ひだまりのまんなか

  


「日和〜お菓子あげる〜!おいで〜!!」

ぱあっと目を輝かせながら、こくりと首を縦に動かした後、わたしは高橋佐奈ちゃんの元へ駆け寄った。佐奈ちゃんはお化粧が上手い美人さん。すっぴんでも可愛いことはわかる。わたしだって女の子の端くれだもの。作り物かそうでないか、一目で見抜ける。クラスの真ん中にいる女の子。お喋り上手で、しっかりもので、優しい。地味で根暗なわたしと佐奈ちゃんがどうやって友達になったかというと。

遠足の日。ユキちゃんと肩を並べて山田くんのところへ向かっていると、佐奈ちゃんの姿を見かけた。佐奈ちゃんはユキちゃんを見つけると「あ、黒田ー!…植原さんも〜」と手を振ってくれた。ちらっとわたしに視線を寄越した時、少し複雑そうに顔を歪めたけど。金髪のウイッグを被っている佐奈ちゃんを見て、ユキちゃんは『何やってんだよお前』と呆れた声を出した。

『ここで売られててさー、被ってみたー。姫っぽくない?』

『キャバ嬢か。ホストに貢ぎすぎてキャバ嬢になるしかなかったキャバ嬢か』

『うっわまたウザいツッコミする〜』

ぽんぽんと応酬されていく言葉のやりとりにわたしは置いていかれた。置いてかれながら、佐奈ちゃんをずっと見ていた。金髪のウイッグを被ってみせた美人の佐奈ちゃんの姿は、まるで。

『お姫様みたい…』

本音をぽつりと漏らしてしまってから、わたしは佐奈ちゃんと友達になった。





「おいひい」

ユキちゃんの前の席に腰を下ろして、佐奈ちゃんからもらったエンゼルパイをもぐもぐと食べているわたしを横目で見ながら、ユキちゃんは口を開いた。

「…最底辺にいたヤツがあっという間にトップに上り詰めた瞬間だったな、あれは紛れもなく…」

ユキちゃんの言っている意味がよくわからなくて首を傾げる。ユキちゃんは「お前、これから女子には可愛くてもブスでもどっちでもお姫様みたいつっとけ。そうしたら友達できる」と、小さな子に言い聞かせるように言った。

「なんで?」

「いいから言っとけ」

「ええ、なんでなんで?」

「いーから言っとけ。…っつーかお姫様ってなァ、よくあんな恥ずいこと言えんな」

「だってお姫様みたいってほんとに思ったんだもの」

「よし、それで行け。それで。全員にそれでいけ」

ユキちゃんは「はー、これで肩の荷が下りた」と息を吐きながら肩を回しながら言うと、山田くんが「またまた〜」と、ひょっこりと笑顔を浮かべながら現れた。ユキちゃんの隣の席を引っ張り出してきて座る。

「黒田なー、こんなこと言いながら寂しがってるんだぜー」

「寂しがってる?」

「最近植原さん高橋さん達とばっかいるから、黒田しょんぼ、グハッ」

ユキちゃんが肘鉄を山田くんのお腹に食らわせた。山田くんは「痛い、ほんとに痛い、マジで…っ」とお腹を抱えながら涙目で痛みを訴えかけた。

「インハイメンバー決める時に重荷減ってせいせいしてるわ勝手に決めつけんじゃねーよ!」

頬に若干赤みが差しているユキちゃんは、悶絶している山田くんを無視して、ふんと鼻を鳴らした。山田くん、だいじょうぶ?と労わってから「…インハイ?」と首を傾げた。

「インハイってなあに?」

「夏にチャリ部ですっげーでかい大会があるんだってさ。それに出られるヤツを選ぶんだってー。黒田すげーんだぜ!!最後の最後まで残れてさ!!」

「へええ」

ユキちゃんの部活のことは、わたしはいまいちよくわかりきれていない。前一度大会を観に行ったけど、ユキちゃんが漕ぐ自転車は速くてすごい!ということ以外わからなかった。なので、夏に大きな大会があると言われても、ピンとこなかった。たった今大きな大会があることを知ったぐらいだし。わたしは中学の時に吹奏楽部に入ってすぐに辞めた。だから部活にかける情熱とかよくわからない。だからだから、素直に訊いてみることにした。ユキちゃんインハイに行きたいの?って。

するとユキちゃんは「ハァ?」と何を言ってるんだコイツはと言いたげな声音で、片眉を上げてから、言った。

「行きたいんじゃなくて行くんだよ!」

その瞳には、ぎらぎらとした闘志が宿っていた。その瞳は、わたしに向けられているようで、わたしに向けられていなかった。

多分、その、『インハイ』というものに向けられているのだろう。

「…ふうん」

いまいち、その感情がよくわからなくて。仲間外れにされたような寂しさ、子供のような拗ねた気持ちが胸中を占めた。わたしを見ていない瞳から逸らしたくて、視線を机の傷に向ける。なんだか痛々しく映った。

「たっちゃんも行くの?」


ほんわかとした笑顔を浮かべる大好きな友達を思い浮かべながら問いかける。すると、ユキちゃんの瞳から光が消え失せ、顔が強張った。一旦口を噤んでから、ユキちゃんは「アイツは、出ない」と手短に言った。

たっちゃんは行かないんだ。

日和ちゃん、と、たっちゃんがわたしの隣に立ってくれたような気がして安心感に包まれて、孤独感が和らいだ。

「黒田頑張れよー!インハイメンバーに選ばれたらチューしてやる!!」

「死んでもいらねえ!!」

男の子同士のがやがやわいわいした空気がユキちゃんと山田くんを取り巻く。山田くんとも仲良くなれたけど、わたしはこの中に入っていけない。どう入っていけばよくわからない。多分、男の子に性転換するか佐奈ちゃんのように明るい女の子にならなければ入っていけないのだろう。

ぎゃあぎゃあと煩わしそうにでも嬉しそうに話すユキちゃんを、頬杖つきながら、ぼうっと見る。

もしもユキちゃんが自転車漕ぐのすきじゃなくて、男の子じゃなかったら、もっともっと仲良くなれたんじゃないかな。

そこまで考えて、思考が『…うーん』と、とまった。自転車漕いでなくて、女の子のユキちゃん。いっしょにお買いものもできるし、いっしょのグループでも何にもおかしくない。いいことづくめだ。それなのに、『…うーん』と、しっくりこない。なにか、なにかが違うのだ。うまくパズルにピースが当てはまらない。自転車漕いでなくて女の子だったらインハイなんてものを目指さず、わたしを見てくれるのに。

腕を組む。首を捻る。うーんと唸りながら、考え込む。

「―――植原!」

ユキちゃんの怒声で我に返る。

ぱちぱちと瞬きをしてユキちゃんを見ると、ユキちゃんは呆れたように「チャイム鳴ったから帰れ」と、しっしっとわたしを手で追い払った。レディファーストのレの字も見当たらない態度にかちんとくる。東堂様だったら絶対こんなことしない。

…むかついたから、応援なんてしてあげない。

心の中で言い訳がましく呟いてから、わたしは席に戻って行った。



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