Extra:ここが見処なんだからさ





 轟に彼女が出来た時、俺達は盛り上がった。

 まずなんで轟に彼女ができたことが俺達の耳にも入ったかというと、轟が自ら下呂ったからだ。いつも通り真顔だがどことなく嬉しそうにしてる轟に飯田が気付き「何かいいことあったのかい?」と聞いたら、

「明が俺の彼女になってくれた」

 と轟は大真面目に答え、俺達は沸いた。

 ふざけんなよ顔も成績も良い上に彼女までいるとか持ちすぎだろー!? とやっかんだ俺達は轟にヘッドロックをかましたり肘でうりうり小突いたりしながらも、嬉しかった。

 体育祭までの轟はいつでもピリピリしていた。
 身体中の神経を隅々まで行き渡らせて、目の前の俺たちではなく、どこか遠くを睨んでいるようだった。

 俺と対戦した時も、俺を見ていなかったように思う。

 その轟が、彼女ができたと嬉しそうに少しだけ頬を緩ませている。

 そりゃ感極まるものがあっても仕方ねーだろ?
 



 ライブが始まるまでの空き時間、俺は上鳴と切島と回っていた。適当にぶらぶら歩いていると、すっとチラシが視界に入ってきた。

「よろしくお願いしまーす!」

 明るい元気な声に似つかわしい、弾けるような笑顔だった。髪の毛を三つ編みにして長いスカートのメイド服を着ている。古典的なメイド服だが顔立ちと雰囲気から元気系で、好みのタイプが明るい女子の俺はおおー!と気分が高揚する。かなりいい。多分普通科だな、LINE聞きてぇ、聞くか? と俊巡した時だった。

 俺は重大なことに気づく。

「轟の彼女だ」
 
 あっぶねーー、友だちの彼女ナンパするとこだったと冷や汗をかいていると、轟の彼女はチラシを差し出したままのポーズで硬直していた。さっきまで「お願いしまーす!」と溌剌とチラシを配っていたというのに、今や轟の彼女は晴れやかな笑顔を引っ込ませて、

「〜〜〜〜〜!!」

 真っ赤な顔で声にならない悲鳴をあげていた。

「おー! ほんとだ! あんた轟の彼女じゃん!」
「マジか! うお! 轟の彼女初めて近くで見た!」

 上鳴と切島も気付き、興味深そうに轟の彼女を見る。轟の彼女は轟の彼女と呼ばれる度に顔を赤くさせる。轟の彼女なんでメイドなん轟の彼女のクラス模擬店なんだ轟の彼女とんぺい焼きなんだ轟の彼女…と俺達の内の誰かが何回目かの轟の彼女呼びした時だった。

「ストーーーップ!!!」

 轟の彼女が、手を顔の前につきだした。

「た、たしかに私は轟の…ショートのか、彼女ではあるんだけど、そ、その、常野明って名前だから、そっちで呼んで…!」
「ああ、そっか。わりーな、失礼だったわ」
「ごめんな、常野さん」
「失礼ではないんだけどその照れるというかなんというか」

 轟の彼女もとい常野さんはチラシで顔を隠しながらゴニョゴニョと言う。轟の彼女呼びが不快というよりも恥ずかしいらしい。なんだそれ。女子ってわかんね。常野さんの心理はよくわからんがまあいいかと長し、俺はもう一度同じ疑問を口にした。

「常野さんのクラスとんぺい焼きなのになんでメイド服着てんの?」

 常野さんは「あー…」と気まずそうに笑いながら続けた。

「うちのクラス、お客さん来なさすぎてさー。呼び込みしてこようって話になったんだよね。で、クラTで呼び込むよりはメイドのが集客できるでしょってことで、同じクラスの子が去年ハロウィンで着たメイド服を……じゃんけんで負けた……私が……着ることに………」
「へーー。つかさ! 一緒に写真撮ろうぜ! 俺初めて生のメイド見た!!」

 常野さんの話に適当な相槌を打つと、上鳴は目を輝かせてそう提案してきた。ナイスアイディア! と俺も沸き立つ。

「え、私似非メイドだよ?」
「いいのいいの! メイド服着てたら皆メイド!」
「おーいいなそれ! …あっ、でも呼び込みの邪魔になっちまう?」

 案じる切島に常野さんは「ならないならない」とけらけら笑った。

「私のスマホでいい? アプリ使いたい」
「なんでもいーぜ」
「ありがとー! せっかくだし盛りたいんだよね。真性のメイドに近づきたいし」

 常野さんは軽口を交えながらスマホを取り出して、また笑った。明るくて元気で喋りやすい。さっき見せた轟の彼女呼びは恥ずかしい……ともじもじする様子はもうどこにもなかった。

 轟の彼女、すげーいいじゃん。一緒にいたらぜってー楽しい。いいなー、轟……とここにいない轟に羨望の念を抱いていると、不意に、視線を感じた。感じた方向を見やるとそこには。

