廊下で見かけると、慌てて教室に入って身を隠した。
黄瀬くんはオーラがあるし、身長が高くて目立つから、見つけ出すのは簡単で、私はいつも先回りして隠れていた。
でも、隠れたあと、顔を半分出して、黄瀬くんの背中をこっそり見て。
金髪の髪の毛が揺れている様を見て、心が切なく締め付けられるのと同時に、暖かくもなった。
会いたくない、というのも本音。
会いたい、というのも本音。
だから、今、私はこの状況を嫌に思っているのか、嬉しく思っているのか、自分でもよくわからない。
よっちゃんは茫然と立ちすくんでいる私を放置して、すたすたと入口に向かう。黄瀬くんと一言二言言葉を交わしてから、体育館を出ていく。そして、よっちゃんと入れ替わるように、黄瀬くんが体育館に入ってきた。
制服姿で、秋のこの時間帯は肌寒いのにも関わらずブレザーを羽織っておらず、腕まくりをしている。黄瀬くんの履いているバッシュがキュッキュと良い音をたてて、どんどん近づいてくる。
音が近くなる度に、黄瀬くんも近づいてきて、私の鼓動もどんどん速くなる。
キュッキュという音が、やんだ。
黄瀬くんが私の目の前に立っている。私を見下ろしている。
「久しぶり」
にこっと、今までのことなんかなかったかのような、そんな笑顔を向けられる。
「ひ、久しぶりだね!」
固まりかけたけど、私もつられるように、笑顔になって、自然体を装おう。
「またこうやって居残りしてるんスね〜。相変わらずのバスケ馬鹿っぷり」
「それよく言われちゃうな〜」
ハハッと頬をぽりぽり掻きながら笑う私と、快活に笑う黄瀬くん。普通の談笑。自然だ。
久しぶりの黄瀬くんに、もう二度と話せることなんてないと思っていた黄瀬くんが現れて、何かあるのではないかと身構えたけど、どうやら私の思い過ごしだったらしい。よかった、と胸を撫で下ろしていると、黄瀬くんがそのまま話の流れに乗って、あることを切りだしてきた。
「林野さん、俺とバスケして、負けたら話を聞いて」
笑顔から一変した、とても真剣な顔つきで、黄瀬くんは重い決意を口にするかのように、言った。
「…え?」
「制限時間は40分。ボールは全部林野さんから。俺はリングから一歩も動かない。林野さんはどこからでもシュートを打っていい。一本でも林野さんのシュートが決まったら、俺の負け」
言われたことについていけずに、ただ瞬きをすることしかできない私にお構いなしに、黄瀬くんは勝負の内容を喋り続ける。
「ちょ、ちょちょちょ待って!な、なんで勝負!?」
「林野さんとちゃんと話をするためッスよ。こうでもしないとアンタ逃げるでしょ」
慌てふためいて、話を中断させると、黄瀬くんはそう返して、真っ直ぐに、私を射抜くようにして、見つめてきた。
金髪の前髪から揺れる二つの瞳には強い意志が宿っている。真剣なんだということが、ひしひしと、痛いくらいに伝わってくる。
逃げてなんかない、と否定しかけて、口を噤む。
そうだ、私は逃げたんだ。あの時、黄瀬くんを体育館に置き去りにして。自分の理屈を勝手に押し付けて、逃げたんだ。
私はいつも逃げてばかりだ。試合に負けた時も、文化祭の時も、逃げた。
逃げて、弱くて情けない背中ばかり見せている私を、いつもいつも、黄瀬くんは追いかけてきてくれる。
今回は、あんなにひどいことをしたのに。
それでも、きてくれた。
体の芯が熱くなってきて、胸に上がってくる。
「そーゆう目で見てくんの、マジでずるい…」
「えっ、私なにかズルしたっけ…!?」
「あー、もう!いいから、さっさと始めよ!」
ぼそっと呟いた黄瀬くんの言葉の意味がわからず、訊くと少し赤くなった顔をぷいとそむけ、くるりと背を向けて、黄瀬くんはゴールの下についた。どうやら、本当に試合を始めるらしい。
黄瀬くんは私に勝って、何を話すつもりなんだろう。
