長編 | ナノ

 1/


「冗談だよ」

彼はそう言って、

嘘を吐いた。








冗談だよと嘘を吐く







──裏切りやがった

その事実が土方を大いに苛立たせ、それ以上に焦らせていた。
男にしては端正な顔立ちが険しく歪む。
怒りをぶつけるかのように手に持っていた煙草をコンクリの床に叩きつけた。
勢いがついた煙草はニ、三度跳ねて、屋上の出入口の方へ転がっていく。

「おっ、と。恐い顔のお兄さんはっけーん」

キィ、と金属が軋む音のあと、場にそぐわない気の抜けた声がそこから聞こえてきた。

「・・・坂田か」

土方が視線だけ向ける。
坂田と呼ばれた銀髪の男は特に返事もせず、学ランのポケットをさぐりながら近付いてきた。

「土方くーん、煙草くんない?」

拍子抜けするような軽い調子はいつも通りだ。

「てめえのがあんだろ」
「ねえから言ってんだよ。・・・ほらな」

言いながら、坂田はポケットの裏地を見せてヒラヒラさせる。眼光鋭くそれを見やった土方は短く舌打ちをすると、学ランの内ポケットに手を入れ、坂田に箱ごと投げ渡した。

「後で返せよ」
「え、体で?」
「煙草にきまってんだろ」
「だよな」

坂田が口元だけ笑う。おそらくわざと言ったのだろう。土方は眉間に皺をよせ、また舌打ちをした。
坂田のバカな冗談に付き合っている場合ではない。
大体、今ここでくだらない話しをしてるヒマなど土方にはなかったのだ。
こうしてる間にも事態は最悪の方向へ進んでいるというのに──
そこまで考えて、土方は隣でダルそうに煙草を吸う男に目を向けた。
クラスが違ううえにサボり魔である坂田のことを、土方はあまり知らなかった。たまに話す程度の仲でしかない。
坂田に関して知っていることといえば、名前とクラスと、そして数々の噂のみ。
マイペースで掴み所がない変わった奴。
それでも、これが最善策だと土方は思った。
多分、いや、これしかないのだと。

「今、返せ」

その強い言葉に、坂田は反応すらしなかった。
視線を動かすことなく、ただゆっくり煙を吐く。

「今?」

焦れた土方がもう一度口を開きかけたとき、坂田が一言だけ返した。

「ああ、今だ」
「どうやって」

坂田が灰をコンクリの床に落とす。

「体で返せ」
「えーここでフェラでもしろって?」
「違うにきまってんだろ、変な誤解してんじゃねーよ!クソめんどくせーな、てめえは」
「冗談だよジョーダン。怒んなって。んで、俺に何をさせてえの」

土方の怒りなど気にならないのか、変わらぬ表情のまま煙草をくわえ、坂田は視線を向けた。
その表情からは何の感情も読み取れない。
土方は一瞬だけ目を細めると静かに、しかしハッキリとした声で言った。

「力をかしてくれ」

強い視線は視界に銀色を映し出していた。


「冗談だよと嘘を吐く」1
08.05.03

[ prev / next ]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -