が深まると言うものだ。楽しみも大きい。
それはヒットマンにとって最高の隠し味。二人に行かないと言う選択肢など無かった。

「…行ってみましょうか。罠かもしれませんが」
「売られた喧嘩は買うまでだよ。ふふ、楽しみだな――。」






そして――、パーティー当日。


招待状に記載されていた指示通り、二人はドレスコード姿で会場で落ち合うことにしていた。
雲雀との待ち合わせはパーティーが始まってから三十分後。しかし、割と用心深い骸は開始前に到着し、招待客を観察する仕事を率先して担う。それもいつものこと。待つことは苦ではないし(よく雲雀を待つお陰)、こういう華やかなシーンも嫌いではなかった。だからと言って好きでもなかったけれど。

「失礼…、」

一言添えてボーイが運ぶシャンパングラスを受け取る。程よく炭酸が弾ける音も、このざわめいた場内ではただの泡でしかない。
如何せん、外部のパーティーは初めてに近い。ボンゴレのパーティーはそれとなく抜け出してやり過ごしていたお陰で、妙に緊張する。それに、招待の真意も探らねばならないのだ。岐路に着くまでは気が抜けない。
広々とした会場内だ。高い天井には巨大なシャンデリアが煌いている。こんなだだっ広い部屋で奇襲をされたらひとたまりもないだろうに、何を考えているのだろう。
入口は一つ。天窓が部屋を分断するように走っている。いざという時のことを考えて、脱出ルートは把握しておかねば命取りだ。警備の数も充分、何よりもこのホテルは骸の知り合いが経営をしている分、多少なり安心をプラスしてくれる。

「遅いですね――……!」

相棒でもある彼の登場が遅いなと、ちらりと確認した腕時計は約束の時間をとうに過ぎていた。その身を案じたとほぼ同時に照明が突然落とされた。
騒がしかった場内にどよめきが加わり、そして辺りは静寂に包まれる。一つの物音もしない。
どうやら焦らし続けていた主賓が漸く登場するようだ。待ち侘びた来客達の歓声と拍手が沸き起こる。黄色い声も時折混じる中、壇上に現れたのは、二人を招待してきたクライアントだった。

流石の賑わいに、骸は思わずたたらを踏んだ。直感的に、この場は自分が居て良い場所ではないと察知したからだ。幾らクライアントの招待とは言え、此処に居る者達とは生きる世界が違いすぎる。

「恭弥さえ来てくれれば…」

逃げるように骸は人が集まる会場前方とは反対側、入り口近くの壁に寄り掛かり、雲雀の登場を待つことにした。時折、若いレディー達から声を掛けられる事もあったが、それにはお決まりの作り笑いで受け流す。
待ち合わせ時刻は彼からの申し出だった。自分から言っておきながら遅刻はしないだろうが、これだけの混みようだ。群れ嫌いの雲雀がいそいそと現れる様子は余り浮かんでこない。仕事上の付き合いなので参加を拒みはしていなかったが、好んではいないだろう。
このまま来ないのではないかと、そんな疑念が浮かび上がる。
それはそれで致し方ない。代わりに愛すべき自宅へと帰った時に、それなりのことで返してもらえばいいだけのこと。寧ろ、骸にとってはその方が好都合だったことは言うまでもないのだが。
場違いな場所で待つと言う事は、余りにも手持ち無沙汰すぎて退屈だった。考える事は接触を試みてくる筈の輩がどのような者であるか。それと彼の綺麗な――、


「………ッ、」

思考を遮られるほど、骸はとある人物に目を引かれた。
ゆっくりとした足取りで入場してくる黒スーツの男が居た。身長は高くはないようだが、すらりとした印象を受ける。目的の誰かが居るようで、その視線は鋭い。

「もしかして…」

酷く見慣れた横顔だった。だが、どうしてか違和感を拭えない。
取引相手なら顔は覚えている。仕草も口調も些細な癖だって忘れない。誰だろうと、その名の結論を出す前に骸はその彼の方へと歩み寄っていた。途中、ボーイから新しいシャンパングラスを貰うことも忘れない。


「…やっぱり…恭弥でしたか」
「遅い」
「…これをどうぞ。今日は珍しいこと続きですね」
「何が? それより、こんな数の客がいるだなんて聞いてないよ」
「おやおや、君ともあろう人が来賓リストを見て想像つかなかったのですか?」
「興味ないし。…それで、例のは…見つかったの?」
「いいえ、まだ何も…」
「ふうん…ならいいよ。立食か…嫌いなんだよね、僕…」

