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 最初から決まっていることだ。







「麻美ちゃんは歌わないの?」
「歌わない」

 かれこれ三十回目の送受信問い合わせを押す。メールはなかった。チッと舌打ちを鳴らしても、男Aは機嫌は損ねない。男Bの騒音に近い歌声で掻き消されて男Aまで届かなかったようだ。

「えー超うまーい! びびった〜!」

 絶ッ対ェビビってねえだろ。ナホコのキャピキャピしたお世辞を男Bは満更でもなさそうな顔で受け止めてる。キッッッッモ。ナホコの男の好みマジわかんない。

 今私は高校の時からの友達のナホコと男Aと男Bとカラオケの一室にいる。何故か。ナンパされたからだ。私は99.999999999パーの割合でナンパを無視する。けど今回はかってが違った。
 私はお金がなかった。何故か。お母さんのオキニのシャネルのバッグを無断で借りてコーヒーをぶっかけてしまい、しばらくお小遣いなしとなったからだ。バイト代はあるけど先月テスト期間だったから今月はほぼ収入無し。けど詰んだとならないのが私が私たる所以。かわいい顔した女に、男は貢ぎたがる。
 と、いうわけで私は私とつるむだけあってなかなか良い線いってるナホコと歩いてたら案の定声をかけられた。この世の男の99.99999999%どうでもいいけど、背に腹は代えられない。花の女子大生、しかもこーーーーーんな可愛い子が家に閉じこもってるとか駄目でしょ。男A男Bという名の財布を使い、私とナホコは遊びに遊んで、

 飽きた。

 遊びに遊んだ私は、飽きた。知らない男の歌声とかどうでもいいし。帰ろ。ナホコに『帰るよ』とアイコンタクトを送る。ナホコも飽きてきたところだったらしい。『オッケー』と返してきた。

「私トイレ」
「私もー!」

 トイレに行く振りをしてそのまま帰る。食べて飲んで遊んで支払いは全部男持ち。私達はよくこうやって遊ぶ。今回もこの手口で帰ろうとした時だった。
 するりと腰に手を回される。柔らかい手つきだけど強引だった。

「だーめ」

 背中にぬくもり、耳元に吐息が触れる。
 背後から男Aに抱きしめられた私が思うことは――

 キッッッッモ!!!!!!!

 あまりのキモさに声を一瞬失ったその隙をつくように「麻美ちゃん帰る気でしょー? だーめ!」と男Aは私の頬に頬擦りしてきた。全身に鳥肌がたち、ついでに怒りも沸騰する。ピキィッとこめかみに血管が浮かび上がる音が轟いた。ココ以外の男が私に触るとか

「ふざけんじゃねえ!!!!」
「っ」

 男Aに肘鉄を食らわし、瞬時に立ち上がる。ナホコの「えーもったいない」という物欲しげな声を背後で捉えながら、男Aにいかに自分が不敬な行動をしたか罵詈雑言を浴びせてやった。

「テメェみたいな三下がこの私にベタベタ触んじゃねえよ!!!! 私に金づるにされるぐらいがオマエの限度なんだよ!!!! キモいんだよ死ねカス!!!!! 死ね!!!!!」

 もっと言ってやりたかったけどこれ以上男Aと一緒の空気を吸うことは耐えられないのでナホコに「帰るよ!」と声をかけ、廊下に出た。

「はいはーい。てか麻美相変わらず口悪〜」
「だってムカつくじゃん!!! ココでもないのにベタベタ触って!!!」
「麻美ってマジ彼氏だけ例外だよねー。あ、でも、アイツもいけたか」
「――おい」

 ナホコがアイツ≠ニ意味ありげに誰かを指した時、ドスの効いた低い声が、鋭く尖って私に刺さった。
 ビクッと肩を震わせてから振り向くと、怒りに顔を歪めた男Aと男Bが私達を睨んでいた。ひく、とナホコの表情筋が不自然に軋む音が聞こえる。

