部活後。森山の提案により、スタメンでファミレスにきた。表向きは今後のチームプレイについての役割をとかそういうことについて話すミーティングだったがそれは建前で、実際は森山の相手にされていいない恋愛話。森山はメニューもろくに見ないで、いかに今自分が目につけている女子が素晴らしく可愛く、そしていかに運命的なのかを夢見心地で熱く語っていて非常に鬱陶しかった。早川はメニューをよだれ垂らしながら見ていて森山の話を聞いておらず、俺もあまりのくださなさに早々から耳を閉じていたので、聞いているのは小堀だけだった。終始笑顔で「とてもいい子だな」など絶妙のタイミングで相槌を打っている。善人の鑑。

そんな中、黄瀬はいつもと様子が少し違った。黄瀬も勿論俺と早川同様、森山の話を聞いてないのだが、コイツは俺と違って意識的に耳を背けているのではなく、早川のように何かについて考えているというか。

黄瀬は頬杖をつきながら焦点の合わない目で空を見ていた。目の前にいる俺がいるのがちゃんとわかっているのだろうか。

すると、森山が全く自分の話を聞いていない俺たちにようやく気付いてムッとした顔つきになり、声をかけてきた。

「おい笠松早川黄瀬!俺のこの運命的な恋の話を聞け!!」

「え!?あ、すいません!!あんまいにもハンバーグが美味そうで!!」

「涎ふけ早川…。お前の運命の恋は人生に何回あるんだよ」

「今度こそは運命なんだよ!!…おーい!黄瀬ー!!無視を貫くとはいい度胸だな?」

森山は早川をまたいで、自分の隣の隣に座っている黄瀬の頬をぎゅうっと掴む。

「いって!!なにするんすか!?」

「お前が俺をガン無視するからだろーが!!」

痛みでようやく我に返った黄瀬が赤くなった頬を片手で覆いながら目尻に涙を浮かべて抗議の声を上げる。

「俺だっていろいろ考え事あるんス!!」

「ヘッ!!どうせ彼女ができてヒャッホーとかなんだろ!!リア充爆発しろ!!」

「それは…なくもないッスけど!!けど真剣に悩んでるんス!!」

「あの小さい子と何かあったのか?」

小堀が心配そうに問いかける。森山が「えっ、何。喧嘩したのかお前!!」と目をキラキラ輝かせる。早川は「え!?黄瀬彼女できたのかよ!?」とまずそこからか。お前は本当に疎いな。

黄瀬は重々しくうなずいた。そして、これまた重々しく口を開いて、放たれた一言は。



「彼女って…、こんな可愛いもんだったッスけ…?」



死ね。


森山も俺と同意見だったらしく、俺は前のめりになって黄瀬の頭をしばき、森山は早川をまたいで黄瀬の頭をしばいた。二人とも無言でしばいた。

「ちょ!そんな殴んないでくださいよ!!馬鹿になったらどうするんスか!!」

「もう馬鹿だから大丈夫だ。それ以上はない」

「そうだ。そして死ね。今すぐ死ね。死ね」

「ひっど!!ちょっ、違うんスよ!?惚気とかじゃなくて、マジで悩んでるんス!!可愛すぎて困ってるんス!!」

世界中の人間に尋ねたい。彼女が可愛すぎて困っているという発言が惚気じゃなかったらなんだというのか。今までもムカつく発言を度々してきた黄瀬だが今ほどむかついた時はない。

馬鹿な黄瀬も、俺と森山の怒りが本物であるとわかったのだろう。「ちょっ、ちょ…!待ってください!話をきいてほしいッス!!」と防御するようにまたは白旗をあげるかのように顔の前に掌をひらひらと震わせている。

「まあまあ、笠松、森山。黄瀬は真剣に悩んでいるっぽいし、落ち着いて、黄瀬の話をきいてみよう」

「黄瀬、言ってみうんだ!場合によっては俺が何とかしてやう!!」

善人の鑑コンビがまた黄瀬を甘やかすようなことを言う。

「お前らがそうやって甘やかすからコイツは調子に乗るんだよ!!」

「そーだそーだ!!」

「いやマジで!!マジで悩んでいるんスよ!!ほんっと!!」

机をバンバン叩きながら、必死に俺に言う黄瀬。黄瀬の瞳を見る。馬鹿なことをのろけたわりに、目は真剣だった。

腕を組んで、俺はため息をついた。

「あー、わーったわーった。話してみろ」

「先輩…!!」

黄瀬の尻尾がぱたぱた揺れているような気がした。









告ったあと?告られたあと?まあどっちもあるんスけど、一緒に帰ったんスよ。途中まで送って行ったんス。

最近夜って冷えるじゃないッスか。でも林野さんすっげー薄着で、ブレザーしか羽織ってなくて、鼻赤くしてたんスよ。見るからに寒そうだったんで、俺のマフラー貸したんスよ。いいよいいよ!って言ってたんスけど、女子って冷え性だし、無理矢理貸したんスよ。そしたら、マフラーにもぞっと顔をうずめながら『黄瀬くんの匂いがする』って嬉しそうに言うんスよ…!なんっかもうその時の顔がマジでなんつーかもう…可愛くて…!!

すっげー、抱きしめたくなったんスけど、付き合い始めた当日だし、ちょっと…既にちょっと…手を出してしまったから、今日はまだ駄目だって自分を必死に抑えたんスよ。あの俺はマジで偉かったと思うッス。

それで、帰り道に積み上げられたブロックがあったんスね。それがしばらく続いていて。で、林野さんが、ぴょんっと乗ったんスよ。それがまた兎みたいで可愛いのなんの…。まあ、それは置いといて。三十センチくらいの高さだったんス。その上でてくてく歩きながら俺の方ちらっと見て『黄瀬くんの顔、近くで見られて嬉しいなあ』って照れ臭そうに…!あああああもう!!可愛い!!可愛すぎる!!

可愛いってその場でマジで言いそうになったんスけど、でも、俺、林野さんの前ではあまりデレデレな姿見られたくないっつーか…!先輩達にシバかれている姿とかもできれば見られたくないんスよ。

カッコ悪い姿、まあもう結構いろいろ見られたんスけど…。林野さんはそれでも俺のことスッゲー、って。カッコいいって、言ってくれたんスけど…。かっこ悪いって言わない、と思うんスけど、やっぱり好きな子の前ではかっこよくいたいし…!

今まで何人かとちらほら付き合ったスけど、別に嫌いじゃなかったし、ちゃんと好きだったと思うんスけど…可愛すぎて頭おかしくなりそう、ってことにはならなかったんで…。


「こんなに可愛い彼女初めてで…すっげー困ってるんスよ…」

ハァ、と重苦しくため息をついた黄瀬。

黄瀬は真剣に悩んでいる。黄瀬は嘘がド下手くそだ。馬鹿だからな。

森山が俺に優しげな視線を向けてきた。それをしっかりと受け止めて、俺も目を柔らかく細めて、うん、と頷く。


翌日から黄瀬の彼女の前で黄瀬をイジり倒し、しばき倒す俺たちの姿があった。





迷惑してるんですよ、心底ね。



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