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 チクタクチクタクチクタクチクタク。一定のリズムで秒針が時間を刻んでいく。篠田が天照大神の如くトイレに立て籠ってから三十分経った。篠田が閉じこもった後、頭を抱えてから追いかけて呼びかけると、無言でダンッとドアを蹴られ、今話しかけても無意味なことを悟った。少し時間を置いてから、再び声を掛ける事にした。篠田だけじゃなくて、オレも頭を冷やす必要がある。

 ……………………さっきの発言はねぇな……………………。

 篠田が消えて真夜中のように静かになった空間で(まだ夕方)、立てた片膝に額を押し付けながら溜息を吐く。ヤらせねぇからってキレて暴言。みっともないし最低だ。それに今思い返すと……。押し倒した時の篠田を記憶から取り出して、確認する。
 
 オレに押し倒され強引にキスされている篠田は戸惑っていた。そして、怖がっていた。

 あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜………………。

 自己嫌悪で出てくる言葉はあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜………………∴齔Fだった。あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜なんであんなヤりてぇ一身で盛りまくる童貞みたいな真似を………………オレは…………………………。

 篠田はオレとヤりたがる。犯してやる! と言われた事もあるが処女の篠田は何もできなかった。どーぞと受け入れ態勢に入ったのにカチンコチンに固まり、拙くキスしてくるくらいだった。篠田はそういう奴だ。…………そういう奴に…………。

 今回ばかりはオレが悪い。ならやることはひとつ、謝罪だ。少し時間もたったし、篠田もさっきよりは落ち着いただろう。

 腰を上げてトイレに向かう。コンコンとノックしてから「篠田、ごめん。言い過ぎた」と神妙に謝ると。

「ごめんで済んだら警察いらない!!!!!!!!!」

 篠田はドア越しの怒号で空気をビリビリと震わせた。
 ぜんっぜん落ち着いてねぇ。

「好きでもないのにあんなんするとかなんなの!! ココおかしい!!」
「ちげえって」
「ウソ!!! ココ初めてじゃないじゃん!!! 好きでもない女とヤッてきたじゃん!! 私ココのセフレとか絶対嫌だから!!! あってゆーかまだ連絡取ってる!? 取ってたら全員殺すから!!!」

 人の話聞かねぇな、マジ。わかっていたことだが篠田の筋金入りの馬耳東風っぷりに辟易した。イヌピーだったら0.5秒でキレてトイレのドア破壊している。だが、オレはキレる訳にはいかない。同じ失敗は繰り返さない。ガキのように、キレたりしない。

「初めてじゃねえのは性欲が強くなってきた頃に誘われたから。溜めてたら体にもわりぃの。オナニーより発散できるからヤった。単に体調管理。あと誰とも連絡取ってねぇよ。だから殺すな」

 関係持った女たちを思い浮かべていく。皆篠田より賢く、物分かり良かった。癇癪起こして暴れるようなことは一切なかった。篠田と全然違う。全く似ていない。
 
「篠田のこと、セフレって思ったこと一回もねぇ。彼女って思ってる」
 
 初めて遭遇するケースに頭を痛めながらも根気よく、オレなりの真摯さを一言一言に籠めて語りかけた。

「何当たり前のこと言ってんの!!! 私セフレじゃないし!! 彼女だし!!」

 だが篠田は話を全く聞かなかった。正しく言うと聞いてはいるがオレの言いたいことを理解できていなかった。チンパンジーの方がオレの言いたい事汲み取ってくれるんじゃないだろうか。

 金を稼ぐために不良の世界に首を突っ込んで驚いたのは、恐ろしく馬鹿な奴が多いことだった。今が楽しければそれでいいの精神の持ち主ばかりで、口八丁手八丁で唆したら皆いとも簡単にオレの操り人形となった。首謀者のオレはうまく逃げられるが実行犯の奴等は捕まったら普通に実刑を食らうような作戦を立てても『まぁ金もらえればオッケー』とへらへらと了承された。馬鹿と鋏は使いようって言葉はこのためにあるのだと深く納得した。人を道具扱いしたツケが、今きたのだろうか。