「あそこまでコケにされてさぁ、普通に帰すと思ってんの?」

 不気味に釣り上げられた唇から、男Aの粘ついた声が私にまとわりつく。一瞬まごついた隙に、一気に距離を詰められた。しくじったと悟った時はもう遅い。私の腕は男Aに捕まえられていた。

「離してよ!! 無理なんだけど!!! キモい!!! マジキモい!!!!」
「ちょ、麻美……! こいつら煽らないでよ……! これマジでヤバイから! 逃げれなくなる……!」
「ナホコちゃん残念〜! もう逃げられないよー」

 男女の力の差は明白で、私達はずるずると元の部屋に向かって引っ張られていく。店内のBGMと客の歌声で私達の声はかき消されていた。

「キモいから! 触んじゃねえって!! やだって言ってんの!! やだ、だれか――」
「オレのダチになにしてんの?」

 厚みのあるバリトンボイスが騒々しい店内に落とされる。馴染みのある声に反射的に顔を向けると――、ドラケン君が立っていた。
 驚き、安心感がなだれ込み、視界がぼやけた。





  
「馬鹿」

 場をD&Dに移し、私から事情を聞き終えたドラケン君は問答無用で情け容赦なく真顔で言い放つ。馬鹿≠ェ大きな矢印となって私を突き刺した。

「だって! お金なかったんだもん!! しょうがないじゃん!!」
「金ねぇならねぇなりの遊び方あんだろ。つーか男にタカるならタカるでも密室はやめろ。普通にあぶねぇから。オレいなかったらマジでやばかったぞ」
「まー、確かにねー」
「アンタもな」
「えへっ。ま、終わりよければ全て良しってことで!」
 
 ドラケン君に正論を説かれ、ナホコはぺろっと舌を出し、私はぐうの音も出ない。確かにドラケン君がヘルスのお姉さんにカラオケに誘われていなかったらと思うと恐怖でしかない。
 男Aと男Bはドラケン君に凄まれると何やらモゴモゴ言い訳してあっという間に去った。恐怖でへたり込んだ私に、ドラケン君は手を差し出す。男の手なんてココ以外気持ち悪い。だけど、ドラケン君はいける。だから捕まった。 
 でも怒られるのは気分がよくない。むすっと膨れて黙り込んでいると、ドラケン君は席を立った。少ししてから目の前に缶ジュースを差し出された。

「とりまそれ飲め。そんで落ち着け。アンタも」
「気が利くー! ありがとー!」

 ナホコの能天気なお礼を聞き流しながらドラケン君は私のとなりに腰を下ろす。大きな影が包み込むように降ってきて、安心感が更に増すと涙腺がさらに緩んだ。

「ありがと……」

 お礼を言う声が鼻声になる。俯いてぐすっと鼻をすすると、更に視界が滲んだ。

「流石麻美のオキニだわー」

 ナホコの能天気な声の後、ドアが開く音が静かに響く。乾が帰ってきやがったのかもしれない。宿敵に泣き顔を見られるのは嫌なのでゴシゴシと目元を擦っていると、ナホコは驚いたように声を上げた。
 
「もうひとりのオキニじゃん」

 オキニ……って。
 顔を上げると、ココがいた。私を認識してからナホコに視線をスライドし、笑いかけた。

「ナホコちゃん久々。またコイツに付き合わされてんだ。お疲れ」

 含みのある言い方プラス私を無視してナホコに話しかけられ、私の怒りは瞬く間に大きくなる。

「おー、ココじゃん。おっつー」
「付き合わせてないし!! 合意の元だし!! てかなんでナホコには声優しいの!!」
「オマエの被害者で可哀想だから。オマエもナホコちゃんもバイク持ってねぇし持つ予定もねぇだろ。まぁオマエはドラケンに用あるかもしんねぇけど? あーナホコちゃんカワイソ」
「テメェまたドラケンに寄生しやがって。出てけ」
「えっすご麻美に当たりが強い男が二人もいるとか! めずらし〜! ウケる〜!」
「あーうるせぇうるせぇ。落ち着けマジオマエら。つーかイヌピー、オレが麻美達呼んだんだよ。寄生じゃねえ」
「――は?」