黄瀬くんの背中を見て、考える。けど、私は馬鹿だから、黄瀬くんの考えなんてちっとも読めなくて、それどころか見当違いなことを考える始末。
黄瀬くんの背中は、おっきいなあ。
私はあの背中におんぶされたのか。
いい匂いがしたなあ。
幸せだった、なあ。
「林野さーん、もういいッスよー」
そんな馬鹿なことで頭をいっぱいにして、ぼうっと突っ立っていると、黄瀬くんの声が飛び込んできて驚きのあまり「わ、わかった!!」とどもって返事した。
「き、黄瀬くん!いいんだね!?私ここからシュート決めちゃってもいいんだね!?」
私は声を大きくして試合のルールを確認するようにして念を押す。
黄瀬くんは一歩も動かない、と言った。私はどこからでもシュートしていいと、言われた。
普通の1on1では逆立ちしたって叶わない。
けど、今の私はノーマークでジャンプシュート打て放題なのだ。
それなら、いくら黄瀬くんだって。
すると黄瀬くんはニヤッといたずらっ子のように口角をあげた。
「俺を誰だと思ってんの?」
なんという自信。
入学前からレギュラー確定と言われ、中学時代も持て囃されたことしかない人にしか出せないふてぶてしさ。
昔はそんな黄瀬くんのことが嫌いで、ムカついて、羨ましくて。
そして、憧れるようになってしまったんだ。
黄瀬くんはいつだって、私の感情を変えてしまう。
黄瀬くんのいいところを知ってしまって、嫌いから好きへ、敬愛から、恋へ。
いつだって、あっという間に私の世界を塗り替えてしまうのだから。
そんな黄瀬くんになんだか無性に腹が立ってきて、私は黄瀬くんのディフェンスから遠く離れている、ここからジャンプした。
えいっとボールを放り投げる。
ここから投げたシュートで、リングに掠らなかったら黄瀬くんだって、取ることは難しいはず。
最近不調の私には珍しく、綺麗な弧を描いて、ボールはリングに引き寄せられるようにして、近づいていく、落ちていく。
これは、入るやつだ。
よし、久しぶりに入―――、
キュッと床を蹴る音がした。
―――る?
まだリングから大分浮いているのに、高い位置にボールは、あるのに。
黄瀬くんはとてつもない跳躍力で、それをブロックした。
ボールは弾かれて、何度かバウンドして、私のところまでやってきた。
ぽかーんと口を開いて突っ立ちながら、今のはどこかで見たと、皺の少ない脳みそをフル回転させて考えて、気付く。
「紫原くんの…」
ぽつりとつぶやいた言葉は黄瀬くんにまで届いたようだ。そうッスよ、と返事が返ってきた。
「紫原っちのブロックッス。オフェンスのが好きなんで、これをコピーするのはちょっときつかったッスわ」
黄瀬くんの眼がいつもと違う。
なにかの技をつかっているようだ。
よくわからないけど、多分その技はキセキの技をそっくりそのままコピーするもので、きっと、ものすごくすごいもの。
でも、すごい技にはハイリスクがついてくるものだ。
ハイリスクを背負ってまで、私に勝とうと、しているの?
こんな私と、話をするためだけに?
「き、黄瀬くん!いいよ!私、話聞くよ!なんか今技つかってるでしょ!!絶対それ、やばいでしょ!!すっごい疲れるとか、そんなんあるでしょ!」
「あったりー。よくわかったッスねー。これすっげえ疲れる」
なんてことのないように目を細めてニカッと笑う黄瀬くん。
「そんな呑気な…!黄瀬くんまだ脚完全に治ってないんだよね!?駄目だよ、こんな試合でそんな技つかっちゃ…!」
「こんな試合、じゃねえッスよ」
低くて真剣で、少し怒りを含んだ声色が、飛んできた。
黄瀬くんの迫力に、固まってしまう。
「すっげー重要な試合ッスよ。真剣ッスよ。林野さんに真剣に言いたいことがあるんス。…俺のこと、もう嫌いになったっぽいから、とりあえずバスケで好感度上げてから、言うッスけど」
―――え?