受け取ったグラスは手の飾り。前方ステージから離れた奥のテーブルへと場所を移し、二人は政治家の話を遠くに聞いていた。
飲み物はおろか、食事にも手は出さない。このような立食形式は特に気をつけなければならない。何かを盛るにはもってこいのスタンスだ。こういうパーティーには良いのだろうが、ヒットマンとしてはいけ好かない。

「食事は?」
「済ませてきた」
「そうですか、僕もなので丁度良かったです」

二人は揃って立ち、周囲に気を配る。
接触を試みるなら今しかないだろう。会場客の視線はステージへと熱く向けられたままだ。
その中で、来客以上に熱視線を送る男が雲雀の横に居た。骸だ。雲雀の脇を捕え、こっそりと進路を阻みつつ、注がれる視線は雲雀の頭上。否、彼の髪型へだった。

「……なに、ジロジロ見て」
「いえ、珍しいなと思いまして」
「何が?」
「髪型ですよ、今日の」
「ああ…、別に……。ドレスコードだって言うから」
「君にもそんな洒落っ気があったなんて知りませんでしたよ」
「…馬鹿にしてるなら今すぐ咬み殺そうか」

骸が珍しがることも無理はない。普段から前髪で隠された額が見事に露になっていたのだ。
前髪は横から横へと流すようにして落ち着かせたヘアスタイル。隠れがちだった眉毛もはっきりとした瞳も、今はその全貌を包み隠さずに明かしている。
よく見ればスーツも仕事用ではないらしく、薄くストライプの入ったタイプで彼によく似合っている。
十年、共に仕事をこなしてきた骸ではあったが、彼のこのパーティースタイルを見たのは初めてで、それはもう目が離せなかった。
見慣れないせいか、それともいつもと様子が違うせいか、骸は目の前の彼が可愛くて仕方がなかった。表情を引き締めていてもいつの間にか緩みそうになる口元は、グラスに口付けることで誤魔化してその場をやり過ごす。そうでもしなければたかが外れてしまいそうで、お預けは辛いだけだ。

「……可愛すぎるんですよ、恭弥は…」
「…酔っ払ってるなら帰りなよ、仕事の邪魔だ」
「生憎僕は酔った事がなくて」
「…じゃあ何が言いたい訳」
「これが無事に済んだらですけど、偶にはサボりましょうよ。此処のスイートでね」
「は?」
「このホテルの上役と僕は知り合いでして」
「…僕は君と遊ぶ為に来たんじゃなくて、仕事をしに来たんだけど」
「この様子じゃ何も起きませんよ、何も」
「終わらない限り、それには頷けないね」
「それはそうですけど…。幾らクライアントからの招待でもあの様子じゃ僕らは見えてないですよ、きっと」
「…一応、建物周辺一帯、見てきたよ。不審物も不審車両も特に無かった」
「君は深く考えすぎですよ、僕らはこのパーティーであの彼に拍手を送る機械の一つに過ぎないんですから」
「……、」
「それに宿泊代は僕が奢りますし、こんな安物のシャンパンではなくてもっと良い酒を用意させますよ。それにこのままいけば明日は久々の休暇じゃないですか」
「………、」
「抜け出しちゃいましょう。この分じゃ招待も他意も無いですし、あの演説が終わる前に消えた方が無難でしょう」
「……、今日のここまで来た分の報酬は君から貰うから」
「クフフ、ではその分は体で返すということで……――。」


万が一、パーティー内で接触があり、仕事が長引く可能性を考慮していた事が間違いだった。雲雀が後悔しても既に遅いのだけれど。
明日は二人揃ってオフになりかけている。このままでは成すがまま、彼にされるがままふしだらに堕落的な休日を過ごす羽目になるのだろう。
そんな可能性が見え始めたことに、雲雀は諦めざるを得ない。仕方ないと肩の力を抜いた所で別の期待が湧き始める。それは仕事の関係ではなく、噂の関係の特別な想い――。

終わらない演説を待つくらいなら、火種が燻る誘惑に身を委ねてしまった方が良い気がしていた。
それは骸だけではなく、雲雀自身もそうだった。人混みの中で来るかも分からずに待ちぼうけを喰らうくらいなら、違うお預けを味わう方が楽しめそうで、喉が鳴る。
最早、別のことで頭がいっぱいになっていた二人に、もう他者の声など届かない。
遠回りで始まったパーティーはゆっくりと二人を包み込み、そして、二人は静かに会場から姿を消したのだった。





前髪をね、七三っぽくした恭弥に萌えすぎて!!お仕事でこういうパーティーにはちょっとおめかししちゃう25恭弥が可愛くて堪りません…。本人はそんなつもりはないんだけどね!笑
タイトルの「∞∞∞」は「エンドレス」と読んで貰えれば…。 (11.8.23)


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