魔法のはさみ。


「希望はありますか?」

鎮座し落ち着かない様子の雲雀の肩に手を乗せ、鏡越しに様子を窺う。

「…、」

ふいっと逸らされる視線、照れ屋、否、素直でない点には気付いてはいたけれど、確認を怠っては後に文句の牙が振りかかりかねない。逸らされた視線は頬を包むようにして正面に向き直し、再び視線を絡み合わせた。
黒髪は自前なのだろう。固そうに見える髪質も近くから見れば割と細糸で、指通りがしなやかだ。心地良い。頭を撫でるような手つきは止めず、骸は返答を待つ中で、どんな髪型が似合うだろうかと思案するのが楽しくてしょうがなかった。

「短い方が好みですよね?前髪は…あった方がいいですね。目がはっきりしてますから、前髪をなくすとちょっとキツい印象になってしまうから…止めておきましょう」
「……あ…うん、短ければ別に…」

掌が額を覆い、前髪を上げられる。骸は至って悪意も他意もなく、その瞳は真剣な色が宿っている。お客を持て成す職人の顔、仕事をする大人の顔をしていて、偶に出かける先で見る雰囲気とは打って変わり、何故か目を引かれる。
少し広いおでこをぺちっと叩かれて意識を戻された。元に位置に戻された前髪は鼻にかかるくらいに伸びているが、少しくらい短めにしても似合うのではないだろうか。

「ああ、お茶でも持ってこさせましょう。珈琲もありますが」
「…じゃあ、珈琲」
「お砂糖もつけますね」
「子ども扱いしないで!」
「冗談ですよ、ほら前を向いて」
「……、いつも混んでるの?」
「? そうですね、お陰様で」
「そう…(だから休みも少ないのかな)」
「髪型、希望がないようでしたら僕好みにしてしまっても?」
「…ん、変なのにはしないでね」

ぽんぽんと撫でる事で返事に変える。
それから話が終わるのを待っていたらしいアシスタントが、丁寧に運んできた珈琲は手前のテーブルへと置かれ、雲雀のヘアカットへの下準備は着実に進んでいった。


やんちゃと聞いていた割には、来店してからと言うものの随分と大人しい。骸はそのギャップが可愛くて堪らないのだが、それは自分だけの秘密。
読書をするには好みではない本ばかりだったようで雲雀はコーヒーカップ以外には手をつけず、手持ち無沙汰に瞳を閉じて終わるのを待つことにした様子を見せる。時折、ちらりと薄く目蓋を上げ、鏡越しに確認する様は子どもっぽく初々しい。
変な髪型にはしませんよ、と冗談混じりにウインクをした。するとどうだろう。やけに素直に頬を紅くする雲雀が、骸の目の前に居たのだ。

「――ッ!」

余りの可愛さに骸は動揺を隠せず、手にしていた鋏まで余計に動かしてしまいそうなほどの衝撃。否、悶え。
可愛さに震えるという事をまさかこんな所で味わえるとは思ってもいなかった。出来ればこの後に考えていたデートでその様子は見たかったなどと、そんな文句も言ってられない。
何て可愛さなのだろう。
学校では割と名をあげた不良らしいが、嘘としか思えなかった。
こんな子が自分には少しでも心を開いてくれているのかと思うと、骸は驕りを持ってしまいそうだ。違う、もう既に手遅れに近かった。芽生え始めた恋心は胸を燻り、明るく辺りを灯す。出会えて良かった、そう心から思えるのは心が温まっている証拠。

「はっ、早く終わらせてよね…!」

それだけ言って後はもう何も見ないと決めたようで、雲雀は照れ隠しにきつく瞳を閉じてしまった。
散髪前までは耳を隠していた髪も今は消え、紅くなったそこももう隠しきれていない。くすくすと可愛いなぁと微笑みを零した骸と、大人しくする雲雀の距離はもう遠くはない。
処々の態度にまだ子どもっぽさを残す彼に、気が付けば夢中になっているのは骸の方だったのだろう。子ども相手だと自制していたつもりだが、それはもう意味を成さないし、きっと今更隠したところで雲雀にも気付かれていることだろう。

「ええ…そうだ、恭弥くん。これが終わったら僕とデートしませんか?」
「…君の奢りならね。でも忙しいんじゃないの?」
「そう…ですね、君の他にあと一人だけ…」
「ん、じゃあ終わるの待っててもいい? 髪を切ってる君は凄く楽しそうだから、見ていたい」
「……、恭弥くん、その言葉は僕以外に言わないで下さいね?」
「他の人には思わないよ。髪だって…君だから態々切りに来たくらいだしね」
「……君には完敗です…」

散髪し終えたふわふわの黒髪に鼻先を埋めた骸が、そっと肩を抱く。悪びれた様子もなく言ってのける辺り、雲雀の想う言葉の強さは大きい。
周囲の一目も気にせずに抱き締めている骸と、客である雲雀の二人。それは傍から見ればじゃれあっているだけのようにも見えるが、当人達にはもっと別の感情が篭もった抱擁。
二人が幸せを噛み締めた抱擁を交わすのは、きっともうすぐ――。







魔法のはさみ。



りゆちゃんから美味しすぎるネタを頂いて書いてみました!デレヒバ要注意です…笑 りゆちゃんありがとう!!(11.8.19)


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