よっちゃんの言葉が脳裏に思い浮かぶ。
『悲しかっただろうね。嫌われたって、思って』
「そういや、林野さんは。俺のバスケは好きとはしょっちゅう言ってくれたけど、俺のことを好きって言ってくれたことは、ないッスよね」
淡々と、黄瀬くんは独り言のように、つぶやく。
「こんなことしても、意味ねーのかもしれないッスけど。ま、やらないよりはマシかな、って思って」
ハハッと力ない笑顔を、私に向けてくる黄瀬くん。その笑顔は、さびしそうで、悲しそうで、きゅうっと胸が切なく、しずんだ。
悲しませたくないとか言いつつ、私は結局黄瀬くんを悲しませている。
自分の理屈を押し付けた結果、黄瀬くんに負担がかかる技を使わせてまで、黄瀬くんを追い込んで、悲しませた。
あれだけ悲しませたくないとか言っていたのに。
馬鹿が変な風に頭使うから、馬鹿なことになるんだ。
よっちゃんの言うとおりだ。
というか、私は本当に黄瀬くんを悲しませたくないって、思っていたのだろうか?
本当は何よりも、黄瀬くんに嫌われたくないという感情が、勝っていたのではないのだろうか?
嫌われたくないという気持ちを最優先にして、黄瀬くんを悲しませたのでは、ないだろうか。
そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。色々な考えが複雑に絡み合って、自分の考えがもうわからない。けれど結果として私は私の行動で、黄瀬くんを傷つけて、悲しませてしまったんだ。
最悪だ。最低だ。
でも、自分にも、まだ救えるところがあって、よかった。
黄瀬くんの辛そうな顔を見て、私は今。今こそ本当に、黄瀬くんを悲しませたくない、と、心底思っている。
黄瀬くんが悲しむくらいなら、私が悲しんだ方がマシだ。
嫌われたってかまわないとは、思えないけど。でも。
私が悲しんだ方が、マシだ。
「ほら、林野さん。続け―――、」
くるりと振り返って、笑顔で促してくる黄瀬くんの声を遮った。
大きな声にありったけの気持ちをこめた。
感謝と。そして。
「―――大好き!!」
はた迷惑でしかない、恋心を。
黄瀬くんは、何を言われたのか言葉の意味を認識できないようで、ただ瞬きを繰り返している。私は重ねるようにして、想いをぶつけた。
「嫌いなんかじゃない!!そんなこと思ってない!!違うんだよ、私があの時逃げたのは、黄瀬くんのこと恋愛的に好きってのバレたら、嫌われると、思って、それで…!」
私は馬鹿だから、頭に浮かんだ言葉をぽんぽんとぶつけることしかできない。
黄瀬くんは私のことを、友達としか思ってないだろう。嫌われたって思って、ショックを受けているけれど、恋愛的に好きと言われても想われても、困惑するだけだろう。
「最初はマジでただ黄瀬くんのこと尊敬していたんだけど、なんかいつからかこうなっちゃってて…。マジで自分でもよくわかんないんだけど…!」
けど、ごめん。私は馬鹿だから、友達として好きなんて、言えない。そんな嘘つけない。
嫌ってなんかないんだよ、と伝えるためには、私が黄瀬くんのことを恋愛的に好きだと言うことを白状するしかない。
もう、私のことなんかで悲しまないでいいんだよ。
黄瀬くんのこと、嫌いじゃないんだ。
大好きなんだ。
「ごめんね、マジで…っ。そういう風に好かれるの嫌って言ってたのに、それなのに…っ、ひどいことして、ごめんなさいッ!!好きになってごめんなさいッ!!」
バッと頭を下げて、ぎゅうっと目を瞑る。
私にできることは、これぐらいだ。
色々なものをくれたのに、私が黄瀬くんにできることは、誤解をとくこと。それだけだった。情けなくて呆れる。