「ばーかばーか! ココのばぁーーーか!!」

 バカにこんなに手こずらされる日が来ようとは。
 感情論で動きまくる篠田に理論的に説くことは想像以上に骨が折れた。今は篠田の事をちゃんと見てるし、誰にも渡したくない。切々と説きかけても『ウソ!』と一蹴されて思うことは、

 クソめんどくせぇ。

 なに。何こいつ。めんどくせぇ極めすぎてんだろ。

 胸の中で苛立ちが靄のように広まり、そして白けていった。その間も篠田は「ザルバカ!」とか罵ってくる。ザルバカというのはザルのように救いようのない馬鹿という小学生の頃に流行った悪口だ。そっくりそのままオマエに返すわと返したい気持ちを今ンなこと言ったら余計にこじれる≠ニ理性で押し留める。

「わかった。オレがバカでいい。だから出てこいって」
「バカで≠「いー!? 何その上からの折れてやった感! 反省の色が見えない! 好かれてるからって調子乗んなタコ!!!」

 …………………………………………マジで…………コイツ………………………………。

 純度百パーセントの苛立ちがオレを蝕み、頬が強張った。クソクソクソクソクソクソクソムカつく。マジでムカつく。これだけ殊勝な態度を取ってやっているというのに。調子に乗ってんのはオマエだ。

 赤音さんの時と違い、そうだと言い切れない一因はこれだ。篠田麻美という女はいちいち煩わしい。つーか赤音さんにムカつく≠ネんて思ったことはない。
 
「……はぁー……」

 あまりにも面倒くさすぎて、肩から背にかけて疲労感が伸し掛かる。重い溜息を長く吐いた。
 篠田の罵声が止んだ。……少しは落ち着いたか? ふうと息を吐いて踵を返す。定位置に戻り再び腰を下ろしてソファーに背を預けると、ドアが開く音が聞こえた。振り仰いで確認すると、ウサギのように目を赤くしている篠田がオレを睨んでいた。

「送るわ」

 立ち上がろうとしたら、篠田は首を振り、つかつかとオレの前に立ちはだかり、言った。

「ヤる」

 そして押し倒してきた。

 脈絡のない展開過ぎて思考回路が一瞬固まる。だがそうしている間に篠田はオレの上に跨り、ベルトのバックルに手を掛けた。ぎょっとして手首を掴むと射殺しそうな目でギラッと睨んで来た。

「離して」
「意味わかんねぇから。オマエ、嫌がったじゃん」
「気が変わった」
「いや嘘だろ」
「嘘じゃない! いいからヤんの! ヤらせろ!!」
「おいコラ……!!」

 なんだこれ。なんでオレ篠田に犯されそうになってんの。
 篠田はオレを犯そうと躍起になっていた。力の差があるから犯されずに済んでいる。梃子でもベルトを外させないオレに篠田は「なんで!!!」とキレていた。

「なんでじゃねえっつーの……。つーか前もこんなんあったな。はーー……成長しねぇ……ワンパターン……」

 オレは今日何回ため息をつけばいいんだろうか。またため息をつくと、篠田は刺し貫かんばかりに睨みつけてきた。半泣きの声をヒステリックに叩きつけてくる。
  
「ココだって変わんないじゃん! ずっと私をバカにしてる!!」
「……だから」
「でも私だってココのことバカにしてるから!!
 ……可哀想だよねぇ、ココって!」

 篠田の釣り上がった唇から粘着質な声が滴り落ちて、嫌らしく耳に纏わりつく。

「好きでもない奴としかヤれなくて」

 三日月のようにしならせたデカい目の奥には、粘っこい嘲笑が蠢いていた。

「赤音さん≠ノはできなかったこと周りで消費するしかなくてウケる〜! あの女死んじゃったから、手ぇ出したくても出せないもんね!!」

 流石イジメっ子。反射的に神経がピリッと痺れるが、九割型皮肉の感動を覚えた。バカのくせに相対する相手が何に傷付くかを直感で捉え攻撃する。長年ストーカーしてきたオレを相手取っていることもあり、的確に急所を捉えている。舌鋒は肉を抉るように切れ味抜群の鋭さだった。
 