「轟じゃん」

 目を丸くして俺たちを見ている轟がいた。

 何故か常野さんは固まる。そして次の瞬間ものすごい速さで俺の背に隠れた。

「は? え? どした?」
「隠して………!」
「なんで??」
「恥ずかしいから……! ショートにはこの姿見られたくない……!」
「え、なんで、似合って、」
「瀬呂」
「!!!」
「お、おー、轟。よ!」
「おう。なあ、ウェイトレス姿の明、お前の後ろにいるよな?」
「ウェイトレスじゃなくてメイドな」
「なんか急に瀬呂の後ろ隠れちゃったんだよなー。つかせっかく轟もきたんだし、皆で写真撮るか」
「写真?」
「おうよ! 生のメイドがいるんだぜ!? こりゃ写真撮らなきゃだろ! 写真!」

 謎の理屈を意気揚々と提唱する上鳴に釣られたように、轟も「写真…」と呟き、それからこくりと頷いた。

「俺もウェイトレス…じゃねえ、メイドの明と撮りたい」

 イケメンが目をきらきら輝かせるとすげぇ、少女漫画になるな。

「明、俺とも写真………明?」

 轟が俺の背後に回っている常野さんを覗き込もうとすると、常野さんは俺の両腕をがしっと掴んだまま反転させた。気を付けの体勢にされたまま、ぱちぱちと瞬いている轟と目が合う。よ、よォ……。

「明? どうした?」

 訝しがるように眉を寄せた轟に「ちょ、ちょっと待って……」と弱々しく返答する常野さんの間に挟まれ「何だこれ」と思わず呟く。

「俺とも写真撮ってほしい」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って、心の準備が………!」

 さっきまでアプリで撮りたいとか盛りたいとか色々言ってなかったか? 今や顔を真っ赤にしてひたすら恥ずかしがっている。え、なにこの子、めんどくせ。

「………俺と撮るの、嫌か?」

 にっちもさっちもいかない状況が続くと、轟は声のトーンを落とし、呟くようにそう言った。真顔だが、全身からしょんぼり≠ニいった気配を感じる。いつも通りの淡々とした声に寂しさを滲ませながら、轟は言葉を続けた。

「明が嫌なら、仕方ねえ。わかった。けど、できれば、その手、離してくれねえか。お前が他の奴の腕掴んでんの見ると、モヤモヤする。………小さい男で、わりィ」

 ごめん、が小さく響き渡る。それを聞いたら、俺はもう、ダメだった。

「ショ、ショート。待って、嫌とかじゃ、」
「常野さん」
「え……わぁああ!?」

 個性を発動させてテープを伸ばし、背後の常野さんを持ち上げる。そのまま轟の隣に並ばせた。
 友だちが悲しそうな面してるのを手をこまねくなんて、俺はそんな木偶の坊になりたくない。顔を真っ赤にしてる常野さんにニカッと笑いながら謝った。

「わりーな! 俺は初対面の女子よりダチを優先する主義なんだわ!」
「だな! はい轟スマホ貸せ! 撮ってやんよ!」
「いやでも明は嫌なんじゃ……」
「なわけねーだろ! ほら、顔見てみろ! 聞いてみろ!」

 切島に言われるがまま、轟は常野さんの顔を見る。常野さんは顔を真っ赤にし、口をパクパク開けていた。じいーっと注ぎ込まれる視線にあうあうおうおうとしている。まあ、轟みたいなイケメンに見られたらそりゃ固まるよな……と思った一秒後、いやそれは違うな、と否定する。

 常野さんは明るくて元気で人当たりも良い。だから多分結構モテてる。確かさっきサッカー部らしきイケメンにLINE聞かれてた。(だから、お、可愛い子がいんのかと思ってチラシ取りに行った)けど常野さんはさらりと笑顔で躱していた。

「………嫌じゃない……」

 この子は轟限定で、恥ずかしがり屋になんだなぁ。

 嫌じゃないと言われて轟の目がぱあっと明るくなる。相変わらずポーカーフェイスだが、全身から嬉しい≠ェ溢れ出していた。

「はいはい、並んだ並んだ」
「えっ全員で撮るんじゃないの!?」
「まずはカップルがツーショで撮るもんだろ」
「カ、カプ、カプ、カップ、」
「そうなのか? 知らなかった。でも、俺、お前らとも撮りてぇ」

 俺のスマホの中の轟は、レンズ越しに俺を真っすぐに見据えながら言った。

「好きな女子と友だちと、一緒に撮りたい」

 ………
 …………
 ……………………!!!!

「轟〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
「何回でも撮ろうぜ!! 五百回くらい撮るか!?」
「そこまではいらねえ」

 感極まった俺たちは思わず轟に抱きつかんばかりに詰め寄る。なんだこのイケメン、性格までいいとかふざけんな爆豪を見習え。

「ほらお二人さん並べ!」
「おう、明。いけるか?」
「う、うん」
「明、似合ってる。すげぇかわいい」
「……………っああ〜〜〜もぉぉぉ………ありがとぉぉ…………」

 今にも崩れ落ちそうな常野さんの隣で、轟はピースする。ほぼいつも通りの真顔だけど、どことなく、すげぇ嬉しそうだった。





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