黄瀬くんはこれから私のことを見る度に、悲しく思うのではなくて、嫌悪するかもしれない。最初から恋愛的に好きだった訳じゃない、とは言ったものの、傍から見たら、色恋目的でバスケを手段にして黄瀬くんに近づいたと誤解されたって仕方ない。
でもそれでも、嫌悪する方が黄瀬くんにとっては負担じゃないだろうから。人を見て悲しく思うよりも、嫌いと思うことの方が、まだ負担にならないだろうから。
ああでも、黄瀬くんは私に優しくしてくれるようになった。
もしかしたら、嫌わないでくれるかもしれない。
友達のままで、いてくれるかもしれない。
だって、黄瀬くん言ってくれたじゃんか。
ちょっとやそっとの失敗や失態で嫌いにならないって言ってくれたじゃんか。
ねえ、お願い。
私が悪いのは百も承知だけど、
どうか。嫌いにならないで、ください。
―――キュッキュッキュッ
なんて、我が儘で甘い考えは捨て―――、
考え込みすぎていて、バッシュが近づいてくる音に全く気が付かなかった。
思考はシャットダウンされた。
後頭部と背中に手を回される、目の前には白いシャツ、おんぶされた時に嗅いだ
匂いが、再び鼻を掠った。
抱きかかえられるような形になって、私はつま先立ちをせざる得ない。足元が不安定だ。抱きかかえられてなかったら、バランスを崩して倒れているだろう。
何が起こっているのか、さっぱり理解できない。
「バカッ!!」
耳元で大きく怒鳴られた。
これは、黄瀬くんの声だ。えっと、つまり、私は今黄瀬くんに、抱きしめられている?
なんで?
「勝手にいろいろ考えて、俺の気持ち決めてんじゃねーよ!!そういう風に好かれるの嫌って、人にもよるに決まってんじゃねえッスか!!」
こんなに大きな声出す黄瀬くん。試合以外でなかなか見れないんじゃないのだろうか。
「性格悪いからぶっちゃけ俺の上っ面にしか興味ない女子とか、たいして知りもしない女子に好かれたって嬉しいとか思わねえっすけど!林野さんはどっちでもないじゃねえッスか!俺の最低なところとかダッセーところも見て、それでも、カッコいいって言ってくれた子のことを…っ」
ぎゅうっと背中に回す手にさらに力が入る。
黄瀬くんと密着する。
息遣い、匂い、すべてをゼロ距離で感じる。
黄瀬くんは、さらに声を張り上げた。
「好きな子から好きって言われて、嫌に思う訳なねーだろ!!」
体育館に、黄瀬くんの声がめいっぱいに広がった。
頭が、心が、状況についていけない。
体をゆっくりと離された。
少し距離があく。
床に足がきちんとついた。
ぼうっと、見上げると、頬を赤く染めた黄瀬くんが、どこか悔しそうに、照れ臭そうに私を見下ろしていた。
「まさか先越されるとは思わなかったッス…。あー、もう。一世一代の決心で告りに来たのに…」
ハァ〜ッとため息をついて、がっくり肩を落とす黄瀬くん。
「こく、はく?」
「そうッスよ」
「誰が、誰に?」
「俺が林野さんに決まっているじゃねッスか。他にだれがいんの」
呆れた口調の黄瀬くんに、私はパチパチと瞬きをしたあと、右手を丸めた。
そして。
バキッと、自分の頬を殴った。
「いたい」
「あったりまえッスよ!!何やってんの!?」
「痛いけど、これ、夢だ。もう一回」
機械のような口調で呟くと、私はもう一度自分を殴った。やっぱり痛かった。おかしいな。この夢なかなか醒めないな。
「ちょ…!ストップ!ストップストップ!!」
黄瀬くんが私の手首を掴んで、殴らせまいと阻止してきた。
「夢の黄瀬くん。私は夢から醒めないといけないんだよ!これは流石に都合よすぎる!!起きた時虚しすぎる!!」