「でもあの女が死んだとか関係ないから! ココはねぇ、本命にはいっぱいいっぱいになるから! 私の時みたいにできない……!」

 それは鋭すぎるあまり、篠田自身も切り刻んでいた。
 デカい目の中で、怒りと悲しみがぐるぐると渦巻いている。

「私の方が勝ってるから! 私は好きな人としかヤんないもん! ココみたいに好きでもない奴とばっかヤッてる方が何億兆倍も惨めだから!!!」

 口角が痙攣するように震えている。無理矢理作り上げられた勝ち誇った笑みは、

 歪で憐れで痛々しい。
 みっともない。
 ――グチャグチャにしたい。
 もっと見たい。引き出したい。

 胸の奥底で何か≠ェぞくりと波立つ。何か=\―ガキの頃、低俗極まりないと蔑んでいた。バカのすること。ガキのすること。何の生産性もないと見下していた。
 そうだった自分が、今では遠い国の誰かのように思える。

 




 





 どうしていつもこうなっちゃうんだろう。わからない。わからないけど、ココが悪い。悲劇のヒロイン気取りとお姉に言われた私は、ココのせいにしてココを詰った。

 ココは私の事が好きじゃない。空気のようにそこに在る事実だ。
 
 いつか絶対ココを振り向かせるという決意を一番星のように掲げて生きているけど、でももし、もしもそのいつか≠ェ訪れなかったとしても、私はココを諦めない。諦められない。

 けどもう流されたくなかった。気持ちの籠っていないキスに舞い上がりたくなかった。私ばかり喜んで発情≠オているのを冷静に観察されるのはもう嫌だ。ココは私と違って好きじゃなくてもできる。

『性欲処理』

 二年越しの再会でココを犯そうとした時、何故かココは乗ってくれた。自ら舌を入れて私としようとしてきた。私を嫌いと詰った口でキスしてくる思惑が全く掴めない。でも、もしかして。期待を籠めて『なんで?』と尋ねたら、平然とそう答えた。胸をとんと押されて、高い塔から垂直に落ちていくような気分になった。
 乾と花垣君とツーブロに『嫌いじゃねえだけ』と軽く笑いながら答えているのを聞いた時も同じ気分になった。

 ココは私の事が好きじゃない。それは空気のようにそこにある事実。

 私がココの事を好きなように、ココは私の事が好きじゃない。

 

「はあ、はあ、はあ……っ」

 息を切らしながら、真顔でじいっと私を見据えているココを睨みながら見下ろし続けた。言ってはいけない言葉だということを理解はしている。中学の頃も、久しぶりの再会の時も、私が赤音さん≠フことを口に出したら殺意を露に激昂してきた。オマエ如きが語るんじゃねえ。憎悪にみちた眼差しは今もまだ脳に焼き付いている。

 ココの中で赤音さん≠ヘ積もりたての新雪のように綺麗で儚い聖域。
 私と違う。
 私には簡単に手を出せてぐちゃぐちゃに踏みつぶしてくるくせに。

 ぎりっと奥歯を噛んで、せり上がる嗚咽を堪える。私だって傷つけられたんだから傷つけたっていいはずだ。
 それにどうせ、傷つけて傷つけて傷つけて傷つけて傷つけて傷つけても、きっと、掠り傷しか負ってくれない。
 
 だってココは、

 私の事を、

「惨めじゃねえよ」

 霜が降りるように静かな声だった。私に押し倒され今にも犯されそうだというのに、ココはもう狼狽を潜めていた。憎らしいほど冷静に、私を見据えている。ヒステリーを起こし意地悪な敵役の如くココを詰った私とは対照的な様はまるで私を馬鹿にしているみたいだった。

「はぁ? どこがぁ〜!? 今犯されそうになってんじゃん! 強がり言うんじゃねーよ!」

 せめて怒ってほしい。みっともない醜態を晒してほしい。ねぇお願いだから、少しくらい、私に傷ついて困ってよ。

「好きでもない女としかヤれなくて、ほんと、ココって可哀想……!」
 
 ココが傷つきますようにとたっぷりの悪意を籠めながら、口角を吊り上げて、小刻みに震える声で嘲笑う。
 だけどそんな願いすら、ココは叶えてくれない。全く動揺していない。とうとう怒りすらしなかった。

