冷やしたタオルで抑えたからか、瞼がまだほんのり冷たさを残している。俺の足はもうウインターカップでは使い物にならない。先輩達とするバスケはこれで最後だ。次の秀徳との試合には出られない。

負けたんだな。

階段を降りるのを途中でやめて、ぼんやりとしながら、沈んでいく夕日を見る。冬だからか、陽が落ちるのがはやい。特に何も思わず見ていると。

「涼太くん!!」

俺の名前を呼ぶ声が、遠くから聞こえた。

タッタッタッタッと、走ってくる音が聞こえる。

「りょ、お、た、くん!」

髪の毛を振り乱して走ってくるのは、小さな女の子。ひろは、俺のところまでノンストップで走ってきて、そして。

俺の首の裏に手を回した。

いつもは四十センチ以上は差がある身長差が階段によって縮められていた。ひろは半ばぶらさがるようにして俺の首裏に手を回しながら、俺の肩に顔を埋めていた。

「ちょ、ひろ危ないッスよ」

少し笑いながら、ひろが足を滑らせて落ちないように、小さな背中に手を回す。ひろの背中が、背中だけではなくて体が小刻みに震えていることに気付いた。肩に暖かい雫が落ちたのを感じた。

「…サイッコーだったよ…!」

ひろは、ずっと、俺のバスケを好きだと言ってくれていた。

この子は俺のバスケの汚いところも知っている。最低なことをして、人を傷つけたことだってある。

それでも、嫌わないでくれた。

俺のバスケが一番カッコいいって、俺ですらないがしろにしていたものを、ずっとずっと、大切にしてくれていた。

そんな子に。

「私、やっぱり涼太くんのバスケが、大好きだ…!」

泣きながらそんなこと言われたら。

「…っ」

また、涙腺がぶっ壊れたって、仕方ないと思う。

「…っくしょお…!」

あれだけ泣いたのに、まだ泣くのか。自分でもそう思うけど。

今だけは、許してほしい。

せめて、好きな女の子に、抱きしめられている、今だけは。

頬を撫でる風は冷たすぎて痛い。寒さを感じないと言ったらウソになる。でも、ひろの涙が、ひろの体温が熱くて。俺は、寒さを誤魔化すためという名目に甘えて、ひろを縋り付くように抱きしめた。



ひとしきり泣いたあと、ふたり同時に顔を上げた。ひろの目と鼻は真っ赤だった。ぷっと思わず噴出しそうになった時だった。ひろの顔が大きく歪んだ。

「ぶっ、涼太くん…あは、あっはっは!涼太くん顔が…あはは!面白いことになっているよ、あはは!」

俺よりもはやく噴出して、ひろは声を上げて笑い始めた。顔を見られて頬を染められたことはあれど、笑われたことはない俺は気分を害して、むっとしかめっ面になる。

「…笑いすぎ」

顔と顔の距離を近づける。けど、ひろはずっと笑いっぱなしだ。他の女の子が俺にこんなことされたら、鼻血噴出してぶっ倒れるのに。

肝心の、好きな女の子には通じないって。どういう嫌味ッスか。

「ごめんごめん、やーおもしろ、むぐっ」

無理矢理笑い声ごと、唇を飲み込んでやった。少し離してから目を開けると、ひろが顔を真っ赤にして、俺を凝視していた。

「ひろもなかなか面白い顔、してるッスよ?」

からかうようにして言うと。

「え、あ、そ、そう!?も、もっと面白い顔しよっか!?ほら、あっぷっぷ!」

赤い頬をこれでもかと言うぐらいに引き伸ばして、変顔をされたので、がくっと肩を落とした。

「そういうんじゃなくて、さ」

手首をやんわりと掴んで、頬から手を離させる。カァーッと面白いぐらいにひろの顔が真っ赤に染まり上がった。ひろの見開いた目に映っているのは口角を上げて甘える瞳をしている俺。

「そういう顔が、見たい」

「え、あ、そ、そう、なんだ。い、いやでも私もっとおもしろ、むごご」

そういう顔をもっと見せてもらうために、色気のない声ごと飲み込んで、もう一度、キスをした。




純真をぬりたくって愛しい人



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