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黒髪を鬱陶しそうに払いながら名前・名字は歩いていた。腕時計をチラチラと見ながら、時間を気にしているようだった。待ち合わせをしているキングス・クロス駅は、頻繁に利用するとまでは言えないが、学期および学年の始まりと終わりにはいつも利用していたので、そこそこの情報を彼女は持っていた。ただ、その通っていた学校もこの夏に卒業してしまった。もうすでに秋になりかけており、彼女は就職のためにインターンに参加している最中だった。


「もう、何でチューブでストなんか起きてるの」


彼女がぽつりと日本語で呟いた。別に姿あらわしをすれば問題はないのかもしれないが、人ごみから上手く隠れ、姿あらわしをできるとは思えなかった。また、マグルの中でどのように魔法を使えば目立たずに済むかが分からなかった。もしマグルに見つかったりしてインターンの査定に響くことも彼女は避けたかった。


「こっち」


改札で彼女は日本語を聞きつけた。その方向を見ると彼女の母親と弟が立っていた。去年のクリスマスにはイギリスに来ていた家族だ。ほ、と安堵の溜め息をついて、人ごみに気を付けながら駆け寄った。


「クリスマスぶりだな」

「そうだね、大丈夫だった?」

「何が」

「別に、ちゃんと問題なく来られたかな、って」

「そこまで心配しなくてもいいわよ」


寮生活が長いからなのか、距離がイギリスと日本というほどに離れていたからなのか、会話としてはぎこちない。既に彼女はロンドンに住んでいるのだが、フラットは家族3人で過ごすには狭いし、インターンが忙しく相手も出来なかったため、もう数日で母親と弟は帰国してしまう。弟はまだ日本の魔法学校の生徒であり、彼女の母親は学校が始まってもイギリスに滞在することを良しとしなかった。


「ごめんね、相手が出来なくて」

「仕事でしょう」

「まだ仕事じゃないけど」

「ちゃんと生活出来てるの?」

「まぁ、そこそこ。有償ではあるから」

「部屋にも入れないくせにな」

「うるさい、興味もないくせに」

「そんなことないさ、姉ちゃんの、ほら」


にやにやとした笑いに名前は弟の祐樹を睨みつける。祐樹は更に笑みを深めて理解のあるふりをした。母親は一気に心配そうな顔になり、立ち止まる。つられて名前は足を止めて振り返った。何でこんな顔をしているのかが名前には嫌だというほどわかった。


「名前、あなた、大丈夫?」

「だから、何が」

「あの、あの人、ブラックくんよ」

「ブラックが何」

「ほら、ハンサムだって聞いたから……」

「ハンサムだから何」

「何か、こう、手が早いとか、ないかしらって……」

「……それ、今ここで息子の前で娘と話すことなの?」


名前が思い切り溜め息を吐いた瞬間、弟は堪えきれずに噴出した。名前はここ最近で、一番自身が日本人でよかったと思った。このように母親が娘の恋人に苦言を呈すさまなど、いくら知り合いがそこまでいないであろうこの人ごみでも、周りのひとに聞かれたくはなかったからだ。


「ご心配なく。ブラックとは最近そんなに会えてないから。まだ私のフラットにも来たこともないよ」


言葉にした事柄が、名前の胸にどすんとのしかかってくるようだった。最近、と言ってもそこまで長い期間ではないことは名前にはわかっていた。ホグワーツにいたころほど会えていないというだけだった。母親はほっとしたように、ただ、それを娘に表さないように「残念ね、忙しいのね」と誤魔化したが、名前にはその言葉すらうんざりだと感じていた。ふぅ、と母親に背を向けて、明らかに先ほどより速いスピードでずんずんと人ごみに向かって歩き出した。名前は早く母親から離れたかった。早くまだ恋人を受け入れたこともないフラットに帰って、ぬくぬくとしたかった。自分のフラットに恋人がいるさまなど、微塵も想像出来やしないが。名前は自分が母親に背を向けてよかったとすら思った。暑いせいなのか、早歩きをしているせいなのか、名前自身には不明だが、自分の赤くなった顔を、母親にも弟にも見せたくはなかったからだ。母親に告げたことは嘘ではないが、そのような可能性は恋人なら起こりうるということは、名前はまだ経験していないがわかっていたからだ。



20170116
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