ふたりぐらし。2のおまけ


ふたりぐらし。2のおまけ




一人、孤島に取り残されたアラウディは酷く腹が立っていた。

「……、」

子供に投げつけられたトンファーは体に当たる寸前で捕らえ、床に投げ捨てた。木霊する金属音。無人の部屋は暗く、書斎のようになった自室へ行こうにも仕切られた孤島から旅立つ経路は断たれたまま、その現状を維持している。
さて、どうしたものか。アラウディは溜息を吐いた。子供の発想でしかないこれを踏みにじるのは容易だ。手近にあったテープで作った即興の境界線。この孤島を作り出したラインテープが匣兵器の一つとは思えなかったが、如何せん霧属性の炎も操れる輩は面倒でしかなかった。

「家事…ね、」

そう一人ごちたアラウディは、手にしていた重要書類を置いて起き上がった。次いで何をしようとしているかは言わずとも、恭弥の求めていた家事だった。
雲雀が優勢に物を語れるのも、この隠れ家に居座っている方はアラウディだったからで。だから、彼がああだこうだと文句をぶつけてくる事も理解出来なくもない。
でも、と、行動を鈍らせるのは揺るぎないプライド。と言うよりはこの二十数年の生活基盤に“家事”と言う物が始めから存在していない所為ではあるのだけれど。
珍しくプライドが揺れた。仕事上、どんな事があっても一振りも揺らいだことのないそれが、ちくりと疼く。

雲雀が若い頃からアラウディは彼の側に居た。家庭教師とまではいかずとも将来を見据え、マフィアに就く為の手解きを命じられた。それはアラウディだけではなく、他のボンゴレ守護者達も同様だった。
上からの命、マフィア社会の縦列は絶対的。命を蹴ることは容易だがその代償は計り知れない。それ以上に大事にしてきた"アラウディ"と言う名には、己が思う以上の名誉がある。譲れない地位や権力がその名に懸かっているのだ。命を守らずしてマフィア職には居ざるを得なかっただけではあるのだが、やはり十年程の月日を共にすれば、少なからず雲雀に対して親心のような愛着が湧くのも無理はない。
だがしかし、それとこれとは別問題だ。何も出来ないと頭ごなしに言われて(しかもあんな子供に)虫の居所が良い訳がなかった。
やってみせようじゃないか、とアラウディが意を決して向かった先は、洗面所。基い、ユーティリティースペース。そこそこに広い雲雀の持ち家の(仕事用の隠れ家に過ぎない)間取りを覚えることにも結構苦労したことを此処へ来て思い出す。
そんなことを頭の片隅で思いながら、対面しているのは洗濯機。アラウディにとってその箱のような機械は厄介な代物でしかなかった。

「……仮住まいなんだろ、ここは…」

それ以上の文句は抑える事は出来ても、アラウディはその洗濯機に触れたまま二の手を踏んでしまった。正直に言えば、固まってしまったと言った方が当たっている。
コインランドリーには行ったことがあった。偶の戦線で血泥に汚れた衣服を洗う程度には利用したことがあり、あの形式の洗濯機なら出来ると意気込んでいたのだろう。
だがしかし、眼前にあるのはそれはもう立派な洗濯機様。幾つもボタンが有り、ましてや洗剤とやら物も種類豊富に整理されて並んであった。
此処まで来て引き下がるのは癪だった。だけどもこれを把握するにどれ程の時間が掛かるのだろうと、アラウディの不器用な戦いは果てしなく続く。




そして、数時間後。


「………、」

多分、出来た。
終了を告げる音色が鳴り響き、リビングで束の間の紅茶タイムからいそいそと舞い戻ってきたのは、格闘を始めて半日も経過した頃だった。
無事にここまで辿り着けたのは、まさに某ボスのお陰である。彼が居なければ優雅にティータイムを味わうことも出来なかったし、間違いなく苛々しか募らなかっただろう。
洗濯機様と対面して一時間ほど。使い方に困り果てたアラウディが、仕方ないと連絡を取った先はジョット。一大マフィアのボスでありながら庶民生活を好む彼ならと、連絡をこぎつけるまでは良かった。
全てが暗転したのはその後の己の判断がきっかけで。アラウディは電話口からの指示に従い、蛇口をひねっただけ。まさかその前に蛇口と繋がっていたホースが邪魔だと思って外したなど、それはもう後の祭りでしかなかった。