「夢じゃねーってば!!」
「いやこれ夢だから!!」
「痛いんスよね!?夢じゃねーッスよ!!」
「痛いけど!!でも、だって、こんなの…!!」
目の前の黄瀬くんの顔がじわっと水にふやけたみたいにぼやける。
好きな子、イコール、私。
信じられない。実感がわかない。
都合の良い夢を見ているようにしか思えない。
恋愛的に好きになった今だけども、もともと黄瀬くんは私にとって憧れの存在で、雲の上の人だったんだ。
黄瀬くんは私のことなんか知らなくて、アイドルとファンみたいなもので。
「目が醒めたら、どうせ黄瀬くんは私のことなんか、好きじゃないんだ…ッ」
泣き出しそうな声で呟くと、それは黄瀬くんの耳に届いてしまったようで。
黄瀬くんの眉がピクッと上がった。
「言っても聞かねえなら…ッ」
腕を強く引っ張られて、引っ張りあげるように引き寄せられて、またつま先立ちになる。
顎を持ち上げられる。
されるがままになっていると、黄瀬くんの顔が、もうすぐそこにあって。
苛立ちを宿している瞳は、閉じられて。
唇と唇が重なり合った。
さらさらの黄色い前髪が、私の額に当たる。伏せられた睫は長くて、頬に影をつくっている。きめ細かい肌は、触り心地がよさそう。
そういうものを、ものすごく近くに感じる。
黄瀬くんの唇が、私から離れた。
「…これで、夢じゃないって、マジで、俺が林野さんのこと、好きだって、信じてくれる?」
真っ赤な顔で、恥ずかしくて濡れた瞳で、ぼそぼそと訊いてくる。
そんな黄瀬くんを否定なんて、誰ができようか。
少なくとも、私にはできない。
黄瀬くんは、私のことが、好きなんだ。
恋愛として、好きなんだ。
へなへなと足の力が抜けて、その場にぺたんと座り込んだ。
「えっ!?大丈夫ッスか!?」
驚きの声をあげた黄瀬くんが、私と目線を合わせるようにして、膝をついて声をかけてくる。
「黄瀬くん。ヤバイ」
「なにが!?」
「嬉しすぎて、死にそう」
ぼんやりと幕がかかったような声で呟くと、黄瀬くんは、ぷっと噴出して、あははと声を上げて笑った。
私の大好きな、十六歳の男の子の笑顔で。
「俺も、嬉しすぎて、死にそう」
眉を片方下げた、ふにゃっとした笑顔で。
黄瀬くんは色々なものをくれた。
だから、そのお返しをしたい。
黄瀬くんは私のことを好き、らしい。
なら、それなら。
こうされたら、嬉しく思ってくれるのでは、ないのだろうか。
私は覚悟を決めて、うん、と頷いてから、「黄瀬くん」と呼んだ。
「何スか?」
首を傾げる黄瀬くん。私は膝をついて、前髪をかき分けて、額にそっと、唇を寄せた。
膝を下ろして、俯いてから、顔を上げた。
「嬉しいと思ってくれると、嬉しい、ッス」
照れ隠しに黄瀬くんの口調の真似をして、へへっと笑ってみせる。
少しでも、返せたらいいな。
黄瀬くんが私にくれたものを。
とりあえずは、その、チュー、から。
「林野さん」
「へ…うわっ!?」
強引に抱き寄せられた。再び目の前は真っ白。
「き、黄瀬くん!?どったの!?」
「今。俺の顔、超ださいから、見ちゃ駄目」
黄瀬くんの声は消え入りそうなほど小さくて、情けなくて、思わず笑う。
「いいのに」
「へ?」
「ださくていいのに。かっこ悪くて、情けなくて。私そういう黄瀬くんの顔見たい。見せてよ。ださい姿。もっとかっこ悪くなっちゃえ。黄瀬くんかっこ悪くなっちゃえ」
いつぞやの、黄瀬くんからもらった言葉を真似して言うと、腕の力が緩められた。
真っ白な世界から解放され、見上げると。
今度は大好きな、黄色の世界が広がっていた。
ヒマワリが向く先