「可哀想じゃねえから」

 淡々と子ども言い聞かせるような口調に声を荒げて反論しようとしたら。



「今から麻美とヤるし」
 


 なんかスワヒリ語を喋り出した。



 スワヒリ語を学んだ事のない私は当然スワヒリ語がわからない。ワン・モア・プリーズ? あ、これ英語。きっと今私は自慢の大きなお目目を点にしている。わかった、私がわからない言語を喋って煙に巻こうという作戦なんだ……! ココの意地の悪い策略に気付き『ちょっと日本語で喋ってよ!』と怒鳴ろうとすると、ココが突然上半身を起こしたから言えなかった。私がしっかりと抑えつけていたというのに、易々と起き上がる。狼狽えていたら腰を持たれた。え……っと狼狽がアクセルを踏み込んだように急加速する。

「わっ、ちょ、えっ」

 あれよあれよという間にココに抱き上げられると、ベッドに下ろされた。続いてココも乗ってきた。ぎし、とスプリングの軋む音に二人分の負荷がかかっていることを意識させられる。状況をろくに把握できず「は、え、は?」とただひたすら戸惑う。

「麻美」

 もう一度名前で呼ばれた瞬間、心臓が肋骨を突き破りかけた。なんでどうして何が起こってる? 乾が総理大臣になった方がまだ冷静でいられるだろう。アイツが総理大臣になったら日本終わるけど。

 何も反応を返せないでいると、ココは私の左手の指の隙間に指をするりと滑り込ませ、ぎゅっと握ってきた。体温が急上昇した。体の内側から血液がぶくぶくと沸騰している音が聞こえる。

「聞いてる?」
「へぁっ」
「よし、聞いてんな」

 ぎゅっと更に強く握り締められて、目が更にぐるぐる回り始めた。

 ココは私に近づいた。嫌じゃないのに反射的に後退りする。ココは更に距離を詰めてきた。私から追いかけることはあれどその逆は初めてで、津波のような狼狽が私をまるごと呑み込む。思考処理のスピードは故障寸前のパソコンを下回っていた。なんでなんでなんでどうしてどうしてどうして。

 ココこ掌が私の輪郭に沿うように、頬に触れた。繊細な砂糖細工に触れるような手付きに胸の奥があまやかに震える。じいっと見続けてくる視線に搦め取られ、呼吸が浅くなった。

「嫌?」

 その質問はずるい。
 嫌か嫌じゃないか。そんなの知ってるくせに。
 素直に答えるのは悔しい。だから代わりに「変!」と声を荒げた。

「ココ変になった! あっ欲求不満なんだぁー! ヤりたいんだぁー!」
「おう」

 顔を上げてせせら笑ってやったのに、なんとココは真顔で頷いた。な、な、な……! まさか肯定されるとは思わず開いた口が塞がらないでいる間に、ココはいけしゃあしゃあと続ける。

「ヤりたい。泣かせたい縋りつかせたいグズグズにしたい」
「どどどどどーゆー性癖してんの!?」
「こーゆー性癖」

 ココはべえっと舌を出した。全く悪びれてない。成長したとは言え『一生好きだから!』と言った奴と同一人物とは思えない。でも紛れもなく同一人物だ。私がココを見間違えることは絶対ない。
 そう。あの人には、切羽詰まっていた。胸に迫るような声で、真摯に愛の言葉を伝えていた。
 胸の奥がぎゅっと狭まって、お腹の底が悲しみでじゅくじゅくと膿んでいった。

 ……赤音さん≠ノはもっと優しくしてた……!

 ココは私の事が好きじゃない。何度も、何度も何度も何度も突き付けられた事実をもう一度なぞって、刻み付けて、拳をぎゅっと握り締めながら憤然と食って掛かる。

「わ、私知ってんだから! 見たんだから! ココ、あの女にプロポーズした時もっといっぱいいっぱいで、ヤりたいとかそんなん言ってなかった!! なに!? 間違えてんの!? 重ねてんの!?」
「は? オマエと赤音さん、顔も中身もなにひとつ似てねぇから」

 ココは眉を潜め、淡々と私と赤音さんの違いを挙げていった。

「オマエはぎゃあぎゃあうるせぇし馬鹿だしイヌピーに暴言吐くしデリカシーねぇし口わりぃし責任転嫁してばっかだし自分で自分の事健気とか言うし。健気な奴は健気って自称しねぇっつの」
「する!! 私は自覚ありの健気なの!!」
「うん。赤音さんは絶対そんなこと言わない」
「ココだって赤音さん≠ノはひどいこと言わないじゃん!! 優しいじゃん!! 私にはいつもひどいことばっか!!」
「だってオマエ赤音さんじゃねえじゃん。想い方も違うの」
「はぁーーーー!? 何言い訳し、」

