SS | ナノ

白い髪の男は深く息を吐いた。
動く者はもういない。
ブンっと刀を振り下ろし、刃についた血を払った。赤い粒が周囲に飛び散る。その程度では刃を染める色は取れなくて、自分の着物で赤黒い血を拭った。
揺れる視界の端に、土に伏せた何かが引っかかる。
これは自分が斬ったのだろうか。この血はこれのものなのだろうか。土と血で汚れたそれの顔を見ても思い出せず、銀時は考えることを止めた。斬った何かに思いを馳せることなど、無意味なことだと思った。
湿った風が死臭を運び、まとわりつく匂いが鼻の奧に染み付く。
自分以外、誰もいない丘。
遠くで鳴く鴉が耳障りだった。





死せる





崩れ落ちそうになる身体を、地面に突き立てた刀で支える。目の前が白くなり、耳鳴りが思考を遮断した。
銀時は無傷ではなかった。一つの傷が治るのを待たずに、また一つの傷が増えていく。血が足りない。指先が震え、視界が霞む。生温い血液が左腕を這い、ぽたんぽたんと土を濡らした。足元には小さな血溜まり。爪の先から冷たくなっていくのを感じ、深く深く息を吐いた。
呻き声と共に刀で支えた身体を起こす。鋭い痛みが電流のように身体中を駆け巡るのを歯をくいしばり耐えた。血の味がする。

「────いてえなあ」

一呼吸おき、自身の着物の袖を乱暴に噛み裂いた。短く裂いた布を傷口に巻き付け、血止めのためにきつく縛る。
薄汚れた布に滲む赤。ぼんやりとした眼差しでそれを見つめながら、血の色は誰も彼も同じだなと自嘲めいた笑みを浮かべた。
荒い呼吸を少しずつ整え、もう一度身体に力込める。


そして空を仰いだ。


灰色の雲に覆われた空が男の視界を奪う。
太陽は見えなかった。
ただ一色の灰色だけが、男の頭上に広がっていた。
争いも血も死体も、そこにはない。
目の前に転がる現実がそこにはないのだ。
今はもうそれだけに生かされているのに、それだけが生きる目的となっているのに、空は遠く深く、底無し沼のように広がるだけ。
失ったものはそこになかった。
奪われたものはそこになかった。
汚れた丘の上で、空っぽの瞳から感情が零れていく。
往く先には、なにもなかった。



2010/07/12
2023/05/26一部修正

back to top
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -