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時々、妙が家に一人でいるのを狙ったかのように神威が訪ねてくることがある。
今日もいつものように二人きり。
こたつを挟んで座る二人の間には、お菓子と氷が入った湯呑みが二つ置かれていた。

「舐めてあげよっか」

神威から不意に投げかけられた言葉。
妙は意味が分からず、「どうしたの?」と聞き返す。

「あれ、俺変なこと言ってる?」
「ええ。言ってますよ」

たとえば何かの味見がしたいとか。そういう前振りがあるのなら意味が通じるのだろうが。

「舌を少し火傷したから熱いお茶が飲めないって話ですよね。どうしてそうなるのかしら」
「だからそれだけど?」

神威が小首を傾げる。妙も傾げる。お互いに話が通じていない。

「火傷って怪我だよね」
「まあ、そうですね」
「怪我って舐めたら治るって知ってる?」
「舐めたら・・・ああ、そういうこと」

ようやく話が繋がった。
どうやら神威はどこぞで聞いた「ちょっとした怪我なら舐めときゃ治る」という言葉を実践しようとしたらしい。

「ま、信じたわけじゃないけど。妙が舌を火傷したって言うし、ちょうどいいかなって」
「だから舐めてみようって?冗談じゃありませんよ」
「あはは、だって妙で試してみたかったんだよねー。反応が面白そう」

氷をがりがりと噛み砕きながら神威は愉しげに笑う。

「そうだ、火傷したとこ見せてよ」
「舌をですか?」
「そこ以外どこ見るの」

妙の言葉を待たずに、こたつを挟んで向こうにある身体が動いた。
神威の顔が一気に近くなる。
少し色素の薄い瞳が感情を映すことなく妙を捕らえた。

「あの、ちょっと近くないですか」
「そうかな」

神威の言動はいつだって予想外だ。人懐っこい態度と悪意のない無邪気な言葉は、時に妙を驚かせた。良い意味でも、悪い意味でも。

「ほらほら。早く見せてよ」
「うーん」
「どんな火傷か見たいだけだって。見せるだけなのに意識しすぎじゃない?」

普通の顔でそう言われてしまうと、なんだか本当にもったいぶっている気がしてきた。
確かに意識しすぎているのかもしれない。

「じゃあ少しだけですよ?」

覚悟をきめ、妙はそっと舌をだした。たくさん出すのは恥ずかしくて、ほんの少し先の方だけ。

「あー、これね。痛そうかも」

神威の視線は舌に固定されているので目は合わない。しかし普段は見られることのない場所をじろじろと見られているのは恥ずかしくてたまらない。
妙が羞恥でそわそわしているとき、ゆっくりと動く気配があった。つられて視線を動かせば、微かに伏せた神威の目元が視界に入る。睫毛の色素も薄いなあ、などと眺めていた妙だが、それが目前まできても止まる気配がないことに気付き、慌てて自分と神威の間に手のひらを滑り込ませた。
刹那、手のひらに柔らかな感触がぶつかる。

「ちょっと、なにやってるんですかっ」

頭を引いて神威を見やれば、手のひらからチュッと音が鳴った。軽く吸われたみたいだが、今はそれどころではない。

「焦ってる妙ってめずらしい」

あっさりと離れた神威は頬杖をつき、なんでもないことのように振る舞う。

「い、いま、なにしようとしてました?」
「んー?」
「あのままだとぶつかるじゃないですか」
「ぶつかるって」
「口と口がぶつかるじゃない」
「ああ、そーいうこと」
「そういうことって」
「ぶつかんないよ。舌舐めようと思っただけ」

神威にとっては大したことではないらしく、何食わぬ顔でお茶を飲んでいる。

「舐めるってそんな。あの話は終わったでしょ?」
「治るってやつ?ちがうちがう、今のはただの興味本位」
「それは余計にダメです」
「舐めるだけじゃん」
「普通はそんな気軽に舐めません」
「へーそうなんだ」

神威の口ぶりだと、自分はそういう経験があるのだと言っているように聞こえる。そこに妙は動揺してしまった。

「え、神威さんはしたことあるんですか?」
「舐めたことあるのかって?」
「そう。飴じゃないですよ。舌をですよ」
「分かってるけど。妙は?」
「あ、ありませんよ!だって、それって、誰かと口付けたことがあるってことでしょ?その、舌を、くっつけるくらい・・・」

言葉にしてしまうと恥ずかしくてたまらない。
神威は興味深そうに妙を眺めている。口許が緩んでるから楽しんでるのだけは伝わってきた。

「舌をくっつけるくらい、ねえ。なんでそうなるんだろ」
「え、違うの?」
「あーそっか、妙はしたことないから分かんないんだ」

そう言うと、神威がにこりと笑った。

「じゃあ誰かと試してみる?」

こんな顔をする時の神威は少し意地悪なのを妙は知っている。

「神威さんの言ってる意味が分かりません」
「誰かに舐めてもらえばいいって言ったんだけど」
「誰かにって」
「妙の周りにいっぱいいるじゃん。それっぽいヤツ」
「そんな人いたかしら・・・」
「ああでも、誰でもいいってわけじゃないから頼むヤツは選ばないと。俺と一緒に選ぼうか。おすすめはアイツね」

愉しげな神威に不安になった。何かとんでもないことに巻き込まれようとしている気がする。

「大丈夫だって。妙は舌舐めてって言えばいいだけだから」
「言うわけないでしょ」
「なんで?」
「なんででも」
「あー怖い?ならやっぱり俺にしとく?」

本気なのか冗談なのか。
妙が訝しげなまま神威を見つめていると、不意に神威が妙の湯呑みを掴んだ。

「それはそれとして、痛いなら氷で冷やしたら?」

湯呑みを揺らせばカラカラと音が鳴る。

「そりゃ冷やしますけど、舌の先だし、人前ではちょっと。それに神威さんが来てくれてるのに喋れなくなりますし」
「別にいーじゃん。喋んなくて」
「でも」
「俺が喋るから。妙は舌に氷乗っけて、俺の話聞いててよ」

舐めるだと舐めさせるだとか、そんな話を散々して妙を困らせたのは神威だ。
からかって、楽しんで、突き放して、気遣って。
ころころ変わる神威の言動に妙は翻弄されてしまう。
それでもこうして、二人きりで過ごすことを止めないのは。

「案外優しいところもあるんですよね」
「たまにはね」




アクマさんは優しいね

title/けしからん
2018/04/16

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