「……どうしてここにいるかな」
校内の見回りを終えて応接室へと戻ってきた雲雀は、扉を開けた先にいた姿を見るなり苛ついたように毒づいた。
雲雀の部下である風紀委員でさえも恐れ多くて近づこうともしないこの応接室に無断で侵入し、挙げ句の果てにはすーすーと寝息を立てているディーノと呼ばれるこの男。
少し長めの金髪から垣間見える整った顔にはよく似合う爽やかな笑顔が印象的で、マフィアのボスでありながら決して強欲ではなく、平和という言葉がとてもお似合いな男だった。
ふんわりとした癖のある髪は、つい触れてしまいたくなるほどキラキラと綺麗で、思わず目を奪われる。
(…馬鹿みたい)
そんな自分に呆れて、雲雀は溜息を洩らした。
「ここはあなたの家じゃない」
スラリとした長い足と腕を組み、まるで我が家にでもいるような寛ぎ姿に、雲雀のムカツキは増す一方だった。
若くしてマフィアのボスとなったと言うこの男は、常に部下を脇に携えて忙しない日々を送っていることを、雲雀は知っていた。
並中生の一部で大騒ぎしていた例のリングが雲雀の元に届けられてからと言うもの、この男は頻繁に現れるようになった。
そのせいもあってか、聞き慣れない彼の母国の言葉を耳にすることも必然と多くなってしまった。
かなり不本意だけど、知らず知らずの内に会話を遠くから耳にしていた。
だからと言って興味もないけれど。
イタリア語を話している時の彼は、草食動物には見せない、まさにマフィアの姿そのものだった。
会話の意味を理解できなくても、その忙しさはひしひしと伝わってくる。
本部があると言うイタリアからわざわざ草食動物に会いに来るぐらいだから、意外とヒマなのかもね。
だけど、きっと疲れているのだろう。
「………、」
そっと静かに歩み寄ってみても、ディーノが気付く気配は微塵も無い。
むしろ今の彼は、油断している…?
それはそれで僕を馬鹿にするにも程があるんだけど。
(…本当にウザい人だ)
咬み殺すには十分過ぎるほどの隙を見せている。
絶好のチャンス。僕は懐にあるトンファーに手をかけた。
…が、その楽しみはまだとっておくことにする。
だって、この人、部下がいないと"跳ね馬"の強さは草食動物並かそれ以下にまで半減するんだから。
まったく、本当に情けない男だよ。
でも部下共がいるだけでこの男の強さは快楽に似た楽しさを味あわせてくれる。
僕にとって最高の獲物だ。
誰にも奪われたりなんてしない。
「――……ん、」
それから数時間後。応接室の窓から差し込んでいた陽射しも今は月明かりだけとなっていた。
窓際で椅子に座りながら月夜を眺めていた雲雀は背後から聞こえてきた衣擦れの音に気付き、その方を見やると、そこには折角の顔も寝起きで不細工な上、金色のたてがみも寝癖がついてくしゃくしゃになったディーノがこちらに笑顔を向けていた。
大事な校舎内に部外者を放置して帰る事は"風紀委員長"として許せることではなく、仕方なく町の見回りもせずに応接室に留まり、溜まった書類に目を通すことにした。
それなのにこの人は。
ん〜と、盛大な伸びをしてディーノは窓際の気配に気付いてそちらに視線を向ける。
「…お、やっと戻ってきてたか、恭弥。」
(戻ってきたも何もあなたがずっと寝ていたんじゃないか…!)
素っ頓狂なディーノの言葉に我慢していたイライラを閉じ込めていた蓋が開いてきた、ような気がした。
書類を机に戻すと肩を竦めて冷めた視線を返す。
「勝手に入らないでって言わなかったっけ?」
「いーじゃねぇか、ちょっとくらい」
「…全然ちょっとじゃない。そこで何時間寝てたと思ってるの?」
「え?…げっ」
部下がいないと時間感覚も無いのか、この人は。
僕に言われて時計を見た彼が「マズイ」と顔に書いて助けを求めてきた。…が、僕はそれも無視して立ち上がる。
「喜ぶといいよ、跳ね馬」
そう言って雲雀は傍らからトンファーを取り出すと、スッと構えた。
「…もっと永い眠りにつかせてあげるから」
目を細めて金色の獲物を捕え、不敵に笑むその姿はまるで妖艶。
ディーノは手のひらで転がして遊ぶよりも、直に触れてじゃれ合いたいと思った。
この手で直接触れてみたい、と。
この凶暴な猫を手懐けるのは、まだまだ先の話。
END
10.04.22
猫っていうか馬ですよね…。
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bkm