 ココの不機嫌を露にした低い声が轟く。私、ナホコ、乾が驚きで一瞬固まった。ただ、声を向けられたドラケン君だけが平静だった。

「んなキレんなよ」
「キレてねぇんだけど。勝手に決めつけんなよ、怖」

 キレてねぇと言いつつ、ココはキレていた。ココは時々脈絡なくキレる。多分、乾の影響だろう。なんせ昔はナイフを振り回していたし……ああ早く縁を切ってほしい。
 
「いや完全にキレて……まあいいわ。普段は呼ばねぇから。今回は緊急事態」
「緊急事態?」

 ココが不審そうに眉を寄せる。ドラケン君は緊急事態の内容を話そうと口を開いた。

 サアッと血の気が引いていく。

 ドラケン君は、私が男に貢がせるだけ貢がせてとんずらしようとしていたことを話そうとしていた。

「何にもないから!!!!!」

 大声で二人の会話に立ち入る。「何にもないから!!!!」と駄目押しするように更に大声を上げた。

「何にもない!!」
「麻美隠した方がめんどいこと、」
「ストップ!!!」

 身を乗り出してドラケン君の口を手で塞いだ。呆れたように目を眇めているドラケン君に必死に首を振る。ココの好みは清楚≠セとか清純≠セとかそんな言葉が似合う女だ。バレたら幻滅される。

「何にもないから! マジ! 何にもない!!」

 ドラケン君の口を手で塞ぎながらココに必死に言い募る私の隣で、ナホコが小さく「すごいわー」と感嘆の息をついていた。

「麻美から男に触るとか。流石オキニ」

 じっと私を見下ろしていたココの目が、ゆっくり細められた。口角を釣り上げながら、滑らかな声で言う。

「ンな必死に言い訳しなくていいから」

 ナホコに話しかけていた時以上に優しい声だった。滑らかな声で私を宥める。
  
「オマエが何しようが、マジ、どうでもいいし」

 胸の中に一拍の空白が流れた後、いつもの虚無感と悲しみが訪れる。子どもの頃、ココが私に向けていた感情だ。乾は私の事が嫌いだけど、ココは私に対して無感情。ある意味乾よりもひどい。だからもう慣れている。慣れているけど、でも、――ムカつくものはムカつく!!

 何か言い返してやりたいけど何も出てこず、とりあえずカバンをココに向かって投げつけようとした時だった。

「麻美、明日暇?」

 ドラケン君に不意に問われ、私は振り上げたままのポーズで硬直する。突然、用事の有無を問われ、驚きながらも「ないけど……」と答えたら、ドラケン君は「じゃあ、」と続けた。

「明日デートしよ」

 乾がぎょっと目を見開き、信じがたいものを見る眼差しでドラケン君を見据えた。

「ドラケン……!? なんか悪ぃもん食ったのか……!? 拷問じゃねえか……!」
「乾!!! 私とのデートの何が拷問!! こんな可愛くて綺麗で健気でいじらしくて私とデートとか最高すぎんでしょ!!!」
「そ。オレ麻美とデートしてぇの。麻美は嫌?」
「私、は……」

 ココをちらっと見る。

「てかイヌピー寝癖やべぇじゃん」
「え、まじか」

 乾の寝癖を指摘していた。

 私だったらココが私以外の女とデートするとかなったら相手の女を殺して止めるのに。絶対デートなんかさせないのに、ココは、乾の寝癖を治している。

 ――ピキィッ!
 内側からこめかみに血管が刻まれる音が聞こえた。
 
「嫌じゃない!! 私!!! ドラケン君とデートする!!!!」

 大きな声で宣言する。乾は「テメェ、ココだけじゃなくドラケンまで……!」とキレた。ナホコは「声デカッ」と耳を塞いだ。ドラケン君は「じゃ、明日11時に駅な」と続けた。

 ココからは、何の反応もなかった。


 

 



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