20、好きと愛を
俺はいつだって、置いていかれてばっかりだ。





あれから二週間。林野さんとは会話をするどころか、会うこともなかった。海常は広い校舎で、俺と林野さんはクラスが離れているから、廊下でもすれ違わない可能性の方が高いから、それは至極普通のことだ。

クラスも違う。

部活は男子と女子で違う体育館を使っているから会わない。

本来、俺と林野さんは関わるはずがなかったということを痛感する。

色々人から聞いて、林野さんが俺のファンに嫌がらせにあっている訳ではないということを知った。

じゃあ、なんで。

あの日、突然、俺を拒絶したのか。

あれだけ、俺の後ろにくっついて、黄瀬くん黄瀬くんと、俺の名前を笑顔で呼んでいたのに。

それがどうして急に拒否るんだよ。訳わかんねえよ。





「最近不調だな、お前」

部活後、着替えもしないで、椅子に座ってTシャツのまま下敷きでぱたぱた仰いでいると、笠松先輩がロッカーに背をあずけながら、藪から棒にそう言った。


「…すみません」

実際その通りなので、俺は謝った。シュートミス、パスミス、俺のミスは最近目に見えて増えていて、監督からもどやされる数も、増えた。

「原因、あのちっこい子だろ」

「よくわかるッスね」

苦笑いをしながら、ペットボトルをあけて口をつける。

「フラれたのか?」

ブーッとアクエリアスを噴いてしまった。

「何してんだ!きったねえな!あとでちゃんと拭いとけよ!」

ゴホッゴホッと咽ている俺に情け容赦なく罵声を浴びせる笠松先輩。
俺は口からこぼれたアクエリアスを手の甲で拭いながら笠松先輩に意味不明な言葉のなりそこないをぶつけた。

「なっ、なっ、なな…!なんで俺が林野さんに告ったみたいな言い方…!」

「あ?なんだ。まだ告ってなかったのかよ。さっさと言えよ」

「いや、ちょっと笠松先輩!それじゃ、俺が林野さんのこと…!」

「好きなんだろ?」


顔を真っ赤にしてぱくぱく口を開けるだけの俺を見て、ハァっとため息をひとつ吐いて、

「見りゃわかるっつーの」

と、笠松先輩は呆れながら言った。

どうやら、俺の想いは傍から見てバレバレだったらしい。


ある日突然、俺の目の前に鼻血を垂らしながら現れた女の子は、俺の中で、特別な存在になっていた。

どんなに俺に冷たくされても、めげないで。

俺にひどいことを言われても、俺を嫌いになるどころか、好きだと言ってくる始末。

結構かっこつけで、弱さをなかなか見せてくれなくて、馬鹿で、

俺よりも、俺のバスケをずっと前から大切にしてくれていて。

泣き顔を見ると、抱きしめたくなって、

笑った顔を見ても、抱きしめたくなって。

好きになっていた、いつのまにか。

林野ひろという、小さな女の子を。


人に、笠松先輩に、好きなんだろ?と言われて、改めて、俺は林野さんのことが好きなんだと、実感する。

名前を聞くだけで、こんなに、胸が。

俺はハハッと自嘲をもらした。


「…ま、ある意味フラれたようなもんなんスけどね」

「? どういうことだよ」

「わかんねーッスよ。あれだけバスケ教えろ教えろ言ってきたのに、もういいって言われたんス。なんで?って訊いても答えてくれねえし」


泣きながら、離してと懇願されて。

俺の横を通り過ぎていった林野さん。

何が何だかわからない。

わかっていることは、ただひとつ。

俺はまた、置いていかれたということ。

海常がバラバラになったら私がなんとかしてみせるから!とか、言っていたくせに。

あんたが俺を置いていってどうするんスか。

うそつき。

ああ、どうして、俺はいつも、何にも気づかず、そして最後には、置いていかれるのだろう。


「で、お前は拗ねている、と」

笠松先輩に俺のこの葛藤を“拗ねている”の一言で終わらされて、それがひどくカンに障った。

表情に表れた苛立ちを隠そうともしないで、俺は笠松先輩に不機嫌を露にした声で問い掛ける。

「どういうことッスか」

「今言ったままの意味だ。お前は中学時代から、いつも拗ねてばっかだな。仲間外れにされたって、ひとり被害者面ぶりやがって」

笠松先輩のことは、尊敬している。
申し分ない実力。海常を引っ張っていく統率力。どんな緊急事態にも臨機応変に対応する力を持っている。

けど、尊敬している笠松先輩にだって、そんなこと言われては、腹が立つしかなかった。

「笠松先輩に何がわかるんスか…!」

口から勝手に、八つ当たりも含めた先輩への怒りが飛び出てきた。

「泣きながら離してって言われたんスよ!?あんなにいつも寄ってきて、黄瀬くん黄瀬くんって言ってきて、なのに、急に、あんな…!そりゃ拗ねたくもなるッスよ…!!」

黄瀬くん、と笑顔で俺の名前を呼んでくれた林野さんが、今はもう、遠い。

ほら、こうやって、みんな離れていく。

キセキのみんなも、林野さんも。

顔を俯けて、太ももの上で手を丸める。

「そんで。お前は置いていかれたあと、何もしねえんだな」

え。

顔を上げると、笠松先輩は腕を組んで、俺を見降ろしていた。

「あのちっこい子、最初お前にすっげえ冷たい態度とられていたよな。それでも、めげずにお前に声をかけたり、挨拶をしたり、へこたれていたかもしれねェけど、へこたれたそぶりを見せなかったよな」

なのに、

「お前は一回冷たくされたからって、それでへこたれんのかよ。好きな女子が泣いていたのに、その理由もわかんねェまま、おめおめ引き下がるのかよ」

真っ直ぐに、射抜くようにして俺に視線を飛ばしてくる、笠松先輩。

「また何もしねえまま不貞腐れてるだけだったら、中学の時と何も変わんねえんじゃねえの?」

しゃんと背筋を伸ばして、真っ直ぐな視線をくれて、真っ直ぐな言葉を俺にぶつけるその姿は、男の俺が見とれるほど、かっこよかった。

「笠松先輩って…マジで男前ッスよね」

「お前が女々しいだけだろ」

せっかく褒めたのに、返ってくるのはそっけない言葉。

ひっど!と悲痛に叫ぶとうるせえ!と怒鳴られた。

この人も、そうだな。

なめくさった自己紹介をして、俺のが多分バスケうまいとか言ったのに。

生意気で礼儀知らずな俺を叱って、いつも、見ていてくれた。

みんな離れていく、って俺は中学の頃から思っていた。

…悲劇の主人公気取りッスね、マジで。

そんなこと、ないのに。

気付かないだけで、俺のことを見ている人が、いつも、ちゃんといるのに。

「先輩。俺、決めました」

笠松先輩や、林野さんのように、俺も真っ直ぐな視線を、笠松先輩に向けた。何をだよ、と笠松先輩が言う。


林野さんは、いつも俺に、ありがとう、とお礼を言ってくれた。

最後の最後まで、黄瀬くんのバスケが好きだと、言ってくれた。

なら、俺も伝えよう。

俺を見つけてくれて、ありがとう。

そして。


椅子から立って、しゃんと背筋を伸ばす。

すうっと息を吸う。

そして、俺は声を発した。

「林野さんに、告白、します」

好きにならせてくれて、ありがとう、と。







好きと愛をもって、今行く



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