『なあアラウディ、凄い勢いの音がするんだが…大丈夫か?』
「? 水を出せと言ったのは君の方だろう、ジョット」
『それはそうだが…、…ホースを外せとは言ってないからな?まさかとは思うが――、』
「え…」
『お前はどうしてこうも仕事以外のことは……』
「………、」
『噂に聞くあのアラウディが洗濯も出来ないとは俺だって思わないさ』
「…それは周りの勝手な憶測に過ぎないよ。僕は一言も出来るとも出来ないとも言った覚えは無いからね。…ああもう、どうしてくれるんだい」
『まぁそう怒るな。お前の隠れ家でもあるまい。…そうなんだろう?』
「……、」
『はは、この話は今度ゆっくり聞かせてくれ。礼はそれで構わないさ。…さぁて、次の手順だが…――』


通話を着る際に、この事は隠密にと口止めはしたものの、早いところ仕事で返さないとあちこちに言いふらされ兼ねないだろう。あのジョットのことだ。もう既にG辺りには話しているに違いない。
頼んだのはアラウディの方だ。一端の弱みを見せたのも己、そうするしかなかったほど、揺れたプライドのふり幅は大きかった。
これさえ終えてしまえば、あとは自由な筈だ。思いつく家事などこれくらいしかなかったし、それを態々してあげたのだからこれ以上の文句など言わせないつもりでいる。雲雀が告げた言い分を取り違えているのは紛れもなくアラウディの方であるが、ここまで事を進めてしまっていては言い出し難いものである。
早く残り僅かの休暇を一人満喫したい。子どもの戯言に付き合ってあげたのだから、少しは休暇も伸びればいいのに等とは言ってられないけれど、ならばさっさと終えるに限る。俄然やる気が出てくるというものだ。
そう気合を入れ直したところで、出来上がった筈の洗濯物を魔法箱から取り出してみた――が、乾燥という機能は使用したけれど所々生乾きな部分もあり、これでは畳めない。
早く済ませないと放浪癖(というか予定を知らないだけである)彼奴が帰ってくるかもしれないと思うと、少しばかり気が焦る。こんな姿を雲雀には見られたくはなかった。




――らしくない。



ふと、そう思う。自分で自分を否定してしまう。
お金を積めばこれ位数分の手間で終わる事を、何故自分でしようと思ったのだろうか。何故ムキになってしまったのだろうか。それは紛れもなく恭弥という存在が大きい事は言うまでもない。
否、アラウディが例えどんな小さなことでさえ身の回りのことを他人に任せたことはないのだけれど。
恭弥がマフィアとなり、同業者として名を周囲に聞かせるようになってから、二人の容姿が似ていると言われ、何かと面倒に巻き込まれることもあった。それはお互い様だと手を空へ翳すしかなく、双方が許容するしかない。
この点で互いを利用しあい、スパイに似た行為をした事もある。最早、互いへ向けた文句は、ただの常套句の一つに過ぎなくなっていた。
早ければもうすぐ雲雀は仕事を終えて帰ってくるだろう。啖呵を切って出て行っただけあり、そう簡単には帰ってこないかもしれないが、アラウディが休暇の時は割と姿を見せているのだ。気紛れとは言うが、雲雀が喉奥に隠しているたった一言を伝えられずに、二人の言い争いは絶えなかった。

「…まずはこの水浸しをどうにかしないと…」

どうしてこうなった、と言わんばかりの洗濯機周辺は水溜まりのような物が出来ていた。それは安易にホースを外してしまった結果なのだが、それを責めても後の祭り。雲雀に見つかる前に片付けてしまえば何もなかった事に出来る。それが一番の策だった。
渋々ではあるが、雲雀に弱みを握られるよりはマシという考えから、彼の動きはロボットのように素早かった。職業病と言っても過言ではないが、一瞬の隙も与えず、見せずの日々がアラウディには染み付いているし、もう抜け出せない所まで落ちてしまっている。
普通の生活に憧れた時代もあった。懐かしく眩暈がするほどそれは若かりしき頃のたわ言。今になってはこの生活の方が安心できた。結果よければ全て良し。まさにその通りだと思いながら、アラウディは片付けに熱を入れていた。




そして、「ふたりぐらし。2」に続く。笑




洗濯機と格闘するダメアラでした。笑 (11.8.19)



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