 て≠ニ続けようとした声が喉の奥に引っ込む。
 鋭くもない。圧をはらんでいる訳でもない。ただ強い眼差しに射抜かれて、責める声が止まった。

「オマエ、マジでムカつく」

 ココが私の頬をゆっくりと親指でなぞると、ぴくぴく体が震えた。馬鹿にされると身構える。でもココは馬鹿にしてこなかった。ただ淡々と私を詰っていく。

「すぐヒスるしあれこれしろうるせぇし。オマエといるとオレも釣られてバカになってくし。オレ、こんなんじゃなかった。オマエといると、ガキみたいなことしてばっかで、嫌になる」

 触れてくる指から伝わる熱が毒のように体中に回って、無茶苦茶な事を言われているのに怒る気力が沸かない。

「好きな子イジメとかクソしょうもねぇこと、したくなかった」
 
 全身の血が今まで生きてきた時と違う巡り方を始めている。

 ココを見る事に息苦しさが加速していって、また耐え切れず視線を逸らしたら、ぐいっと顎を掴まれて引き戻された。また射抜かれて、慌てて目玉を横にずらす。そうしないと鼓動が更に速まって、死んでしまう。

「余所見すんなつっといて自分はすんのかよ」
「だ、だってココが、ココが、」
「はいはいだってだってだって。そればっかでちゅねー、麻美ちゃんは」

 完璧に馬鹿にされているのに名前で呼ばれたそれだけで胸が詰まって詰れなくなった。口をぱくぱく開閉させていると、私の左手を握っていたココの右手がするりと抜けた。え……と寂しく思う気持ちは一瞬で終わる。肩を掴まれて、押し倒された。

「へぁっ、ちょ……っ」
「なに。両思いだしいいじゃん。麻美もヤりたいオレもヤりたい。はい合意」
「麻美って呼ばないで!!!」

 ココの眉毛が不愉快そうに釣り上がった。「は?」と声が低くなる。

「ココは駄目!! 無理!!」
「意味わかんねぇんだけど」

 けど構ってられない。これ以上呼ばれたらおかしくなる。耳を塞いでうつ伏せになった。

「ココは好きな人だから駄目なの!!!」

 声の限りを尽くして拒絶する。ダンゴムシのように身体を丸めて耳を塞ぎ続けるていると、少ししてから、ニットの中に手が滑り込んだ。私の背中を、這って行く。

「っ」

 息を呑んだのと同時に、ホックが外れた。胸を覆っていた圧迫感が消滅したはずなのに、息が苦しい。

「こ、ココ、ひゃぁっ」

 首筋に生暖かい舌が這い、思わず甲高い声を上げてしまう。恥ずかしくて掌で口元を覆ったら、ニットを胸の所まで持ち上げられた。背中に直接、ココの体温を感じる。包み込まれているみたいだった。

「待って! タンマ! わっ、バ、バリアー!!」

 考えを整理する時間が欲しい。十分で色んな事が起こり過ぎて頭が回らない。必死に懇願したら、無理矢理正面を向かされた。剥き出しの胸を慌てて腕をクロスしながら隠したついでに小学生みたいなことを叫んでしまう。
 
「むーり、バリアー禁止ー」
「む、無理が無理! 恥ずい恥ずい恥ずい恥ず、っ」

 ココが私の腕を掴みながら耳元に唇を寄せた瞬間、反射的に体が竦んだ。

「麻美」

 名前と共に注ぎ込まれた吐息が、きゅうきゅうと胸の奥を甘ったるく疼かせる。目をぎゅっと閉じて下唇を噛んで耐えていると、きっぱりと宣言するように「待たない」が降ってきた。

「麻美も待たなかったじゃん。だからオレも待たねぇ」
「な、なにその、ガキみたいな理屈……!!」
「だってオレ、まだガキだし」

 情けなく震える声で詰ると、ココはべえっと舌を出す。咎められてもなにひとつ反省しない憎たらしい子どもそのものの顔だった。



 



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