温く触れ合う肌から石鹸の香りがした。風呂掃除をしたとき、前のは小さくなっていたから、新しいのを出した。安くてどこにでも売っている石鹸だが、妙はこの香りが好きだった。嗅ぎ慣れた安心する匂い。なのに今はどうだろう。安心とは程遠い鼓動が妙を追いつめている。
見上げる視線の先にあるのはひどく冷静な眼差し。これがただの悪ふざけではないと伝わってくる。妙はそれを否定したくて笑顔をつくった。情けない顔をしていると気付いていたけれど、それ以外どうすればいいのか分からなかったから。
「あ、やだ銀さんったら。なに遊んでるんですか?あの、花火終わっちゃいますよ?そんな、お風呂上りにすぐ飲むから、変に悪酔いしちゃって、」
妙の言葉を待たぬまま、不意に銀時の顔が降りてくる。身体を硬直させた妙から止める言葉はでてこない。湿った髪の毛先からぽたりと垂れた滴が、妙の口の端に落ちた。
「・・・あの石鹸、お前んちも同じだろ。たまに同じ匂いがすんなって」
首筋にあたる熱い息。銀時が喋るたび、吐息が肌を撫でていく。
「今はしねえな。お前の匂いがする」
銀時が顔を動かせば、髪が頬に触れる。
「頭ん中は餓鬼のままなくせに、ちゃんと女みてえな匂いがすんのな」
「っ!」
「あー悪い。口が当たったわ」
微かに触れた柔らかなもの。悪いと言いながらも、また触れてくる。口付けには程遠い微かな感触。触れたのはわざとなのだと分からせるように。
「まって、銀さんっ」
「はいはい」
必死で名を呼べばすぐに離れていく。しかし拘束が解かれたわけではない。離れたのは顔だけで、銀時は相変わらず妙を見下ろしている。
目を合わせていられなくて視線を逸らせば銀時のはだけた胸元が目に入り、その身体が否応にも妙との違いを示してくる。
「なあ。信頼してた兄貴分に押し倒された気分ってどんな感じ?」
少しだけ馬鹿にしたような含みのある言い方に妙は唇を噛んだ。怖かったのかもしれない。悔しかったのかもしれない。それ以外の気持ちがあったのかもしれない。きっとその全てなのだろう。銀時は決して妙にこんなことはしないと思っていたから、今はただ「なぜ?」という言葉しか浮かばなかった。
「まさかここまできて、銀さんは家族みたいなものだからーなんて言わねえよな」
銀時からこうもはっきりと示されたのなら認めるしかない。どれだけ銀時を慕っていようとも、銀時にとって妙はただの女であるということを認めなければならなかった。
「俺は男でお前は女」
「・・・わかってます」
「じゃあ、今の俺たちの状況もお前はわかってるんだよな」
風呂上りで酒をあおっていたせいか、夏の夜空に浮かぶ花火のせいか。銀時の声に熱が篭っている気がした。なのに目元は感情が見えないくらいに冷めていて。
「わかって、拒まないんだよな」
銀時の顔がゆっくりと妙の首筋に埋まる。触れるだけの唇が、首に、耳に、顎にと動いていく。吐息が肌を湿らせる。押さえつけられていた手はいつのまにか頭上で一つにまとめられ、隙のできた脇腹を熱い手のひらがするりと撫でた。
2017/05/09
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